第21話 街道での出会い
カンナが拠点にしている街、ケテルで出会ったレオンとかいう小僧の頼みでランドタートルの肝を届けた俺とカンナは、ついでに手に入った大量の甲羅も売り払おうと思っていたのだが、甲羅を高値で買い取ってもらうには、アダマンタイトじゃなきゃ売れないらしい。
けれど今、アダマンタイトの精製技術を持つ岩窟族──ドワーフは次期国主の跡目争いで骨肉の争いを繰り広げているらしく、生産ラインが完全にストップしているようだ。
そこで俺たちは岩窟族の国、ガイゼル鉱国で直談判しようと向かってるわけだが……街を出発してから、かれこれ三日が経っている。
人族の領土と岩窟族の領土の間には険しい山脈が横たわっており、そこへ向かうための道のりは当然ながら平坦なものではない。
「……ふぁあぁあ……暇だな。なぁカンナ、あとどれくらいで着くんだ?」
ガタゴトと揺れる辻馬車の荷台で、俺はあくびを噛み殺しながらカンナに問いかけた。
異空間収納があるおかげで大荷物を担ぐ必要こそないが、舗装もされていない山道をただひたすら揺られ続けるというのは、どうにも手持ち無沙汰だ。
「そろそろ山道に入りますから、順調にいけば明日の昼過ぎには着くはずですよ」
御者席の後ろで地図を広げながら、カンナがそんなことを言う。希望的観測でなけりゃいいんだがな。
「安心してください。運行ギルドは時間に正確なんですよ。よっぽどのトラブルでも起きない限り、定刻通りに到着するはずですから」
「それ、フラグになってねぇか……?」
「それってフラグだなんだって言うから、フラグとして確定しちゃうんじゃないですか?」
どっちにしろ、フラグがビンビンってことじゃねぇか。
「でもでも、ガイゼルに到着すればケテルとはまた違ったご飯が味わえますよ」
「つっても、相手はドワーフだろ? 鍛冶しか興味のない奴らの飯なんて、そこまで期待できるもんなのか?」
「ドワーフ族の名物はド派手なバーベキュー料理なんですよ。ロックバイソンやワイルドボアとかの塊肉を、特製のスパイスと秘伝の薪の煙で半日以上じっくり燻製にした豪快な名物肉料理があるらしいです」
「半日燻製にした塊肉か……。表面は香ばしくて、中はほろほろ柔らかいってヤツだな?」
「おっ、分かってますねぇ。切り分けると肉汁がジュワッと溢れて、甘辛いスモーキーなソースをたっぷりつけて食べるんです。そこに冷えた濃厚なエール酒を流し込むのが、あっちの流儀だとか」
「おぉう……!」
岩窟族が一気に好きになってきた。少なくとも、今、俺が噛み締めている干し肉よりも食べやすくて美味いことは間違いなさそうだ。
「まぁ、そんな美味そうなもんが食えて、ランドタートルの甲羅が十億に化けるなら、このくらいの移動時間は安いもんか」
「ですよ、アルさん。まずは無事に入国して、実際の状況を確かめることから──」
ガタゴンッ! と激しい衝撃とともに、辻馬車が急停車したのはその時だった。
「んぎゃっ!?」
「おっと」
突然の急停車でカンナが俺の方に吹っ飛んできたが、慌てて避けた。
ふぅ、危ない危ない。ぶつかるところだったぜ。
「ったた……ちょっとアルさん! 今のはあたしを優しくキャッチするところでしょ!」
「何を言うんだ。同意なく女性の身体に触れるなんて破廉恥な真似、紳士たる俺がするわけないだろ」
「紳士を気取るなら、怪我しないように助けるのが筋じゃないですかねぇ!?」
床に尻餅をついたカンナが、ジト目で俺を睨みつけてくる。
そんな下らないやり取りをしている間にも、馬車の外からは御者と誰かが押し問答をしている声が聞こえてきた。
「おいおい困るよ! こんな狭い山道の真ん中で道を塞がれたら、うちの馬車が通れないじゃないか!」
「ご、ごめんなさい! 車軸が完全に折れちゃって……!」
通り一遍の山賊や怪物のおでまし……ってわけじゃなさそうだ。
荷台から顔を出して前方の様子を伺うと、倒れていたのは小型の荷馬車だ。片方の車輪が外れて軸ごとへし折れており、頑丈そうな木箱が路上に転がり出ている。
そんな荷馬車の傍らで頭を下げているのは、作業着に身を包んだ小柄なドワーフの女だ。
つばの広い作業帽から覗く濃い茶色は綺麗に切り揃えられており、煤で汚れた頬を赤くしながら必死に頭を下げている。
「こんなところで一人で、しかも馬車の車軸がポッキリ折れちまうとは、運がないヤツもいるもんだな」
「不運な人もいたもんですね~……あれ?」
同じように荷馬車から顔を出したカンナが、頭を下げているドワーフ娘を目にして妙な声を上げた。
「あれって、ルーベラじゃないかしら?」
「あ? 知り合いか?」
「昔ちょっと……けど、なんでこんな所にいるんだろ……?」
何か気になることがあるらしい。カンナが目を細め、いつものように全知検索で何か調べ始めた。
「……ははぁ~ん、なるほど」
何が「なるほど」なのか俺にはわからんけれど、その表情を見るに、どうやら何か余計な……いや、こちらにとって都合の良い情報を探り当てたようだ。
「アルさん、方針が決まりました。ひとまず、ルーベラの壊れた車軸を直してあげましょう」
「なんで?」
「そっちの方が儲かるからです」
そんなふうに断言する理由や根拠を聞きたいところだが──こいつには全知検索がある。先々のことまで調べ上げて、俺達たちにとって最善の結果に至る手始めが、その車軸直しってことなんだろう。
「しゃーない。どっちみち、馬車を直さにゃ無駄に時間を食うだけか。おまえも来いよ。あのドワーフの娘と顔見知りなんだろ?」
「わかってますって」
なんだか便利屋みたいな扱いと思わなくもないが、事実、車軸の壊れた馬車が街道を塞いでいるままでは時間だけが過ぎていく。俺とカンナは馬車から降りて、路肩で申し訳なさそうにペコペコと頭を下げ続けているドワーフ娘のルーベラへと歩み寄った。
「ちょっと待って、御者さん。ここはあたしが。やっほー、ルーベラ。久しぶり」
と、御者に一言入れてから、カンナはドワーフ娘にやけに馴れ馴れしく声をかけた
「こんなところで会うなんて奇遇ね。何やってんの?」
「え? あ、あれ? もしかしてカンナさん!?」
濃い茶髪のドワーフ娘、ルーベラが驚きで丸くした青い目を瞬かせ、カンナの顔をまじまじと見つめた。
「お久しぶりです。でも……なんでこんな所に? 勇者様の聖剣に何かありましたか?」
「あ、今のあたしはシヲリちゃんと別れて、この人とパーティを組んで冒険者してるの」
「えっ、そうなんですか?」
目を丸くして俺を見るルーベラ。目が合うだけなら俺が魔族とバレることはないだろうが、さすがに髪色まで見られるとマズい。フードは深めに被っておこう。
「俺はアル・ヴァース。こいつの保護者であり、美味い食い物を求めて諸国漫遊中だ」
「わたくしはルーベラと申します。以後、よしなに」
うやうやしく頭を垂れるルーベラを見て、ふと思った。
これは単なる職人気質なドワーフじゃないな。相応の教養と品性を持っている。
「ま、そんな話はともかく。ルーベラ、あなたの馬車がそこで立ち往生してると、こっちの馬車も通れなくて困るのよね。なので、アルさん!」
「あ?」
「ちゃっちゃとこの車軸、直しちゃってください!」
と言いつつ、カンナはバチンバチンと色気もへったくれもないウインクを飛ばしてきた。要するに、絶対神の摂理を使ってさっさと直せ、と言いたいのだろう。
本来だったらこんな雑用、どんなに頼まれても御免被るが、それもこれも最終的には十億のためでもある。やむをえまい。
「やれやれ」
ため息ひとつ、へし折れた車軸を拾い上げて破断面をくっつけた。
ふむ……直すというのなら、あれこれ加工するより指定箇所の時間を巻き戻せばいいか。折れる前は折れてなかったんだから、そこまで戻そう。
ただ、それだけだと戻した時間が再び経過すればポッキリ折れるわけで……そうだな、材質も変えるか。単なる鉄の車軸だが、鋼鉄くらいの頑丈さにしておこう。
そんなことをどうやって実行するのかといえば、絶対神の摂理を使う。俺の固有技能は森羅万象のあらゆる事象を再定義、再構築するものなので、時間という不可逆の事象の巻き戻しや、鉄など固定された物質の概念を変えることも可能ってわけだ。
「ほらよ。これでいいだろ」
「え……? あ、あの今、手で触っただけで……えぇぇっ!?」
ルーベラが目を丸くして車軸に飛びつき、両手でペタペタと撫で回し始めた。
傷ひとつなくなった金属面を確かめ、信じられないものを見る目で俺と車軸を交互に見つめてくる。
「す、凄い……手で触っただけで破断面の不純物が除去されて完全に鍛着してる……。それにこの硬度と手応え、魔術で直したにしては手順がまったくわからない。こっ、これ、どうやったんですか!?」
食い入るように迫ってくるルーベラに、俺は半目になりながら後退りした。魔族バレしないようにフードで顔を隠しているだけなので、あまり近寄られてしまうと髪色でバレそうだ。
「そこはほら!」
カンナがすかさずルーベラと俺の間に割り込み、親しげな笑顔でフォローを入れた。
「あたしたちは腕利きの冒険者だし? 壊れたものをササっと直せる魔術の一つや二つ、使えて当たり前じゃない!」
それは当たり前なのか……? という、野暮なツッコミはやめておこう。実際、ルーベラも「なるほどぉ」と納得した表情を見せている。
「それよりも、ルーベラはこんな所で何を? カイゼル王国の首都グラートに戻る所だったの?」
「い、いえ……グラートではなくて」
ルーベラは気まずそうに目線を泳がせ、手に持っていた作業帽のつばをきゅっと握りしめた。
「実は……南部にある旧大坑道へ向かっていたんです。そこに鉄鎚領という領地……ええと、工房がありまして。そちらに向かってた途中なんです」
「あなたが? 一人で?」
カンナがわざとらしくパチクリと目を丸くしてみせる。
なんだか白々しいな。カンナとルーベラが知り合いなのはこれまでの態度から間違いなさそうだが、さらに何かあるのかもしれない。
まぁ……何が理由かは知らんが、見るからに品のあるドワーフの娘が、一人で旧大坑道なんて危険な場所を目指している裏には、絶対に一筋縄ではいかない事情がある。
その事情が、カンナのあのニヤケ顔を見る限り、こちらにとって利用価値のあることで間違いなさそうではあるが。
「じゃあ、せっかくだからあたしたちも同行するわ。さすがにあなたを一人にさせるわけにもいかないしね」
「え、でもそれは……」
「大丈夫、大丈夫。ねっ、アルさん?」
いきなり同意を求められても、俺は何もわかっちゃいないんだが……まぁ、どこへ向かおうが、俺が求めることはただ一つ。
「美味い飯があるならな」
「じゃ、決まりね」
と、カンナは決定事項のようにそう言うが、ルーベラの同意はいらんのか? めちゃくちゃ困惑した表情を浮かべているぞ。




