第2話 空から降ってきた微少女
「う……うぅ~ん……」
「おおう、ようやく起きたか」
背中に担いだ微少女から、蚊の鳴くようなか細いうめき声が聞こえてきた。どうやら意識を取り戻したらしい。
「……ん。ん? んん!? ひゃあああ!」
「うおおおおお!?」
目が覚めるなり、空から降ってきた微少女は捕まったケットシーのように暴れに暴れ、俺の背中から飛び降りた。尻から。
めっちゃ痛そう。
「いったたた……」
「何もそんな慌てて飛び降りることはなかろう。大丈夫か?」
「あ、はい。なんとか……って、だからあなた誰です!? てか、ここどこ!?」
なんとも忙しないヤツだ。俺のことを警戒しつつ周囲も見渡し、身体をすくめてビクビクしている。少しは落ち着けと言いたい。
「まぁまぁ、そんな慌てることもあるまい。俺もいるのだ、怯える必要もないぞ」
「一番怪しい人が何言ってるんですか!?」
「なんで俺が怪しいの!?」
なんて失礼なヤツだ! こっちは空から落ちてきたのを、ナイスキャッチで助けてやったと言うのに!
「怪しさの度合いでいえば、そっちの方が胡散臭いわ! なんで単なる人間が空から降ってくるんだよ!?」
「あー……ちょっと、いろいろミスりまして……」
そう言って、微少女は居心地悪そうに俺から視線を逸らした。
これはあれか、なんかとんでもないことをやらかして失敗した感じだな?
「おまえの方こそ、犯罪者かなんかじゃないだろうな?」
「なんでですか。違いますよ。これでもあたしは品行方正で清廉潔白、虫も殺さぬ聖人のような冒険者として有名なんですから」
「虫も殺さない冒険者が、どうやって冒険してるんだ? 冒険者ってあれだろ、魔獣や何やらを倒す仕事もするんだろ?」
「魔獣はコロス」
「なんなの魔獣に対するその殺意!?」
どこが聖人だよ! めっちゃ怖ぇよ。元魔王であるこの俺でさえ、ちょっとガクブルしちゃったよ。
「いやいや、そうじゃないですよ。魔獣って美味しいんです。見つけたら殺して食べるのが一番なんですって。放っておいたら被害も出るし」
「蛮族かな?」
「誰が蛮族ですか、失礼な!」
……ちょっとこの子のお怒りポイントがわからん。
「まぁまぁ、それよりも……冒険者と言ったな? ということは、この周辺の地理に明るいのか?」
「え? まぁ、それなりに……ですけど」
「それは僥倖。実はちょっと道に迷っていてな。近くの村か町か、なんでもいいが、おまえが拠点にしているところまで連れて行ってくれないか」
「え? 村なんて……んんっ!?」
不意に、俺の顔をまじまじと見ていた微少女が、不意に両目を見開いた。
こいつ、なんか持ってるな?
「そこな微少女よ、今、いったい何を盗み見た?」
「えっ!?」
俺の指摘に、微少女は驚いたように両手で顔を覆った。
「な、なんのことかなぁ~? よ、よくわかんないなぁ~。ヒュ~、ヒュルルル~」
……いやいや、なんなのその反応? あからさま過ぎて、むしろこっちからのツッコミ待ちじゃないかと考えちゃうくらいのヒドさだぞ。
吹けもしない口笛なんてやめなさい。
「さてはおまえ、鑑定技能とかそういうので俺を見たな?」
いちおう、俺もそういう鑑定技能には警戒して隠蔽しておいたんだが……それを突破できるレベルの鑑定技能持ちか?
とは言え、さすがに〝魔王〟とバレるのはマズいので、勇者クラスのヤツでも見抜けないように、二重、三重で誤魔化してはいる。表層的なところを突破できるなら……まぁ、魔族ってことくらいはわかるかもしれない。
「バレてしまったからには誤魔化しても仕方ないので正直に話すが、確かに俺は魔族である。だがしかし、待ってほしい。……ボクは悪い魔族じゃないヨ!」
「嘘だーっ!」
即答で否定された、だと!?
そんな馬鹿な……!
今の挨拶は、魔族の世界で唯一残っている、友好を表す最上位の挨拶だと言うのに!
「嘘じゃねえよ! そりゃまあ、魔族ってのは種族的に好戦的で弱肉強食なのは否定しないが、個人で見ればピンキリなんだよ! 人間だってそうだろ? 友好的なのもいれば好戦的なのもいるんじゃないのか? 種族と個人を一緒にするのは、浅慮というものだぞ!」
「その種族代表みたいな魔王が何言ってんの!?」
「ンだと、この……ん?」
いやいや、ちょっと待て。
この微少女……今、俺のことをなんて言った?
魔王と名指ししたな?
こいつ、まさか……俺のことを知っているのか……?
「おまえ、どうして俺が魔王だと知っているんだ?」
「え……?」
「俺には、人類側に知り合いなんて一人もいない。知っているとすれば、俺に挑みかかってきた勇者の一行だけのはずだが……その中におまえはいなかったな? 何故、俺が魔王だと知って──」
「ひいぃぃぃぃっ! すみませんごめんなさい許してくださいいぃぃぃっ!」
って、だから人の話を最後まで聞いてくださいコノヤロウ! いくら俺でも、まだ何もしてないのにそこまで脅えられると傷つくんだけど!?
「いいからほら、落ち着け! 大丈夫、大丈夫、コワクナイヨー。ボクはトモダチだヨー。とりあえず、どうして俺が魔王と知っていたのか、教えてくれるかなぁ?」
「え、ええっと……」
「ん~?」
「は……話せば……助けて、くれ……ます……か?」
別に殺すつもりは最初からないんだけど……まぁ、いいか。微少女の言い分を聞き入れた方が、話も早く済みそうだ。
「おっけーおっけー、心配するな。正直に話せば助けてやるから」
まぁ、すでに空から落ちてきたのを助けていたりするんだけどさ。
「私……実は、その……勇者一行の四人目の仲間でして……直接的な戦闘には加わってなかったんですけど、武器や防具、道具の整備や開発でサポートしてたんです」
「ほう……」
勇者一行に、そんなサポートメンバーがいたとは……。
確かに奴らの使っていた武器は妙な力を持っていたし、防具も頑強だった。道具も、傷が一瞬で治るような凄まじいものもあったし。
まぁ、それだけの武具や道具を揃えても、俺の足下にも及ばなかったんだけどね!
「しかしな、それではますます俺が魔王だとわかりようもないんじゃないか? 戦闘には直接関与してなかったんだろう?」
「は、はい……それは……ですね」
ふぅむ……どうやら俺の疑問は、微少女の秘密めいた言いにくいことに切り込んでしまったらしい。えらく迷ってるような、視線を左右に流して躊躇っている。
こういう時、喋りやすくなるように雰囲気作りをするべきだろうか?
……うん。友好的な関係を築くなら、その方がいいのかもしれない。
「んん? どうした? ちゃんと話してくれないとわからないぞ?」
「はっ、はい! すみません! ごめんなさい! 実は私、全知検索っていう固有技能を持ってるんです!」
「ほほう……?」
全知検索とな?
何やら聞いた事のない固有技能だが、それよりも解せないのは、どうしてこっちが優しく朗らかに話しやすい雰囲気を作ったのに、この微少女はガタガタ震えて平身低頭してるんですかね?
「その全知検索ってのは、どういう能力なんだ?」
「ええっと……私が〝知りたい〟と思うことや意識を向けた対象について、いろいろなことを文字情報で教えてくれるんですよ。見えてないと思うんですけど、ここに画面のようなものがありまして」
と言いつつ、微少女は自分の鼻先三十センチほどの空間を四角く区切って見せた。
「頭の中で『これってなんだろう?』とか『どういうことなんだろう?』って考えると、それについての情報を表示してくれるんです」
「おいおい、マジかよ。じゃあ、俺のこともいろいろわかるってことか?」
「ええ、まぁ……ええっと……お名前はアルフォズル・ニルヴァース。第六百二十四代目魔大陸国王……あ、だから魔王と呼ばれてたんですね。年齢二百十八歳……魔族って長命種だったんですか。わっ、なんですかこの固有技能? 絶対神の摂理……ってこれ、理論的にできないことなくないですか? ははぁ……シヲリちゃんが倒したって勘違いしたのは、そういうからくりが……」
「ちょーい、ちょちょちょーい!」
いきなり人のプロフィールを暴露しやがって、何その能力!? マジでストーカー!
「なんでいきなり暴いてんの!?」
「えぇっ!? だっ、だって今、俺のこともいろいろわかるのか──って聞くから……」
ああもう、すぐ涙目になるし! 泣かれちゃったら、こっちも強く出れないじゃん!
「わかった、わかったからもういい!」
こいつ、マジでおっかねぇ。本人が少しでも疑いを持ったら、すぐに〝正解〟を得られる固有技能ってことだろ? 隠し事なんてひとつもできやしないじゃないか。
「しかし、そういう出歯亀能力を持ってるなら、俺が危険かどうかもわかるだろ?」
「で、出歯亀って……」
「事実だろ」
「……うぅ……」
あーもー、いちいち泣かないでもらえますかね?
「とにかく! 俺は人族の美味しいご飯が食べたいだけなんだよ!」
そう! 俺の目的は、その一言に集約されるのだ。
何しろ魔族社会の飯はクッソ不味いからな。もう二度と、あんな生物兵器みたいな飯は食いたくない。
だから俺は勇者一行に討たれたフリをして死を偽り、人族のテリトリーに潜り込んだのだ。それは決して、社会を混乱させたり壊したりするためではない!
「美味しいご飯が毎日食べられるなら、俺はアレだぞ、人族の社会にだって迎合するぞ。人族の法だって守ってやる! なので、そんなに脅えなくてもよろしい」
「えぇー……」
なんでそんな、胡散臭いものを見るような目を俺に向けるんだ。




