第34話 これであなたもモテ部屋デビュー。最新魔術灯はこれだッ!(Ep.3 完)
「あの少女は何者だったのだろうか」
早暁。空が白み、小鳥たちが囀り始める頃。
アルドールは真樹派教会の礼拝堂で、ただ一人祈っていた。
両手を組み、傅いているのは真樹派の崇める世界樹を象った神像。
それにもたれるように、神弓イーヴァルヴィズルを携えた勇者の姿が彫り込まれている――はずだ。
アルドールの目はもはやそれを映すことはかなわない。
あの日、奇跡的に一命は取り留めたものの、オリーヴ色の両眼は白濁に色を変え、永久に光を失った。
代わりに、瞼の裏に焼き付いた姿がある。
切削刃の如き、金の巻き髪。
紫水晶の如き、紺碧の双眸。
白磁器の如き、滑らかな肌。
そして、少女の腰よりも身幅の広い、一振りの黒い大剣。
空を駆け、自由自在に剣を振るって混沌を退け、聖剣さえも跳ね返した存在。彼女の活躍によって救われた命は十万でも足らないだろう。
名をホウオウイン・レイカ。
異端者リンネの屋敷で働いていた助手であり、その企みをたった一人で挫いた戦士でもある。
――勇者たちが立ち上がったのは、己の良心に従ってのことですわ。神様はそれを見守ってくださったかもしれませんが、立ち向かう意志は、勇気は、誰かから与えられたものなどではございませんの
リンネの屋敷で交わしたわずかな会話。
茫洋とした少女の碧い瞳に、一瞬だけ力強い意志が宿っていたように見えたのは錯覚ではなかったか。
「勇者……勇者たち……」
彼女は果たして、本当に勇者なのだろうか。
教団の教義では、たとえ様々に姿を変えようとも勇者は唯一人である。
もしも彼女が本当に千年前に世界を救った勇者で、そのひとりに過ぎないのだとしたら。その事実が知れ渡れば教団の混乱は免れないだろう。下手をすれば、分裂し教派間の戦争が始まるかもしれない。
そして、それを防ぐのが異端審問官の役目である。
だが、
アルバートの真っ暗な世界では、ただ少女の姿だけが輝いている。
心の中でさえ、異端と呼ぶことができない。
あるいは、彼女こそは真理なのではないか。
そう思う心が抑えられない。
「神よ……偉大なる世界樹よ……」
だから、アルバートは神に祈る。
異端審問官になる際に、捨てたはずの神に。
人の身では抱えきれぬ苦悩に直面したときこそ、神に祈りを捧げるのかもしれない。
「あっ、アルバート様! またお一人で危ないですよ」
侍祭の声。
女は目の見えないアルバートを親身に世話してくれている。心配をかけてしまっては申し訳ない。アルバートは何事もなかったように立ち上がり、背筋を伸ばして微笑みを浮かべる。
「子供ではないのだから、そう世話を焼いてくれなくても大丈夫だよ」
白杖で床を探り、長椅子を避けて歩く。足取りがふらつかないよう、一歩一歩、床板を踏みしめる。
「何かお悩み事でもあるのですか?」
気遣わしげな声。他者の機微に敏いのは、聖職者として有望な資質だ。そして、異端審問官としても。
「そうだね。朝食に生トマトが出やしないかと心配してたんだ」
「何ですかもう、子供みたいなこと言って。心配した私が馬鹿みたいじゃないですか」
明るい笑い声。後ろ暗いところなど何もないのだろう。聖職者なのだから当然だ。
アルドールは嘘を言った。嘘は悪徳だ。だが、今更その程度は構わない。
異端審問官でありながら、異端の――その中核となりうる存在を隠すという大罪を犯している身なのだから。
* * *
【★特集★ 心きらめけ! 胸よときめけ!
これであなたもモテ部屋デビュー。最新魔術灯はこれだッ!】
迷宮都市ウォーカーVol.124
ええっと、僕は魔具ライターじゃなくて学者が本業なんだけどなあ……とぼやきながらも今回も原稿を担当させていただきます。リンネです。タイトルや煽りは編集長が勝手に考えてます。
生物学者がどうしてこのコーナーを担当しているかなんですが、奈落商会に販促を頼まれたから……という大人の事情はさておいて、魔具って生物由来の素材を使っていることが多いからなんですね。
例えば、部屋の冷房に使う冷晶機ってあるじゃないですか。昔に比べて、だいぶ晶石の持ちがよくなったと思いませんか? あれは配線に使う素材をウェンディゴの角から、セルキーの脂を塗ったナックラヴィーの尻尾の毛に変えたのが大きな要因です。何をわけのわからないことをって思うと思うんですけど、まあ専門家が結構マジメにコツコツ改善をしてるんだと思ってもらえたらOKです。
それで、おすすめ魔術灯ですね。
幻画がこのあたりに入ると思うんですけど、
【幻画:レインボー魔術灯 ボールタイプ】
ニジクラゲから抽出した新色の色素をふんだんに使った自信作です。魔素圧の微妙な変化で同じ発光板が別色で光るようになっているので、全面昼白色とか、全面昼光色とかに切り替えても光量が変わりません。
ええっと、それでモテ部屋でしたっけ。有性生殖しない種族に無茶振りな企画だなあと思いますけれども、催淫モード……いやだなあ、このネーミング……を備えていて、野生のニジクラゲの繁殖期に見られる七色の発光を楽しめます。ニジクラゲのいる地底湖は迷宮探索者の間では人気のデートスポットらしいですし、雰囲気は出るんじゃないでしょうか。発情を促す効果は別にないです。
文責:カール・フォン・リンネ
* * *
中央広場周辺の復興作業は未だに続いている。
教団の公式発表により、爆発の原因は流星とされた。その流星も、混沌を浄化するために神が遣わしたのだと説明している。いかにもとってつけたような話であったが、爆発による人的被害がほとんど発生しなかったことで最低限の説得力は伴っていた。
奈落鍛冶の建築士の監督の下、力自慢の食人巨鬼が大きな瓦礫を片付け、緑肌矮人や人間の作業員が細かな瓦礫をスコップで掻き、荷車に放り込んでいる。
「お、何だこりゃ?」
緑肌矮人の一人が、瓦礫の間から転がり出てきた黒焦げの球体を拾い上げる。大きさは手のひら大。ぎりぎり片手で持てる程度だ。
それを見た別の緑肌矮人が鼻で笑う。
「大砲の弾かなんかだろ。だいぶドンパチやったらしいからな」
「おっ、お宝か?」
「ンなわけあるかよ。二束三文にもなりゃしねえ」
「なんでえ。金目のもんかと思ったのによ」
球体は放り投げられ、荷車の瓦礫に埋まる。
やがて荷車は都市の外まで運ばれ、スラムの外れにあるゴミ捨て場に積荷を捨てた。
日が西の地平線に消え、夜の帷が降りた頃。
球体がパカリと二つに割れ、中から不定形の物体が這い出してくる。
「ヤレヤレ、ヤット外ニ出ラレタナ」
粘体生物である。
粘体生物の幼生が、伸びをするように身体を細長くする。
「言語野 重要記憶共ニ問題ナシ。運動系ハ 最低限ハ 残セタカナ」
粘体がぐにぐにと動く。
人体を模そうとしているのかもしれないが、子供が焼いた人型のクッキーのように不格好だ。発音がおぼつかないのも発声系の形成や操作が十全ではないためである。
だが、最も重要なのは知識だ。
ニジクラゲの分化転換の研究を応用し、リンネ自身の再生に際して引き継げる記憶量を大幅に増やすことに成功していた。こちらもぶっつけ本番となってしまったが、予想した結果を再現できたことにほっとする。
「トリアエズ 第二実験室ニ 行コウ。アソコハ 誰ニモ知ラレテナイシ 異端審問官ノ手モ 及バナイダロウ」
粘体生物の名は、カール・フォン・リンネ。生物学者である。
特殊合金と魔術で何重にも防護したカプセルを胎内に隠し、それに再生用の重要な細胞をしまうことであの破壊から免れていたのだ。黒焦げになってはいたものの、緋緋色金をふんだんに含んだ合金である。地金屋に持ち込めばいい値段で売れただろう。あの緑肌矮人に目利きがなかったことを感謝する。
「新シイ研究テーマモ デキチャッタシナ。コレカラ 忙シクナルゾー」
宵闇の底を、小さな粘体生物が這っていき、やがて闇に飲まれて姿を消した。
(Ep.3「スライムの生物学者様ですの」了)
これにて第一部完!です。
楽しんでいただけたら、★などいただけると幸いです。




