76話:第14層
春休みはかおりんと共にダンジョンでの討伐を続けていき、かおりんはレベル42まで上がっていた。ソロでも10層に挑戦し始めるくらいのレベルまで上がってきたが、冒険者を始めて1年なら順調だろう。
そんな春休みも終わりを告げ、俺は久々に1人で仙台ダンジョンにやってきた。
なお、昨日ようやくクラッグベアが上限に到達した。
長かったな。2か月はかかってないけど、1ヶ月半以上かかった。その間、来る日も来る日もクラッグベアばかり食べていたわけで、次は馬の肉が食べたい。
そんな状況で1人でやってきたのは第14層。
第10層から続いていた渓谷から一転、目の前には森が広がっていた。平原がほとんど存在しないという点は第6層に似ているが、平原の先は田んぼではなく森。しかも、ブナの大きな木が所狭しとそびえ立っている森だった。
奥羽山脈にはブナの木が多く生えている事と関係あるんだろうか。
今日から食べ進めていく、第14層に生息しているモンスターは、この森に関連している。
それにしても大きな木だな。頂上は高さ何十mあるんだろうか。首が痛くなりそうなほど見上げながら、俺は森の中へと進んでいく。
森の中は木々によって視界が遮られていた。先が見えないのは第4層の竹林に似ているが、それよりも一本一本の木が太いので更に見えにくい。
ガサガサッ、ミシッ
穏やかな風で揺れる葉の擦れる音は森に入った最初から聞こえていたが、それとは違う大きく擦れる音と、木がしなって折れそうな感じの音が聞こえてきた。
上だよな。協会で調べた情報通りの状況に安堵しつつ、手にしていた剣を握り直す。
地上ではなく頭上の木々へ神経を研ぎ澄まし、モンスターの襲来を警戒した。音は木々の間で反響して聞こえてくるため、正確な場所が分かりにくい。
ミシミシッ、バキッ!
近づいてきた木の音が、頭上近くで枝の折れる音へと変わった。
逆光の中に現れた巨大な影。攻撃が来ることは予測済みだ。俺は上から落ちてくる影の軌道を見極め、横に跳んで避けた。
ズガンッ!
その影は俺のいた場所へと落ちると同時に、二本の前足で地面を叩きつけた。
俺は轟音を響かせながら着地したモンスターの姿をはっきりと視界に捉える。
こいつは馬タイプのモンスター、フォレストランナー。
木の上を平地さながらに駆け回り、頭上から襲ってくる事が特徴だ。
上からの攻撃は、マウンテンスタリオンほどの威力ではないが、防具の無い所に当たれば骨折は免れない破壊力だ。
だが、こいつの強みはそれだけではない。
着地したフォレストランナーは、その勢いのまま、即座に後ろ足を跳ね上げ、俺の顔を目がけて蹴りを放ってきた。
この着地からの流れるような強烈な蹴りは、攻撃範囲が広く、木の上からの攻撃を大きく避けないとこの攻撃がやってくる。
だが今回は初めての対戦だったため、俺はあえて大きく回避せず、この攻撃を受ける事を選んだ。
ガギィィン!
迫る蹄を剣の腹で受け止める。強烈な一撃ではあったが、俺が力負けするほどの一撃ではないようだ。
これなら、安心して戦えるな。
自慢の一撃を受け止められたフォレストランナーは、前へと駆けて俺から距離を取る。
そして木の上へと器用に駆け登っていくと、再び俺の上を駆け回り、頭上から二度目の落下攻撃を仕掛けてきた。
次はこちらから攻撃してみないとな。
俺は逃げる事なく、落ちてくるフォレストランナーに向けて、剣を振り上げた。
フォレストランナーは、マウンテンスタリオンと比べて明らかに線が細い。木の上で動き回るためには、身体が軽くないといけないからだろう。
つまり、その分はマウンテンスタリオンよりも一撃が軽いはずだ。
さらに、木の上とはいえ、崖の上と比べて低く、落下攻撃に乗せられる位置エネルギーも小さくなる。
だから、試してみたくなるというものだ。
ズジュュュュッ!
落下攻撃を左へと踏み込んで避けながら振り上げた刃は、フォレストランナーの脛へと当たった。そのまま刃は滑るように膝、腿、腰を斬り裂いていく。
俺の筋力に加えて、フォレストランナーの落下エネルギーが組み合わさり、刃は止まることなく深々と通り抜けていく。
そのまま刃は背中まで到達して、フォレストランナーはまともに着地できずに地面へと叩きつけられた。
俺の斬撃と落下ダメージで瀕死状態となった獲物の首へ、素早く剣を振り下ろした。
第14層のモンスターであり、俺のターゲットとなったフォレストランナーは、今日からの俺の食料となる、肉の塊へと成り下がった。
フォレストランナーの肉を一旦地上へと持ち帰った俺は、再び14層の森へと戻ってきた。
別に取り分けておいた新鮮な心臓をハツ刺しにして、醤油とにんにくでいただく。コリコリとした小気味いい歯ごたえの後に、驚くほど上品でさっぱりとした旨味が広がり、これならいくらでも箸が進みそうだ。
食べ終えると、先ほどは森の右側に進んでいったので、今回は左側へと進んでいく。
右手に剣を握りしめたまま、木々が風に揺れる音だけが聞こえてくる森の中を慎重に進む。
どっちのモンスターが出できても対処方法に大きな違いは無い。フォレストランナーの時と同じように、俺の視線は上を向いている。
ガサガサッ、ミシッ、バキッ!
木の枝が不自然な破壊音を奏でた。音から推測するに、まだ俺までの距離は遠い。
だが、この段階で枝が折れた音が響いてくるのは先ほどと違う。フォレストランナーなら、落下攻撃をしてくる時以外で枝を折るような事はしないはずだ。
つまり。
パキッバキバキッ!
枝を豪快に折る音が俺の頭上へと近づき、そこから俺を覆うような黒い影が徐々に大きくなりながら落ちてきた。
俺は余裕を持って大きく回避しながら、影が落ちてくる場所へと剣を向けた。
ズドォーーンッ!!
明らかにフォレストランナーの時とは異なる、重量感のある衝撃が辺りを震わせた。音と共に土煙が周囲へと広がっていく。
俺は視界を遮らないようにしながら、構えを崩さずに落下地点を凝視する。
その瞬間、突如として土煙の中から黒い影が伸びてきた。
咄嗟に剣をその影へとぶつける。
ガギィィン!
剣と激突した影は、重い衝撃を俺の腕へと伝えるが、俺はしっかりと受け止めた。
受け止められた影は、すぐさま引っ込むと、先ほどより右側から再び黒い影が飛び出してくる。
それを再度剣で受け止めていると、土煙が晴れてきた。
俺の目に映ったのは、俺よりも身長の大きな熊。
14層の熊モンスター、ラックマだ。
ラックマはすぐに後ろへと下がり、近くの木へと爪を立てて登っていく。
こいつもフォレストランナーと同様に木の上からの落下攻撃を仕掛けてくる。そして、落下直後にも前足を薙ぎ払って攻撃してきたり、再度木の上に戻って再び落下攻撃してくる。
それにしても、落下してくる熊だから、ラックマ。
いや、それは分かる。分かるけど、ここまでの熊型モンスターの名前は、ベアとグラップラーだったのに、ここにきて熊なのはどうしてだ。
絶対に頭に『リ』をつけた有名キャラクターから取ってきた名前だろ。モンスターを初めて見つけた人に命名権があるって聞くし、このモンスターを見つけた人は他のモンスターを見つけた人とは違うんだろうな。
そんな事を考えていると、ラックマが木の上に登り終えたのか、再び頭上から枝の折れる音が聞こえてくる。
バキッ!
一際大きな折れる音が響くと、影が再び落ちてくる。
俺はさっきと同様に大きく避けて、ラックマの攻撃を待ち構える。
ズドォーーンッ!!
再び森に響く轟音と、舞い上がる土煙。
そして、そこから飛び出てくる前足。
それを予測していた俺は、身をかがめ、前足の攻撃を避けると右前に鋭く踏み込む。
そして、土煙の奥に薄っすらと見え始めたラックマの胴体を目がけて、横一閃に剣を振り抜いた。
ブシュッ!
自ら巻き上げた土煙のせいで俺の姿をしっかりと認識できていないラックマは、俺のいた所へと二発目の攻撃を仕掛けており、俺の攻撃を避ける事も防ぐ事もできなかった。
だが、手応えは浅い。慎重に攻めた形だから仕方ないが、もっと深く、近くへと踏み込んでも良かったな。
ダメージを負ったラックマは、それでも再び俺から距離を取って、三度目の木の上へと向かっていく。
もちろんそれを見逃すつもりはない。
俺は一瞬でラックマとの距離を詰め、木を登り始めた直後の、まだ届く高さにあった後ろ足の膝裏を斬り裂いた。
予期せぬ攻撃を受けて、ラックマの巨体がガクンッと一瞬落ちそうになったが、それでも再び登り始める。だが、もう片方の足首も斬り裂くと、腕の力だけでは耐えられずに地面へと落ちてきた。
そして、落ちてきて届くようになった首筋へと刃を滑らせていく。
ドサリと地面へと崩れ落ちる肉体と、転がっていく頭部を見て、14層のモンスターが相手でも問題なく戦える事を確認した。
「ただいまー」
バンッ!
家の玄関を開けると、リビングの扉が勢いよく開かれた。
「肉はー!?」
「いつも通り外においてあるよ」
「りょーかい。それにしても14層はどうだった? 余裕だったの?」
「まぁまだ余裕はあるな。かおりんを連れて行って大丈夫かは、明日また戦って確認する」
「私たちの夏休み合宿はどの階層になるのかね。それにしても、祐也は北海道での遠征でかなり強くなって貯金ができた感じだし、このまま最高階層まで到達しちゃう?」
「無茶言うなよ。安全第一で進めるし、20層からはまた別世界だからな。でも、可能であれば合宿は14層か18層でやりたいな」
「なんでその2つ?」
「16層はモンスターの特徴的に向いてない。18層は向いているけど、余裕で倒せるだけの実力が俺にあるか、間に合うか分からない。14層は上手くいけばって感じかな」
「へぇー。まぁまだ4か月くらいあるから、楽しみにしてる。それよりもお肉~♪」
瀬奈が珍しくダンジョンでの戦闘について聞いてきたが、何かあったのか?
まぁ最後の様子を見る限りはいつも通りだったから、気にするだけ無駄かな。




