38話:夕食会
「お待たせしたっす」
第6層は泥だらけになってしまうのが欠点だよな。
地上まで持ち帰ってきて、家に持って帰るマッドベア以外を売ってから、シャワーを浴びて着替えてきた。
「こっちはOKだったけど、そっちは?」
「うちもOKだったっす。祐也さんと瀬奈ちゃんの2人にはお世話になりっぱなしっすよ」
「俺にもメリットはあるから気にするな。じゃあちょっと遅くなったけど昼食にしようか」
瀬奈がいつも通りマッドホースを使った昼食を持たせてくれた。
今回はかおりんがいることを分かっていたから多めに持たされた。
「おお! 美味しそうっす!」
「マッドホースを使った、桜鍋と竜田揚げだな」
うん、作りたてには勝てないけど、弁当にしても十分に美味しい。
「ヤバッ! めっちゃ美味しいっす! さすが瀬奈ちゃんっす!」
「夕食も沢山用意されるだろうし、程々にな」
「それにしてもすごい量っすね。こんなに食べ切れるんすか?」
「問題ない。いつも昼食で肉1kg使ってもらってるぞ」
「いつも!? そんなに食べてなんで太ってないんすか!?
不公平っす! その体質の半分、自分に分けて欲しいっす!」
まぁそれは無理だな。スキルの効果があると思うし。
「ただいまー」
「お邪魔するっす」
「いらっしゃい、かおりん。祐也、肉は?」
「かおりんのカバンに入ってる。もう解体済みだから、すぐに料理に使えるぞ」
「瀬奈ちゃん、料理手伝うっす」
「そっか……じゃあ簡単な所だけ手伝ってよ」
「分かったっす!」
普通に手伝ってもらえばいいのに。
やっぱり料理好きだから自分でやりたいってことか?
そう思っていると瀬奈が近づいてきて、
「祐也、かおりんは料理がドヘタなんだよ」
小声で耳打ちしてきた。
「なんで考えてることが分かった!?」
「顔に出てたよ」
「マジで……」
「さぁキッチンに行こう、かおりん」
◇◇◇
さて、かおりんに何をしてもらおうかな……
「さぁ瀬奈ちゃん! 何でもやるっすよ!」
どうしてかおりんはここまで自信があるんだろう。自分でも料理が下手だって分かってるはずなのに。
それにしてもどの程度下手なんだろう。家庭科で同じ班にはなってないからな。噂だけは沢山耳に入ってきたけど。
「じゃあかおりん、まずはこの肉を一口サイズに切ってくれる?」
「了解っす! 任せてくださいっす!」
そう言ってかおりんが包丁を握る。その構え、なんか獲物を狙うハンターみたいで格好いいんだけど、ここはキッチンなのよ。
かおりんは肉をまな板に置くと、大きく包丁を振り上げた。
ドンッ!!
包丁ってあんな音するの!?
引き切りとか押し切りとか、そんな繊細な概念はどこにもない。かおりんはまるで薪でも割るかのような勢いで、肉を真上から叩き潰そうとしていた。
「ちょ、ストップ! かおりん、手本を見せるから同じようにやってみてくれる?」
「分かったっす!」
キラキラした笑顔が眩しい。悪気が無いのが厄介すぎる。
「こうやって左手で肉を押さえて、包丁は肉にタッチしてから引きながら下に押せば切れるから。大きさはこれと同じようにね」
「そうやるんすね! 分かったっす!」
かおりんに切るのを任せて、その間に他の準備をしたかったけど、目を離すのは無理そうだな。
自分でやるよりも時間もかかって、見ているだけで疲れたが、なんとか大量の一口サイズの肉の山が出来上がった。
「じゃあ次はその肉をこのボウルの半分くらいまで入れて。そこに私が下味をつけるから」
「はいっす!」
ここは手際よく、ボウルにどんどん肉が入れられていく。
そこに、醤油、酒、すりおろし生姜を入れて。
「ビニール手袋をして、この肉に調味料が染み込むように揉み込んでくれる? 調味料が飛び散らないようにそっとね」
「了解っす!」
私の言う通りにそっと揉んでいる。ちゃんと指示すれば大丈夫そうかな。
「じゃあ片栗粉を入れるから、軽く混ぜて肉に片栗粉がまぶされるようにしてくれる?」
「了解っす!」
これで竜田揚げは後は揚げるだけ。そう安心したのも束の間だった。
かおりんはボウルの中で肉、調味液、片栗粉を混ぜた後、ギュッギュッと肉を握りしめ始めた。
「か、かおりん、まぶすだけでいいの! 握りしめないで!」
「え? でも、こうしないと粉が剥がれちゃう気がして」
「大丈夫だから、そっとで大丈夫だから。
じゃあ次は大和煮に入れるこんにゃくを、手で一口サイズにちぎってくれるかな? 包丁より味が染みやすくなるから」
手でちぎるくらいなら安全。そう思った私が甘かった。
「ちぎるだけっすね! やっておくっす!」
かおりんがこんにゃくを手に取り、ちぎろうとした瞬間。
ブチャッ。
ん? こんな音するっけ?
「あっ、細かくなりすぎたっす」
こんにゃくはちぎられたというよりは、潰されたって感じの状態になっていた。こんなに薄くなるんだなー。
「う、うん。これでいいよ」
私は引きつった笑顔を浮かべながら、優しくかおりんの肩を叩いた。
「ありがとう、かおりん! あとは仕上げるだけだから、祐也と一緒にリビングで休んでて!」
「え、もういいんすか? 自分、もっとやれるっすよ!」
「いいのいいの! お客さんにこれ以上働かせるわけにはいかないから!」
半分追い出すようにして、かおりんをキッチンから退場させた。
ふぅ、と大きなため息をつく。まぁこの程度ならリカバリー可能ね。
そこからは私の本領発揮。
握りしめられた竜田揚げの肉は軽く広げて、片栗粉も少しはたき落として。
薄く潰されたこんにゃくは適度な大きさに切って、そのまま大和煮に放り込んで。これならいつもよりもしっかり味が染み込みそうかも。
そして、絶対に触らせなかったメインのステーキ。
マッドベアの脂が溶け出す絶妙な火加減で、表面をカリッと焼き上げた。
「よし、完成!」
かおりんの手が加わっても、なんとか納得のいく料理に仕上げた。
甘辛い大和煮の香りと、ニンニク醤油ステーキの芳醇な匂いがリビングまで届いたのか、祐也とかおりんの『おおーっ!』という歓声が聞こえてきた。
あっ、レバ刺しとハツ刺しも作らなきゃ。
◇◇◇
部屋に荷物を置いてリビングに降りてくると、瀬奈とかおりんがキッチンで早速調理を開始していた。
ドヘタって言ってたけど、大丈夫なのか?
しばらくして、かおりんが1人キッチンを離れた。
「もう終わったのか?」
「あとは仕上げるだけだって言われたっす。ゆっくり待たせてもらうっす」
……追い出されたかな。
「さて、料理ができるのを待ってる間に今日のダンジョンの感想を聞こうか」
「そうっすね。とにかくヤバかったっす」
「何が?」
「いやもう! 専業ってこんなに強いんすかってのと、なんでこんなにどんどんレベルアップしたっすかってのと、マッドホースを4体買い取ってもらって、税金引いても2人で47,000円の稼ぎってことっす!」
「専業だから強いってわけじゃないけどな。
稼ぎはかおりんの運搬スキルのおかげだぞ。俺1人だと1体ずつしか持ち帰れないし、この先は重すぎて半分とかしか持ち帰れなくなりそうだし」
「レベルアップはどうなんすか?」
「話してもいいけど、もう俺とのパーティーを解散できなくなるぞ?」
「えっ? なんで?」
「話したら、多分俺とのパーティーを解散したくなくなるから」
「こ、怖いっすね。でも気になるし、解散するつもりも無いっすから。どんと来いっす!」
「よし。ダンジョンで最初に言った、瀬奈の発案ってやつ。これが関係している。
その前に、戦闘における経験値の配分についての貢献度説は知ってるよな?」
「もちろんっす。戦闘における貢献度に応じて経験値が配分されているって説っすね」
「そう。避けタンクとか回復役も経験値を得ていることから、与えたダメージに応じて経験値が得られるってことは無くて、この貢献度説ってやつが定説になってる。
んで、その貢献度で言うとかおりんの貢献度ってどうだった?」
「0っすね」
「いや、ほぼ0だ」
「同じじゃないっすか」
「違う。0か0.01かは大きな差だ。
俺の100が0になっても、かおりんの0は0のままだが、99.9が0になったら0.01は100になる」
「どういうことっすか?」
「俺はな、レベル上限に到達済みだ。だからこれ以上経験値を得られない。
それなら俺のもらう経験値は0になるから、全ての経験値はかおりんのものになるんじゃないか。それが瀬奈の考えであり、かおりんとパーティーを組んでみたらいいんじゃないかって提案されたんだ。
まぁ結果を見れば明らかだけど、この考えは正しかったっぽいな」
「へ? レベル上限? 祐也さんってレベルいくつなんすか?」
「2」
「はい?」
「にー」
ひょい、と立てた二本の指を、かおりんは二度見、いや三度見した。
「マジっすか!? 今日一の驚きっすよ!」
「だよな。今の所、うちの家族しか知らないから、あまり広めるなよ」
「言わないっす! 言えないっす!
えー、マジっすか……レベル2が上限とか存在するんすね……」
まぁ驚くよな。俺もビックリだったし。
そう考えると、瀬奈ってこれが当然って感じですんなり受け入れたよな。あいつが一番肝が据わってて、大物かもな。
「ちょっと待って欲しいっす!
レベル2でどうして第6層のモンスターを圧倒できるんすか!?」
「それはスキルのおかげだぞ」
「っ! レベル上限になった時にもらえるスキルっすか!?」
「ピンポーン」
「よし、完成!」
「「おおー!」」
美味しそうな匂いがしてたけど、ようやく完成したか。
「いや、思わずそっちに気を持っていかれたっすけど、スキルは!?」
「食べながら説明する。温かいうちに食べるぞ!」
「メニューはいつもの大和煮、竜田揚げ、ステーキだよ。
祐也のはこっちね。いつも通り2kg使ってるから」
「いただきます」
「いただくっす。って2kg!?」
「そうそう。ちょっと前までは1kgだったけどね」
「どんだけ大食いなんすか!? 弁当でも思ったっすけど、どういう身体の構造してるんすか!?」
「あれ? 祐也まだ説明してなかったの?」
「ちょうどこれから説明する所で料理ができたんだよ。
うん、ステーキの火入れはいつも絶妙だよな。あとバンブーベアと比べて脂が多い、けどさらっと食べられるな。やっぱり第6層のモンスターは旨いな」
「うー、とりあえず食べるっす。
んっ! この大和煮、スゴイっす! ご飯が止まらないっす! ふ、太りそうっす……」
「そうだね、私たちは太らないように気をつけないとね。本当に祐也が沢山持って帰ってきてくれるから大変だよ」
やっぱり階層が下になるにつれておいしくなるな。
小谷さんがいる20層とかどんだけ美味しいんだろう。早く俺も進まなきゃ。
んっ、食べながら話すって言ったけど、食べ終わってからでもいいかな?
「ごちそうさまでした」
「本当に2kgも食べたっすよ、この人……」
「野菜も米も食べたからもっと多いぞ」
「はぁ。おかしいっすこの人。
それでスキルの説明をしてもらっていいっすか?」
「ああ。俺のスキルは初期スキルが消化だ。こっちは珍しくないから聞いたことあるか?」
「知ってるっす。触れたものを溶かすってやつっすよね」
「そう、そうだった」
「だった? なんで過去形?」
「レベル上限になったタイミングで新しいスキルとは別にこの消化スキルが強化されたんだ。
食べたものを消化する速度が上昇するって効果が元々の効果に追加された」
「はぁ。なんかスゴイのかと思ったら違うっすね。消化する速度が上がったから大食いになったってことっすか?」
「それで間違ってない。ただ正確には、追加されたもう1つのスキルの効果を高める、補助するって感じだけどな」
「それでもう1つの追加されたスキルは何なんすか?」
「Absorb」
「アブゾーブ?」
「そう、Absorbっていうのが追加されたスキルで、英語で吸収するって意味だ。
摂取物の吸収率、吸収速度が大幅に上昇するってのが効果だな」
「吸収速度が上がるって、また大食いスキルっすか。でも強さには関係ないっすよね?」
「最初は俺もそう思ったけど、実際は違った。
かおりんはモンスターを食べるとステータスが上昇するっていう話は聞いたことあるか?」
「あるっすよ。え……そういうことっすか!?」
「そういうこと。俺はモンスターを食べると強くなれる。
まぁモンスターごとに上限はあるんだけどな。今の所、奥羽ダンジョンの1層から4層にいるモンスターは全部上限まで食べた。
あと、この間まで飛騨ダンジョンに行って、そこで2層から6層のモンスターも食べてきた」
「マジっすか。でもこうやって実際に滅茶苦茶強いっすから本当なんすね……」
「そういうこと。理解できたか?
俺は経験値がもらえないから、全てかおりんがもらえる。他のパーティーではこんなこと絶対にないだろ? 解散できなくなっただろ?
俺は肉さえ食べられればいいからデメリットは無いし。稼ぎも増えるしな」
「こんなの、メリットしか無いっす。他人とパーティーを組むとか無理っす。ぶっちゃけ、この超速レベリングを他の誰かに分けたくないっす。しばらくは2人だけで行きたいっすよ」
「今のところは他にパーティーメンバーを増やす予定は無いから、土日は2人だぞ。冒険者の知り合いもいないしな」
「はぁー。この情報って世界的にも多分新しい情報っすよね?」
「スキルはそうかもな。レベル上限の人と組んで経験値を全部もらうっていうのは知られてるかもしれないけど、レベル上限の奴は普通、弱くて格上の階層になんて連れて行けないからな」
「確かにそうっすね。もう驚き疲れたっす」
「そういやまだ1つあったな」
「なんすか!? まだあるんすか!?」
「太らない理由だけど、多分このAbsorbスキルで吸収して、ステータスになってるからだろうな。
飛騨ダンジョンだと毎日10kg以上肉を食ってたけど体型変わらなかったし」
「羨ましいっす……どれだけ食べても太らないっていう効果だけのスキルが欲しいっす……!」




