114話:富士山
「それじゃあ行ってきます」
「気をつけるのよ」
「鶏肉のお土産よろしくー」
ゴールデンウィークがあっという間に過ぎ去り、ダンジョン近くの桜の木々もすっかりピンク色から緑色の葉桜になっていた。
パーティーメンバーのかおりんが再び高校へと通うようになって平日は1人きりになったため、俺は当初の予定通り、唯一まだ訪れていないダンジョンへと遠征に行く事にした。
最後のダンジョンは富士山ダンジョン。
富士山ダンジョンはその名の通り、富士山にあるダンジョンだ。入口は全部で4つ。協会が封鎖している入口は無く、発生した入口そのものが全部で4つと少ない。
しかもそのうち1つが富士山の山頂にある。さすがにそこからダンジョンに入る冒険者はほとんどいないようだが、入口が少ないので山頂の入口も残しているらしい。
それ以外には、山梨側の富士吉田、そして静岡側の富士宮と御殿場須走に入口がある。山頂も含めて、全ての入口が浅間神社の近くにあるという、他の国内のダンジョンとは少し違う特徴があったりする。
実質的な入口が3箇所と少ない事、そして首都圏から一番近いダンジョンという事もあって、3箇所とも多くの宿などが建てられて賑わっている。その中でも特に富士吉田と富士宮は、国内で最もダンジョンによって発展した街と言われている。
俺は仙台駅から新幹線で大宮駅へ、そこから埼京線で新宿へ、そこで再び乗り換えて特急富士回遊で富士急の富士山駅へとやってきた。3箇所の中では一番仙台から行きやすいからな。
これまで遠征で4つのダンジョンへと訪れていたが、初めて新幹線、陸路だけで移動してきたな。距離としては一番近いんだが、一番行きたくない場所だったから最後になってしまった。
「あれがミニホークか」
富士山ダンジョン第2層。富士山の裾野のように広がる広大な緩やかな傾斜のある草原から目を空へと向けると、そこには鷹のような鳥が空を飛んでいる。
モンスターを見つけやすいのは良いことなんだけど、空を飛んでるから向こうから来てもらわないと攻撃ができない。
富士山ダンジョンに生息しているモンスターは鳥系と亀系。
鶏肉は美味しいと思うけど、鳥系のモンスターは戦いにくいんだよな。北海道の海の魚介類も面倒だったけど、海の中に潜る必要のあるモンスターは10層までには生息していなかった。一方で富士山の鳥は2層から飛んでいる。最初は鶏とかダチョウとか飛ばない鳥系モンスターを出してほしかった。
まぁ愚痴を言っても仕方ない。適当に近づいていって、向こうから攻撃してくるのを待つしかないかな。投擲スキルは無いけど、石でも投げてみるか?
「という事で、昨日から富士山ダンジョンに来てるぞ」
富士山ダンジョン2日目からは、いつも通り配信もしていく。
:これが富士山ダンジョン
:これで国内のダンジョン全部行ったのか
:受付でフードファイターっぽい人見かけたけど本人だったんだな
:富士山って事はこれからはひたすら鶏肉で焼肉?
:亀って食えるの?
「亀はまだ食ってないけど、鶏肉っぽい味らしい。つまり、このダンジョンではどのモンスターを倒しても実質鶏肉って事だな」
そしてダンジョンならいくらでもモンスターは出てくるから、鶏肉食べ放題という事だ。2ヶ月ずっと鶏肉の焼肉は飽きるかも……
:鶏肉パーティーだな
:飽きそう
:濃い味付けで食べると美味いんよ
:鶏肉ばっかりで栄養バランス大丈夫なの?
:レベル上がると病気になりにくいとは聞くけど、栄養バランス崩したら体調悪くしそうだよな
:また今回も2ヶ月くらいいるの?
:富士山ダンにいるから見に行きたいけど、戦闘はまた18層くらいでやるだろうから配信を楽しみにしてます
いつものように色んなコメントが流れていく。
それを聞きながら、さっき倒したミニホークの焼肉を口へと運んでいく。うん、普通の鶏肉に近い感じがする。まぁ鶏肉を最後に食ったのは2年以上前なんだけどな。
ここで2ヶ月間食いまくれば、紀伊ダンジョンの時と同じくらいステータスが上がるだろう。ただ、ここが終わると短期間で上限まで吸収できるモンスターがいなくなるんだよな。飛騨ダンジョンでは6層までしか吸収してないから次はそこに行く予定だけど、そこから先は地道に奥羽ダンジョンメインで吸収していくしかないかな。
飛騨ダンジョンも終わる頃には冬が近いだろうし、そうしたら皆の卒業が迫ってくる。あっという間に3年経っちゃうな。早い早い。気がついたら20代を越えて30代とかありそうだ。
って、先の事を考えずに、まずは目の前のミニホークから片していかないとな。淡白な味だから、瀬奈のタレがよく合う。いつも以上に大量に持ってきてるけど、使いすぎないようにしなきゃ。
「やっと熊肉が食えるぞー!」
午前中の活動中に10層のモンスターであるクラッグイーグルが上限まで吸収された。これで、約2ヶ月間の富士山ダンジョンでの活動を終えられる。
別に完全に上限まで吸収しないで帰ってもいいんだけど、中途半端は嫌じゃん。
:ようやく食べ終えたって事か
:いつもながら、長く感じた
:やっぱり2ヶ月野営続きはおかしい
:2ヶ月鶏肉しか食べられないとか普通は狂うぞ?
:食に興味、こだわりのないワイ、それくらい余裕やで
:毎日グラノーラしか食べてない私が通りますよ
:富士山ダンジョンでの戦闘の参考になった所もあったな
:適正レベルだと厳しそうな戦い方も多かったよ?
:そのまま真似して怪我すんなよ!
参考にならないのは仕方ない。今さら10層のモンスター相手に慎重に戦うなんて効率的じゃないんだからさ。
昼食後に配信を終えたらすぐに帰る予定だ。そろそろ上限になるだろうと思ってたから、一昨日の段階で瀬奈用の肉は送ってあるし、両親へのお土産も肉を売りに行ったタイミングで少しダンジョンから離れて買いに行ってある。
家に着くのは夕飯の時間よりは遅くなるだろうけど、瀬奈に連絡してあるからロバストグリズリーを使った料理を準備してくれるはずだ。
こんなに熊肉が待ち遠しいのは初めてだ。
……あっ、ダメだ。配信のために富士山ダンジョンに残ってたけど、もう我慢できない!
「悪ぃ! 配信始めてすぐだけど、やっぱり早く熊肉食べたいから配信終わりにして帰るわ!
次の配信日時は決まったら投稿するからそれを確認してくれ! それじゃ、お疲れさんっ!」
:えっ……
:終わり!?
:熊肉食べたいから終わるのかよww
:まぁ新しい情報は無いだろうとは思ってたからいいんだけど
:昼食食べなくて大丈夫?
:今さら一食抜いても問題ないだろ
:今までの食い溜めした分でなんとかなるか
コメントを無視して配信を終わらせてすぐに地上へと向かう。そして着替えて荷物をまとめて、河口湖駅へと走っていく。
どうやら特急よりも高速バスの方が早いし本数も多いらしいので、次のバスのチケットを購入して、新宿へと向かい、そこからは埼京線と新幹線で仙台へと帰っていった。
「ただいまー!」
「おかえり。すぐに出すよ?」
「頼んだ!」
家へと帰ってすぐ、美味しそうな肉の香りが襲い掛かってくる。
久々の瀬奈の料理だ。こんなにお腹減った状態なのはいつぶりだろうな。
自室へと荷物を置いて、すぐにリビングへとやってきた俺は、次々に提供される瀬奈の料理へと一心不乱にかぶりついていった。
◇◇◇
『あの彼、結構強くなってきたよ』
『これならあのエリアを問題なく突破してくれそうね。でも、慎重すぎるわよ。もう少しテンポよく次の階層に進んで欲しいわ』
『まだ若いのにね。もっと冒険して欲しいけど、それが彼の性格なんだろうから仕方無いよ。見守っていこうじゃないか』
『まぁちゃんと全部順番に吸収しているし、そのうち進化してくれるでしょうね』
『そうだね。30層からも楽しんでもらえると良いんだけど』
『少なくとも景色は楽しんでもらえるでしょうね。まぁ、まだまだ時間は掛かりそうだけど、これまで見てきた子よりは早いし、そのうち到達するでしょ』
『そういえば、他の奴の所に現れた特別な子たち、少しずつ頭角を現して有名になり始めてるみたいだよ』
『うちの彼を参考にしたみたいな子が多いわね。まぁうちの彼が一番強くなるでしょうけどね!』
『ステータスはそうだろうね。ただ、他の子も癖のあるスキルみたいで、彼とは違って一気に駆け抜けていきそうだよ』
『最終的にここに一番早く到達するのはどの子になるのかしら。楽しく見させてもらいましょう』




