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課業、はじめ!

「カンカン、カン」


 朝五時半の三点鐘の音で目が覚めた。


 忙しい一日の始まりである。


 まずは顔を洗い身支度を整え、艦橋へと顔を出した。


「おはようございます!香月大尉!」


「おはよう、大谷大尉。ずいぶんと早いな。」


「はぁ、本日は初の出航訓練が有りますから。」


「そうだったな、俺の第一分隊もどんなものかひとつ、訓練してみるか。」


 そんな会話をしていると、


「総員起こし、五分前。」


 と当直下士官の号令が聞こえて来た。


「おはよう、諸君。」


 戸高艦長が艦橋に上がって来たのだ。


「おはようございます!」


 俺と航海長が挨拶して本日の予定などの打ち合わせをしていると、


「総員起こし!総員吊り床納め!」


 の号令が掛り、艦内が俄然騒がしくなった。


「総員上甲板!体操始め!」


 艦橋から上甲板を見下ろすと、乗組員がワラワラと艦内から出て来て一斉に海軍体操をはじめた。


 その先頭に立って体操を指導しているのは、第三分隊長の佐竹大尉ではないか。


 元気のいい、面白い男だなぁと思いつつその姿を眺めていると、


「砲術長、電探射撃管制盤の調子はどうかな。」


 と艦長が新型装備について案配を尋ねて来た。


 戸高艦長は根っから水雷屋だと聞いていたので、その仕組みを詳しく話した。


 二式電探射撃管制盤は本艦の目玉とも言っていい兵裝であり、帝国海軍の技術の粋を極めた新兵器であったのだ。


 原理は従来の射撃管制盤と変わらないものであったが入出力方法が画期的であり、四二号捕捉電探が捉えた目標諸元が自動的に管制盤に送られ、目標の未来位置を計算してその結果を高角砲に送り、自動的に照準させるのである。


 これは例え夜中の真っ黒な暗闇の中でも、一寸先も見えない濃い霧の真っ只中でも、電探は関係なく照準可能であり一方的に攻撃できる事を示していた。


 ましてその砲が、毎分六十発の長十糎高角砲が連装で二基あるのだから、毎秒四発の十糎砲弾の威力たるや、凄まじいものである。


 それらを一通り艦長に説明していると、航海長の大谷大尉や水雷長の佐竹大尉、機関長の小倉大尉までもがフムフムと俺の説明に納得しているではないか。


 皆、初めて聞く新兵器の性能に興味津々といったところであったのだ。


「総員、手を洗え!」


 の号令が掛り、いつの間にか朝食の時間がきていた。


「では諸君、食事としようか。」


 艦長が皆に声を掛け、真っ先に艦橋から出て行った。


「食事、事業服に着替え!」


 この号令で皆、朝食を食べ始めた。


 海軍では全ての行動が号令によって始まり、号令で終わるのであるがその基準となるのが舷門にある時計であり、三十分毎に鳴らされる鐘の音なのである。


「砲術長、引き渡し式は十時からだったな。」


「はい、九時四十五分には総員を上甲板に整列させる予定ですが。」


「であればよろしい。」


 艦長は一応、確認したかったらしい。


 引き渡し式は海軍の昔から行われているひとつの儀式であり、これが終わって初めて駆逐艦松は軍艦になるのであり、それまでは戸高艦長も制式にはまだ艦長ではなく艤裝委員長なのであり、我々も乗組員ではないのである。


 通常であれば艦に乗組員を慣熟させる為に引き渡し式後、三ヶ月程の練成期間が与えられるのだが、戦時という事もあり我々には一週間とその期間が限られていたのだ。


 そういう事情もあり、昨日から仮に海軍時間による艦艇業務を始めたのである。


「では諸君、午前の課業は九時三十分までに終了させる様に。」


「はッ!」


 そう言うと艦長は部屋を出て行った。


「それでは各分隊ごとに訓練を始めようではないか。」


 俺は皆の顔を見回し、席を立った。


「課業始め、五分前!」


 俺は艦橋へ上がり、前日の当直士官の安藤少尉から引き継ぎを受け艦、人員共に異常の無い事を確認しそれを艦長へ報告した後、上甲板へ降りて前部マスト後方の広場へ行った。


 やがて艦橋から課業始めのラッパが高らかに鳴り響き、


「課業始め!水兵員整列上甲板!」


 の号令が掛かった。


 すると艦内から乗組員が脱兎の如く駆け集まり、各分隊ごとに整列した。


 分隊の先頭にはそれぞれの先任下士官がおり敬礼しながら、

 

「第一分隊集合終わり!」


「第二分隊集合終わり!」


「第三分隊集合終わり!」


 と集合の報告を受けた副直将校は、敬礼と共に本日の当直将校である俺に


「集合よろしい!」


 と報告して、それに対し俺は


「予定訓練、かかれ!」


 と号令を発すると、乗組員は蜘蛛の子を散らす様に走り去って行った。


 こうして駆逐艦松の一日は始まるのである。


 俺は第一分隊の待つ、錨甲板に行き小さな台に上がり訓示を行った。


「諸君!駆逐艦松の第一分隊へよく来た。帝国は今、大戦の真っ最中である。この戦に勝つ為には、我々帝国軍人がその命を呈して職務を全うせねばならぬのである。今日から貴様らの命は俺が預かる!」


「それではこれより戦闘訓練を行う!訓練、戦闘配置につけ!」


 号令一下、第一分隊は駆け足で所定の部署に向かって行った。


 俺は艦橋上の砲戦指揮所に上がり、各部署の報告を待ちながら適当な目標を選んだ。


 すると沖合から戦艦らしき大型艦が近づいて来るのが見え、十五糎双眼鏡で確認してみるとやはり戦艦伊勢と日向であった。


 今時何故だ?と思いつつも、丁度良い目標だったのでこれに決めた。


「一番砲塔配置よし!」


「一番銃座配置よし!」


 などと次々と報告が入り、全員が配置に付いた事を確認して、


「合戦準備昼戦に備え!砲撃戦用意!」


「右砲戦、右百十度、戦艦、一番艦を狙え!」


 と下令すると、方位盤にしがみ付いている國本兵曹長が、照準器を戦艦に向けてグルッと回すとそれと連動し、すぐ後ろにある三m測距儀が旋回し、目標との距離を測った。


 その後一、二番砲塔がグゥーッと右に旋回をはじめ、戦艦を睨んで仰角を上げた。


「こちら測距儀、距離一五。」


「こちら射撃盤、準備よし!」


「トップ了解、撃ち方始め!」


 の号令で方位盤の國本兵曹長が、叫びながら引金を引いた。


「てェーッ!」


 実戦であればこの時一、二番連装砲四門が同時に火を吹くのである。


 この時は訓練だった為、砲から発砲はされず一連の手順の流れが確認されたのだ。


 軍艦の艦砲は対艦砲戦の場合トップ(砲戦指揮所)に居る方位盤射手が目標を狙い、それを測距儀で距離を測りそれらの射撃諸元は戦闘指揮所にある二式射撃管制盤に電気的に入力され、更に我が艦の針路、速度、風向、風速、自艦の動揺、地球の自転速度なども入力された上で目標の未来位置を割り出し、どの角度で砲を発砲するかを計算しその結果が各砲塔へ電気的に送られ照準されて、トップの射手が引金を引くと一斉に発砲されるのである。


 発砲された砲弾が着弾する瞬間にベルが鳴り、トップに居る砲術長に知らされ着弾地点の位置により、砲術長はその修正量を二式射撃管制盤に入力させ再度、発砲し命中を期するまでこれを続けるのだ。


 これが軍艦が行う方位盤射撃の方法である。


 もし被弾や何らかの理由で方位盤射撃が行えない場合は、砲側射撃といって各砲塔が個別に照準し射撃するのであるが、命中率は大幅に下がり、まず当たらなかった。


 目標が航空機の場合は照準はトップの方位盤の代わりに電探が行い、観測は砲術長が行うのである。


 航空機は移動速度が早く、測距儀などの照準機器が追いつかないからだ。


 その電探射撃は我が海軍で新たに採用された射撃法であり、俺もついこの前、砲術学校に行き電探射撃法を伝授されたばかりだったので、本艦で実際に訓練するのは初めてであった。


 もちろん他の乗組員は、電探を見るのも初めてという連中が居たくらいであるから、電探射撃を知っている者は電測員達と俺ぐらいしかいなかったのだ。


「対空戦用意!電探射撃!」


「目標、右九十度、水上機!」


 丁度、右の空に艦偵とおぼしき水上機が接近して来たのを俺は見つけ、咄嗟に目標としたのである。


「こちら捜索電探!目標捕捉!方位○九○、距離五、機数一、速度二百五十、高度三千。」


「こちら捕捉電探!目標捕捉!射撃管制盤入力良し!」


「トップ了解!撃ち方始め!」


「てェーッ!カチッ!」


 射手が引金を引く音がしたが、今度も訓練なので発砲はされなかった。


 初めてにしては、上出来であった。


 電測員は昨日、夜遅くまで訓練していた成果が出たのか、今の突然の対空戦にも良く対応していた。


「撃ち方辞め!各砲、状況しらせぃッ!」


「一番砲塔異常なし!」


「二番砲塔異常なし!」


 各砲塔から異常なしの報告を受け、時計を見ると九時を過ぎていたので訓練終了を告げた。


「訓練終了、用具納め!」

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