06.父と子の秘密3
「困りますな、マリーノ様……。この家に足繁く出入りしていたのなら、すぐに気づいてくださらないと……」
「いやいや、男の顔なんてじっくり見ないし。でも言われてみれば本当にフランチェスコそっくりだ。血ってすごいね……」
うるさい……。
「……目が覚めましたか」
耳元でごそごそ言われているのが煩わしくて、起きてしまったという方が正しい。
レオが父の姿を捜して視線をさまよわせると、コロッセオと揃いの色をした指が、ためらいがちにそっとレオの頬に触れた。
父さん……。
ジャコモはうんと頷く。
何かを言いあぐねているジャコモと、ジャコモを見上げるレオの間に、マリーノの硬い声が割って入った。
「レオ、私から話す。お前は――」
「フランチェスコっていう人の子供なんだね」
「……そうだ」
そう答えるマリーノの声には普段の軽薄さが欠片もない。
だから、冗談を言っているのではないと分かった。
「その人はクッキアイオ家のご子息で、もう亡くなっているんだよね」
そうだ、とマリーノは再び静かに肯定した。
レオはその死の真相は知らない。
その人は高級娼婦に化けた淫魔と戦って命を落としたと言われていた。
表向きには。
「本当はどんな風に亡くなったの」
あのクッキアイオ家のお世継ぎと、売り出し中の若く美しい高級娼婦。それは世間の想像を掻き立てずにはいられない「事件」だった。随分前のことなのに、今でも語り草になっているのはそのせいだ。
「……その話はもう少し、お体が回復してからにいたしましょう」
紳士がやんわりとそう言って、「レオナルド様、お水は?」と訊ねる。
レオが頷いて体を起こそうとすると、紳士は当然のようにレオの背中に手を添えて助け起こした。
紳士に背中を支えられたまま、こく、こく、とレオが手渡されたカップの水を飲む。
紳士は感慨深げに目を細めた。
「あなた様のお父君、フランチェスコ様は、漆黒の御髪も、優しい灰色の瞳も、あなた様にそっくりの美しい若君でございました」
「うん、本当に……。お前はフランチェスコによく似てる」
紳士とマリーノの言葉をぼんやりと聞きながら、レオはふと引っかかりを覚えて訊ねた。
「マリーノはクッキアイオ家と親しいの?」
クッキアイオ家は社交を好まず、表舞台にも出てこないと言われている。派手好きマリーノとの接点がよく分からなかった。もっとも、貴族社会のことは元々よく分からないが。
「ああ、フェリエラ家はクッキアイオ家の分家なんだ」
「……逆じゃなく?」
しかも、いつの話だ。
フェリエラ家はヴェネツィア黎明期にさかのぼる十二の家柄のひとつで、クッキアイオ家はその次に古い家系のはずではなかったか。
マリーノがふっと笑って答えた。
「逆じゃないさ。レオ、ヴェネツィア黎明期にあったのは、本当は十三家系だったんだ」
「え……」
「そうです。そして、その筆頭家がクッキアイオ家であり、すべてを内包する偉大なる十三でございました」
紳士がレオの細い首筋に触れ、医者のように何かを確かめる。
満足そうに頷いたので問題はないのだろう。
「レオナルド様。まだお体の痺れは取れていないでしょう。今はもう少しお眠りください」
紳士の言う通りだったので、レオは言われるがまま素直に身を横たえる。
緩慢なレオの動きを助けながら、紳士は詩でも詠じているような声で言った。
「次に目が覚めた時にはクッキアイオ家の、ヴェネツィアの昔話をいたしましょう……」
レオの瞼がとろりと閉じる。
貴族の子供は皆こうやって、優しく声をかけられながら寝かしつけてもらうのだろうか。
「クッキアイオ家の来し方は、すなわちヴェネツィアの歴史でございますから――」
まるで子守唄のようなその声に引き込まれるように、レオは再び深い眠りに落ちていった。




