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「休学したって聞いて、本当に申し訳ないことしたって反省したんだ。こんな騒ぎになるとは思ってもなくて……改めて謝らないとって思ってたんだけど、なかなか一人で来られなかったんだ。今日はどうにか他の連中を撒けたから、やっと来られた」
友人は早口で謝罪を続ける。
どうやら彼なりに陽彩のことを考えているようだった。テレビで流されていた動画では陽彩の肩を組み、笑顔で話しかけていたが、添付された音楽で言葉までは聞こえなかった。
友人はここまでの事態になるとは想像していなかったと話す。
「もっとさ、陽彩が周りの人に馴染めたら良いなって思っただけなんだ。陽彩って話しかけにくい雰囲気だけど、動画とか一緒に撮ってくれるって知れば、他の奴らも声かけやすくなるかもって……。まさかテレビで取り上げられるなんてさ……それで陽彩が休学に追い込まれるなんて、全部俺のせいじゃんね」
「ちが……」陽彩が否定しようとした瞬間、友人は深く頭を下げた。
「本当にごめん!! 俺、陽彩をこんな目に遭わせたかったわけじゃなかった。俺自身、もっと仲良くなれればいいなって下心もあった。自分勝手なのは分かってる。でも、俺はこれからも陽彩と友達でいたい」
店内の人の視線も気にせず、友人は熱弁した。
空気を読んでいないと言えばそうだが、しかし彼の熱意は全員に伝わっただろう。
「あの……、はい……」陽彩も戸惑いながら返事をする。
「僕こそ、ごめんなさい。迷惑をかけてしまって」
「なんでだよ!! 陽彩は一ミリも悪くないだろ!! 謝んなくていい。それより、休学は……取り消せないよな?」
「うん」
「……だよな。まぁ、大学内はまだ陽彩目当てで騒がしいし、ここにいるのが安全だと思う。俺、また遊びに来てもいい? 勿論、一人でこっそり来るから」
「うん、嬉しい」
「良かった!!」
破顔して笑うと、メロンクリームソーダを一気に飲み干し、溶けかけたアイスクリームも瞬く間に食べ切った。
「緊張してたから、喉がカラカラだったんだ」ようやく椅子に凭れ、天井を仰ぎながら長くため息を吐く。店内がなんとなくほっこりとした空気に包まれ、またそれぞれの会話に戻っていった。
友人は絶えず陽彩に話しかけていたが、怜志も気にせず自分の食事を堪能した。ハンバーグも期待を裏切らない美味しさで、会社に帰ったら要に教えてあげようと思った。
食後のコーヒーを飲んでいると、奥に座っていた友人が席を立つ。彼のおかげで、今日は陽彩をしっかりと観察出来たし、声も聞けた。昨日は感情を持っていないのかと思うほどの無表情だったが、今日は心なしか朗らかな印象を受ける。
友人の彼を羨ましいと感じてしまった。自分も仲良くなれば、あんなふうに微笑んでくれるのだろうか。
「うわっ! お兄さん、めっちゃイケメンっすね!!」
「え?」
一息ついてぼんやりしているところにいきなり声を掛けられたと思えば、目の前に陽彩の友人の顔があった。
「あ……りがとう……」大口で口に入れたハンバーグを丸呑みする。友人は気にせず怜志に喰いついて話を続けた。
「良いなぁ。俺もお兄さんみたいな『THE・男!!』って感じの顔になりたかったっす。狼顔って感じの」
「なにそれ。独特の感性だね」
思わず笑ってしまうと、友人の彼は再び「笑ってもかっこいい」と嘆息し、目を丸くした。
怜志からもその子の顔を見ると、なるほどふわふわのポメラニアンのような愛嬌のある顔をしている。
「君だって素敵じゃないか」
「お世辞はいいですよ。童顔のせいで未だに大学生に見られないし、身長も伸びなかったし。いや、身長はまだ諦めてないんですけど。華奢なのもコンプレックスで。俺もお兄さんみたいになりたかったっす。めちゃタイプです。あ、憧れって意味で」
「あはは。いきなり熱烈な告白されちゃった。今日は初仕事で気疲れしてたけど、元気もらったよ。ありがとう」
友人は名前を風間彗だと教えてくれた。怜志も自己紹介をし名刺まで差し出した。風間は怜志が薬品会社の営業だと知ると、更に尊敬の眼差しを送ってきた。いちいち反応が大きく、好奇心旺盛な子供か犬みたいだと怜志は思った。結局、怜志が食べ終わるまで隣に腰を下ろして話をし、そのまま一緒に店を出ることにした。メロンクリームソーダは奢ってあげた。
立ち上がった怜志を見上げ、風間が再び声を荒げる。
「やばい、座ってても身長が高いって分かってたけど、実際並ぶと俺が宇宙人みたいに見える」
「そんなことないよ」彗の発想は斬新で新鮮な気分になる。自分が大学生の頃は勉強ばかりで、こんな風に他愛ない会話を楽しんだ記憶はない。陽彩に近付きたくて喫茶店に通い始めたが、風間との出会いもなかなか悪くないと感じる。
店を出る間際に陽彩を見ると、昨日よりもしっかりと目が合い、お辞儀をしてくれた。「ありがとうございました」という声は聞こえなかったが、口の動きでそう読み取れた。
「じゃあ、俺は車だからここで」
「いきなり声をかけたのに、親切にしてくれてありがとうございました。青柳さんもここの常連っすか?」
「昨日初めて来たけど、通うよ。また会えるかもしれないね」
「是非また会いたいです。じゃあ!」
風間は大学に戻ると言って、怜志とは反対の方向へと走り去った。見送りながら、彼は営業に向いていると思った。何より、陽彩との距離をぐんと短くしてくれたように感じる。明日は、直接話せそうだと確信めいた期待が溢れた。
そして、翌日もクロノス総合病院の帰りに喫茶アルコープを訪れた怜志は、陽彩の真ん前に座ることに成功する。と言っても、いつもは神津が立っている場所に陽彩がいたという、ただのラッキーなのだが。
「こんにちは」自然に挨拶を促す。陽彩も小さな声ながら「こんにちは」と返してくれた。
「今日は風間くんは来てないんだね」
「多分、金曜日は講義で忙しいと思います」
「そっか。彼、意外と真面目に受講してそうだもんね」
「意外とって」ふふっと口許に手を添えて笑う。色白で華奢な陽彩の儚さを強調したような微笑みだった。怜志は吸い込まれそうになり、目を瞠ったまま固まってしまった。
「しゆうがん……」
「え?」
「雌雄眼って、言うんですよね。あなたのような目を」
「あ……これ? そうだね。目力が強くて怖いって学生の頃よく言われてたから気をつけてたのに。ごめん、睨んだわけじゃないんだ」
眸の片方が女性的な優しさを含むクッキリとした二重、もう片方は男性的な切長の一重。どうしても、男性の強さが勝ってしまうらしく、無表情でいると周りには怒っていると感じるらしい。
それを言われ始めたのは成長期で一気に大人びた高校生の頃だった。怜志自身、同級生に言われるまで気にも留めていなかったので随分と驚いたのだが、決して良い印象ではないと思い、出来るだけ笑顔を心掛けていた。
けれど、陽彩に見入ってしまったのと、仕事の休憩に入っていたのとで気を抜いてしまっていたらしい。堂々と正面から陽彩を凝視していた。見詰めると言うよりも、凝視と表現した方が正しい。
陽彩は首を振りながら「いえ、強そうでいいなって思いました」と言ってくれたが、「怖がられてるかと思ってた」怜志が自虐的に言うと、困ったように肩を竦め、「……少しだけ……」本音を漏らした。
「あはは。素直だね。実際話してみたら、平気だった?」
「緊張はします。……その……人見知りで……」
「無理しなくて良いよ。俺、ここに通いたいし。少しずつでも慣れてくれると嬉しい」
「頑張り……ます」
怜志は意外なほど会話が続いて上機嫌だ。神津は少し買い出しに行っていると教えてくれたが、間もなく帰ってきた。
店に入ってきた神津が怜志を見るなり「いらしたんですね」と声をかけてくれた。三日目にして、怜志はすっかり顔馴染み客の一人になっている。
「唐揚げがあるんですよ。私たちの賄いにと思ったのですが、作りすぎてしまいまして」
「裏メニューっぽくて唆られます」即座にお願いすると、既に揚がっている唐揚げとスープにご飯を出してくれた。
「前は自炊もしてたんですけど、今は時間がなくて。やっぱり手作りって良いですね」
カリカリの衣を噛むと、中からジューシーな肉汁が口中に広がる。生姜が程よく効いていて、醤油の香ばしさが鼻から抜ける。ご飯が進む濃いめの味付けに、神津が驚くほどのスピードで平らげた。
「そんな風に食べて頂けると、嬉しいものですね」
「美味しくてがっついてしまいました。ここに通うようになって本当に良かったです」
「褒めすぎですよ」
「足りないくらいです。仕事中じゃなければ、もっと長居してゆっくり過ごせるのに」
食べ終わるとすぐに仕事に戻らないといけないのが残念だと零す。
「お休みの日でも、いらしてくださいね」神津がいつもの朗らかな笑顔で言ってくれた。
窓際で本を読みがながら過ごせば有意義だろうと視線をやる。陽だまりで暖かなテーブル席では年配の女性が編み物をして過ごしていた。
「次は要さんも一緒に来なくちゃ。俺ばかり美味しいもの食べてるって怒られしまいます」
「お忙しそうですね。よければ、これをお持ち帰りください」
「良いんですか?」
神津は要にと、たまごサンドをパックに詰めてくれた。さっきの唐揚げも入っている。
「喜びます。ありがとうございます」
店を出る前にも陽彩と言葉を交わした。満足感が半端ない。陽彩に近付くのに、もっと時間を要すると覚悟していたが、彗のお陰で好転した。仕事の商談で手応えを感じる時と同じ興奮を覚えた。
会社に戻り、要に神津から預かったサンドウィッチを手渡すと、瞳を輝かせて受け取ってくれた。
「今日こそはとことん文句言ってやろうと思ってたのに、命拾いしたな」
インスタントラーメンの封を開けようとしていたところだった。要はそれをデスクの引き出しに戻すと、たまごサンドを頬張った。
「で、どうだった? 一人でのおつかいは」
「またそうやって子供扱いする。クローンの心臓が動き出したと言って見せてもらえました」
「マジで!? 俺も見たい。伊角さん、言ってくれてないぞ」
一旦たまごサンドを戻し、慌ててメールを送信した。明日、伺いますとの旨をしっかりと記していたのが見えた。
「やっぱ群を抜いて研究が進んでるよな。そのうち、クローンの脳まで作りそうだよな」
「伊角さんに初めてお会いしましたけど、あの人ならやりそうな感じしますよね。見た目だけで言ってますけど。でも他にも進めている研究があるのは僅かにも触れてくれませんでしたね。会話の中でヒントが隠れてないかなと期待しましたけど、伊角さんってポーカーフェイスで感情の浮き沈みがなさそう」
「鶴見くんと恋人なんだよ」
「はっ!? え!? あの二人が?」
「冗談」
「ちょっと、やめてくださいよ。明日からも顔合わせるんですから」
「何、青柳くんは今のご時世に偏見を持っている口かね?」
「そうじゃありません。俺も性別関係ない派ですし。ただ、伊角さんと鶴見さんが恋人って結びつかなかっただけです」
「そう? 俺は意外とお似合いだと思うけどな。鶴見くんが伊角さんを慕ってるのは本当」
「へぇ……」
思い出してみると、そこは割と納得がいく……気がする。色眼鏡で見ればの話だが。
要は随分遅い昼食を食べ終え、また書類作りに戻った。怜志も自分のデスクに戻り、PCに向かう。陽彩や風間と顔見知りになったことを要に話そうかと思ったが、今はやめておいた。要はもう陽彩についてはミーハーな目で見てないだろう。けれど、なんとなく今後発展しそうな自分と陽彩の関係を簡単に口に出したくないと思ってしまったのだ。まだ陽彩を独り占めしていたいのかもしれない。
(とはいえ、まだ陽彩くんのこと、何も知らないんだよな)怜志は物思いに耽る。好きな食べ物、血液型、家族構成……名前以外の情報をまだ何も知らない。この三日間があまりに順調すぎたためか、どうしても展開を急いでしまう。まだほんの少し喋っただけなのに、二人きりで遊べないかなんて期待まで抱いているのだから重症だ。冷静にならなければ……と自分に言い聞かせるほど、期待ばかりが膨れ上がる。
「連絡先、聞いてみようかな……」
「誰に?」
「は? あれ? 俺、何か言いました?」
「誰かに連絡先聞こうかなって。狙ってる子でもいるの? そういうの、隠されたら嫌だからね」
「なんでプライベートの全てまで報告が要るんですか。要さんだって、俺に何もかも言わないでしょう? 明日、伊角さんの連絡先を聞いてもいいかなって思っただけです。鶴見さんとは昨日交換できたけど、伊角さんは研究の話にしかならなくて」
要は「なーんだ」と興味がないのを全面的に押し出し、PCの画面に向き直った。怜志と伊角の関係には露ほどの関心もないらしい。これが陽彩だといえば、きっと今日はマンションに帰れないほど詰め寄られるのだろう。それほど要という人物は、興味の是非がはっきりした性格である。
とはいえ、ぼんやりと考えていたことを無意識に口にしていたとは気付かなかった。声を聞けば納得するなんてのはただの空想で、実際にそうなれば更なる欲が生まれる。
「……重症かも」
呟いた言葉は、今度は要の耳には届かなかった。




