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へっぽこ薬剤師の異世界奮闘記  作者: TATA
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今度は武器屋です

 ラーレさんの店で一悶着あったが、シエラの提案で今度は武器屋に行くことになった。

 冒険者志望の瑠香ちゃんだけは元気いっぱいにはしゃいでいる。街中にも冒険者らしき姿の人たちはいるのだが皆屈強な男ばかりだ。腰に剣をぶら下げている者や槍を担いでいる者など実に様々だ。当然ながら魔導師風の人は見当たらない。


「先生、瑠香ちゃん楽しそうですね。明日は私の番ですから覚えておいてくださいね」


 誰の番でもよいが普通の観光をする話はどこへ行った?


「ところで資金はどうするんだ?さっきは1,000リルあれば短剣くらい買えるとか買えないとか言ってたけど」


 確かに銀貨1枚を事前に渡しているのでその範囲で使う分には特に問題がない。ただし明日以降の資金不足は自己責任になる。俺もみんなの服を購入したため手持ちが少ない。


「私は手持ちが最初の1,000リルだけですね。何があるかわからないから大事にとっておきます」

「俺も服買ったりしたから、いくらだ? 銅貨がジャラジャラしているからな。多分1,000リルちょっとだ」


 おそらく今回も何か問題が起きるだろう。できれば平和に過ごしたいものだ。そして問題が生じるとすれば金額ではないはずだ。そして瑠香ちゃんががっかりする姿が目に浮かぶ。


「店長ー、早く来てくださーい。置いていきますよー」


 恥ずかしいから大声で呼ばないでほしい。

 シエラも手を引っ張られ遠目には引きずられているかのようだ。大分距離が開いてしまった。少し歩くペースを上げないと本当に迷子になってしまう。いっそのこと美波と2人で迷子になってしまおうなどと考えていると美波に手を握られた。


「先生、走りますよ」


 お色気なしか。残念。


 運動不足のため息を切らしながらようやく到着する。待ちきれない瑠香ちゃんに腕をつかまれ店内に引きずり込まれる。休むことすら許されない。頼む、水をくれ。



「お嬢ちゃん、店間違えてないか? ここはお嬢ちゃんが来るような店じゃないぜ。それともそっちのモヤシみたいな兄ちゃんか?」


 店内に入るとガタイのいいスキンヘッドのおっさんが出迎えてくれる。客が来たのに突っ立ったままでお約束のセリフを吐きながらガハガハ笑っている。モヤシをバカにするな。見た目と違ってビタミンやミネラルもバランスよく、栄養価も高いんだぞ。ということは俺は褒められたのか。......そんなわけないか。


「おじさん、1,000リルで買える剣が見たいです」


 ......瑠香ちゃん、値引き交渉の余地を残しておかないとダメなんじゃないか?そんなにはっきり予算を言ったら足元みられるぞ。


「お嬢ちゃんなぁ、そこの兄ちゃんに剣が振れるとは思わないぞ。金の無駄になるから悪いことは言わない、やめときな」


 俺も剣が振れるとは思わない。剣道もやったことないし、野球もしたことないからバットも振れない。


「剣がほしいのは、私です! わ・た・し。それとも女に売る武器はないとか言うんですか!」


 瑠香ちゃんはこうなると頑固なんだよな。しかも若干怒っている。


「お嬢ちゃんな、こっちも商売だから女に売る武器はねぇなんて野暮なことは言わん。ただ武器は自分の命を預ける道具だ。実際に使えない物を売って怪我でもされたら武器屋の沽券にかかわる。しかもそういうやつに限って武器のせいだと言いやがる」


 おっさんガラは悪いがまともなことを言っているぞ。よし、残念だがあきらめるんだ。平和に観光しようじゃないか。


「じゃあどうすれば売ってくれるんですか? 試験でもしますか? この日のために筋トレしているんだから受けて立ちますよ!」


 瑠香ちゃんまだ筋トレしてたんだ。継続は力なりって言うけど毎日続けるのはなかなか大変だ。これは乙女の嗜みだな。


「お嬢ちゃん本気か? よし、それなら試験に受かったら売ってやる。おい、弟子その1裏を片づけて準備してこい」


 おっさんの迫力に負けて影が薄い人がいると思ったらお弟子さんでしたか。頼りなさそうな優男はそそくさと裏に消えていった。

 ところで美波とシエラの姿が見えない。どこに行った? 店内には俺と瑠香ちゃん、あとは冒険者風の男が剣の品定めをしている。2人を探していると店の外で何か飲んでいるのが見えた。面倒が起きると思って入ってこなかったな。

 瑠香ちゃんは張り切ってストレッチ始めるし大丈夫か?


 準備ができたと裏庭に通される。美波とシエラも一緒だ。


「美波、すまん一口くれ」

「先生、少し体力つけたほうがいいですよ。はい、どうぞ」


 2人は近くの屋台で果実水を買って飲んでいた。柑橘系のさわやかな味だ。ほのかにミントの香りもあり、甘さは控え目で飲みやすい。

 氷は無いがミントのおかげか清涼感で冷たく感じる。生活の知恵だな。


 一息ついたところで瑠香ちゃんの試験が始まった。


「お嬢ちゃん、まずはこの剣を持って構えてみろ。砂時計が落ちるまで剣を下げたらいかんぞ」


 まるでブラック部活の後輩しごきを見ているかのようだ。瑠香ちゃん辛かったらやめてもいいんだぞ。誰も責めたりしないから。

 中段の構えのまま砂時計が落ちるのをじっと待つ。

 材質はわからないが刀身約1m、重量は2kgぐらいか? これは見た目以上に大変だろう。


「なぁ、あとどのくらいだ?」

「まだ始まったばかりだしあと10分位は続くんじゃないかしら?」


「暇だな」

「シエラさんは寝てますよ」

「顔に落書きでもするか」


 瑠香ちゃんの腕がプルプル震え始めた。刀身の先端部分がやけに大きい、恐らく重心をずらして腕にかかる負担を増やしているのだろう。しかしまだ終わらないのか?


「お嬢ちゃんがんばるじゃねーか。もうじき砂が全部落ちる、そうしたら次の試験だ。今度は砂が落ちきる前に素振りを100回だ。ただし剣を頭より高く振り上げること、目の前に置いた丸太にぶつからないように寸止めすること。これが条件だ。もしクリア出来たら店の中の剣を1本ただでくれてやる。悪い話じゃないだろ」


 あーこれはもうあれですね。絶対無理な難題を押し付けて、ほら見ろできなかったじゃないかとか言ってくるやつだ。しごきを通り越して嫌がらせだな。


「うー、負けませんよ」


 砂が全て落ちたのでおっさんはすばやく時計を反転する。地味に長かったな。


 素振りを始める瑠香ちゃんだが既に腕が十分に上がらない。寸止めしないといけないのでペースもゆっくりだ。

 美波は飽きてしまったのか人の膝を枕にして寝てしまった。公衆の面前でなければいたずらをしたくなってしまう。

 瑠香ちゃんもこっちが気になるのか集中力が散漫になっている。

 どうでもいいがズボンによだれを垂らさないでほしい。


 しかし予想外なのはおっさんだ。腕組みをして偉そうにしているが瑠香ちゃんの動きをしっかり見ている。鼻の下を伸ばしていたらセクハラで訴えてやろうかと思ったが目つきは真剣だ。まさか惚れたとかじゃないよね?


 そしてついに瑠香ちゃんも力尽きたようだ。剣を振るう腕が上がらなくなってしまい、寸止めもできずに剣が丸太に突き刺さっている。


「くやしいですぅ」

「さっきまでの威勢のよさはどこへ行ったんだ? なっお嬢ちゃんには無理だっただろ? これじゃぁ剣が必要になっても使いこなせない。怪我する前にわかって良かっただろ」


 瑠香ちゃんも色々あって筋トレは続けていたみたいだが使う筋肉が違うのだろう。昔なんかの本で読んだが実戦で使う筋肉とトレーニングで作った筋肉では質が違うらしい。


「おい弟子その1。片付けておけよ」


 弟子その1、いたのか。影が薄くて気がつかなかったぞ。


 しかし瑠香ちゃん、涙を流すほど悔しかったのか。そこまで剣にこだわる必要は無いと思うのだが。

 あとおっさんすまなかった。てっきり嫌がらせかと思ったが実際に剣を振るう事が出来ない事を教えてくれたんだな。

 ありがとう。これで平和な異世界観光実現に一歩近づいたかもしれない。


「それとお嬢ちゃん、試験はいつでも受けにきていいぞ。合格すれば剣は売ってやるよ。この豪剣のシュナイダーが保証するぜ」


 去り際にこちらを振り返るとサムズアップしながら白い歯をキラリと光らせる。

 おっさん、いいヤツなのは分かった。爽やかに立ち去りたいのも分かる。しかしその決めポーズはアウトだ。


「瑠香ちゃんが撃沈しているわ。でも名前だけは爽やかな感じね。悪い人ではなさそうだし」

「ああ、シュナイダーか、王国騎士隊長なら似合いそうな名前だな」



 親は子供に色々な期待を込めて名前を付けている。最近じゃキラキラネームのお子さんが増えてきているから振り仮名がないと読めないことも多い。

 キラキラネームに反対するわけではないし、個性として捉えるのならよいことだと思う。心配なのは自分の名前を正しく呼んで貰えない事が多いとそれが子供にとってはストレスなのではと思ってしまうことである。

 こんな風に思うのはおじさんになった証拠なのかと思うと悲しい。



 瑠香ちゃんの事だからきっとトレーニングを重ねてリベンジするのだろう。


「ところでシュナイダーってだれニャ?」


 昼寝から目覚めたシエラが状況について来ていない。


「シエラ起きたか。瑠香ちゃんの試験はダメだったけど、シュナイダーさんが試験をいつでも受けさせてくれる事になったんだよ」


 再び首を傾げる。まだ寝ぼけているのか?


「だからシュナイダーってだれニャ? もしかして武器屋のおっちゃんかニャ? みんな騙されてるニャ」



 ハイ?



「おっちゃんの、名前はハーゲルだニャ」

「「......」」


 うん納得。違和感ゼロ。駄目だぞ、自分の名前には誇りを持たなくては。親から最初に貰うプレゼントだろうが。


「ハーゲルさん、仲間がお世話になりました。ハーゲルさんのお陰で瑠香ちゃんもいい勉強になった事と思います」

「ハーゲルさん、瑠香ちゃん負けず嫌いだからまた来ると思うわ」

「ハーゲルさん、ありがとうございました。腕が上がらないですぅ。ハーゲルさんみたいなマッチョにはなりたくないですがトレーニングしてまた来ますね」



「ハーゲル、ハーゲル連呼するんじゃねー!」


 シュナイダーなどと似合わない名前を名乗るから赤面して走り去ってしまった。


 美波と2人で試験に使った剣を持ってみる。やはり重たいしバランスもおかしい。瑠香ちゃんよく持っていられたな。日々の鍛錬の賜物か。


「親方の無茶に付き合わせてしまってすみませんでした。武器職人としては素晴らしい方なので是非またお越しください」


 弟子その1、上司のフォローするとはなかなかいい心がけだ。めげずに頑張れよ。


「あと僕の名前は……」


 弟子その1が何か話し始めたがまあいいや。

 再び店内に戻り商品を手に取りどんなものか見てみる。


 定番のロングソードにショートソード、槍にフレイルなどもある。

 フレイルといっても、運動機能や認知機能が低下したり、慢性疾患などの影響で高齢者が心身虚弱となった状態のことでは無い。


 ロングソードを構えてみる。先程の剣より断然持ちやすい。


「なんだ兄ちゃん気づいたのか。さっきのはわざと使いにくいようにしてある。それに気が付かない素人はお嬢ちゃんみたいに疑うことなく試験を始めるんだ」


 瑠香ちゃんはそれを聞き、さらにがっくりする。

 こっそりとシエラに一番安い剣を探してもらったがブロンズ製のショートソードが1,500リルだった。瑠香ちゃんには黙っておこう。


「兄ちゃんバカにして悪かったな、お嬢ちゃんも根性だけは立派だ。暇にしていることが多いからいつでも遊びに来てくれや」


 厳つい外見によらずいい人だな。武器の販売や修理だけでなく客のことをしっかり見ている。


「あとはお嬢ちゃん、武器を手にするようになったら使い方を手ほどきしてやるよ。こう見えても昔は冒険者稼業で食ってたんだ。後進を見す見す危険にさらすような真似はしたくねぇ」


 大変ありがたい申し出ですが、できれば冒険者をあきらめるように誘導してほしい。


「店長、すみませんでした。早く伝説の剣を手にできるように頑張ります。勇者瑠香とゆかいな仲間たちはまだ先になりそうですぅ」


 ......いや、だからそれは存在しないんじゃないか? それに俺らを「ゆかいな仲間たち」にするのはゆるさん。


 ガハガハ笑っているおっさんにお礼を言って店を後にする。さて次はどうするんだ?


「シエラ、時間はまだ平気か?」


 空はまだ明るいがぼちぼち夕方だろう。まあ昼くらいからの行動だから今日はあまり時間がない。それに普通なら今は寝ている時間だろう。体がだるい。


「まだ少し早いニャ、でもユースケもルカも眠そうニャ。今日は帰って休むといいニャ。ところでいつまでいるのニャ?明日も大丈夫なのかニャ?」


 そういえば言ってなかったか。美波は先ほど昼寝をしていたが俺らの体調を気遣って今日は帰ることにした。ところで宿はどうするんだ? 泊めてもらえるのかな。


る:筋肉痛ですぅ。

み:瑠香ちゃん頑張ったじゃない。私には無理ね。ところで筋トレなんてしていたの?

る:ひ、秘密の特訓です。乙女の嗜みです。

ゆ:もう2,3年続けているんじゃないか?

る:店長、それは秘密です。

み:2人とも何か隠してない?

ゆ:隠してないぞ。

み:瑠香ちゃん今度ゆっくり聞かせてね。

る:......はい。


それではまた


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