葛根湯です
仕事疲れからくる頭痛に悩むラーレさんに薬の提供を申し出てみる。
「店長、今なんて言いました? 私の聞き間違いかもしれないですよね」
「私も薬があると幻聴が聞こえたわ」
2人ともふくれっ面で現実逃避を始めている。そういえば出発前も話の腰を折って睨まれた気がする。
「ラーレさんに頭痛と肩こりなら薬を持っていると言ったのだがいけなかったか?」
ラーレさんも2人の対応に若干引き気味だ。困っている人を前にあからさまに嫌そうな顔をするのは良くないぞ。特に美波、薬剤師の本分を忘れたか?
「なんか色々と悪いから遠慮しておくよ。武器屋にも行きたいみたいだし」
武器屋と冒険はまたの機会にしような。別に武器屋が逃げるわけでもないし冒険があるならチャンスは他にもあるはずだ。
少し考えてから美波は思い直したようだ。自分にできない事は無理にとは言わないが、現状我々は多少なりとも手助けができる。
「そうね、確かに辛い症状は早く良くなってほしいし。瑠香ちゃんまたの機会にしましょう。それに……」
何をコソコソ話している。
「店長、ラーレさん、私のわがままで失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
瑠香ちゃんは頭をぺこりと下げて自分の非を詫びている。脱線しなければ実に素直ないい娘なんだが、先ほどの美波とのやり取りが気になる。何を企んでいるんだ。
シエラもつられて頭を下げているが2人に巻き込まれているだけなので特に問題はないぞ。
「申し出はありがたいんだけど今あまり持ち合わせがないんだよ。シエルさんはツケにしてくれるから助かるんだけど、今日あったばかりのお客さんにそこまでの無理は言えないからさ」
そうか対価の問題があったか。先程うっかり手が滑る事は無かったから、お詫びにと言うわけにもいかないか。
それにこの世界の薬の価値がわからん。
「なぁシエラ、シエルさんの薬っていくらぐらいするんだ?」
この世界で薬はかなり高価なのだろう。服を買いに来て思ったがシエルさんの来ていた服は街の往来で人々が着ているそれとは明らかに違う。上品な感じだ。
それに非常持ち出しの買取の際もあっさりと銀貨5枚を取り出している。
私たち庶民の暮らしなら贅沢しなければ半月は生活できると言っていたが、おそらく庶民なんかじゃ無いだろう。
「母ちゃんの薬かニャ。色々種類があるニャ。安いのだと1日分で100リル位からニャ。うちが知ってる1番高いのが1回分で2,000リルだったはずニャ」
大体想像はつくがあの薬か?
先ほどのカエルサンドが4人で100リル。材料はともかくあの量と味なら日本で2,000円くらいか。そう考えると効果や副作用も気になるが、あまり簡単に提供するのは問題が生じそうだ。
「店長、先に言っておきますけどお薬あげるかわりに、その......」
顔を赤らめながら言うくらいなら黙っていて欲しい。親切な俺のイメージが台無しじゃないか。
「瑠香ちゃん、さすがに怒るぞ。やましいことは考えていない!」
不治の病の治療薬ではあるまいし、美波の考える魔法薬でもない。ごく普通の痛み止めと漢方薬だ。それにこの世界の住人に効果が保証されているわけでもなく副作用の心配もある。
「ラーレさん、今回対価はいりません。俺らの世界の薬がこの世界の住人に効果があるかは保証できませんし、何より新しくできた友人が困っているのを見過ごすのは心苦しいじゃないですか」
美波も瑠香ちゃんも納得してくれたようだ。本当はこの世界で治験をしたわけではないから、ちょっと試しに飲んでみてほしかっただけなのだ。人道的な点でかなり問題がある言い方をすれば人体実験ともいう。このことは黙っておこう。シエルさんには見透かされそうだが......
「ただ1点だけ、副作用が出る可能性はあるので嫌でしたら無理にとはいいません。」
ラーレさんは難しい顔をして考え込む。
「なあ、副作用ってなんだ?」
......あれ? 薬があっても副作用はご存知でない?
「例えば、頭が痛いから痛みを和らげる薬を服用したとします。薬の効果で痛みは治まってもおなかの調子が悪くなることが稀にあります。これが副作用です。これは絶対に出るわけではありません。それに薬を作る際にはいろいろな試験を行って、できるだけ安全に服用できるようにしています」
拙い説明だが理解はしてもらえたようだ。
「つまり、頭痛はよくなっても他のところが逆に悪くなるかもしれないよっ、てことか」
「簡単に言うとそんなところです」
遠くからラーダも心配そうに見ている。妹思いというのは本当のようだ。
「よし、じゃあお言葉に甘えてその薬を飲ませてもらってもいいかな?」
理解も早かったが決断も早い。
さて、頭痛の原因は肩凝り、いわゆる緊張性頭痛だろう。首、肩のストレッチや温めることで多少は楽になるだろう。
肩凝りの時にやりがちなのが、痛くて気持ちいいから強めにマッサージする事だ。ところがこれが逆に悪化につながることもあるのでやり過ぎは禁物だ。
「ところで先生、薬は何を持っているの?」
「色々あるぞ、今回は葛根湯がメインだな、あとはイブプロフェンかな」
ご存知の方も多いだろうが風邪の時によく使うアレです。顆粒状に加工されているので非常に使いやすくなっている。
「葛根湯って風邪薬じゃないんですか? 店長いつも風邪ひいた時にくれるじゃないですか」
総合感冒薬は眠くなるのであまり好きではない。タイミングがよければ下手に薬を飲むよりも効果が早いと個人的には感じている。
「瑠香ちゃん、確かに風邪薬のイメージが強いかもしれないけど他にも色々使えるのよ。今回みたいな頭痛の時や熱が出た時、授乳中で乳腺炎になった時にもよく使うわね」
「体を温めて免疫も活性化するだろうし、血行も多少良くなるだろう。炎症を抑える効果もあるみたいだし、発汗するから熱も下がる。改めて見直すといい薬だろ」
まあ市販されているものはピンキリで中身の量が少なかったり生薬ん質が悪いものもある。ちゃんとした薬はそれなりに高い。
効果に差はあるだろうが2、3日分で十分だろう。ラーレさんにお湯を持ってくるように指示を出す。
「ラーレさん、作り方を説明するよ。まあ大したことないから緊張しないでいいよ。シエラも興味あるだろ」
先程から何故か正座をして、メモを取りながら話を聞いている。自分の家が薬屋なら興味が出ないわけがない。
「まずこの銀色の袋を破って中の粉をカップに入れます。今回は最初なので2袋分にします。次回からは1つね」
何故か歓声が上がったが、そんなに大した事はしていない。
「次にカップの半分くらいまでお湯を注ぎ良く混ぜて溶かします」
店内に漢方独特の匂いが広がる。匂いの感じ方は人それぞれなので臭いと思うかもしれないし心地よく感じることもあるだろう。
「なんニャ、この匂いは変わっているニャ」
「そうか? 私はこの匂い好きだぞ」
俺も好きである。不思議なもので同じ薬でも体調によって味も変わる。美味しく感じるときは比較的よく効く事が多い。
「で、次はどうするニャ? 」
「ん? なるべくお腹が空いている時にのむ。身体を冷やさない。特に風邪で使う時は温かくしてゆっくり休むといい。以上」
「それだけかニャ?」
「何か問題でも?」
お湯に溶かした薬をラーレさんは迷う事なく飲み干した。味も良かったのか満足気な表情だ。
「そのうち身体が温まってくるよ。すぐに改善がないかもしれないけど朝、昼、夜で飲んでみて。あとは頭痛が我慢できないときはこの白い粒を2つ飲んでみて」
念のため、予備で痛み止めを渡す。
乱用する事で頭痛を引き起こすことがあるから使い過ぎは厳禁だ。
「この白くて丸いのはなんだニャ? 美味しいのかニャ?」
痛み止めで渡したイブプロフェンの錠剤をマジマジとみている。シエルさんの店を見た時に思ったが生薬を中心とした薬が主流なのだろう。
「これも薬だよ。この中に痛みを抑える成分がギュッと詰まっているんだ、これは少し眠気が出るかもしれないから飲む時は注意してな。できれば何か食べた後の方がいいぞ」
いつもは医療用の薬を使うことが多いが今回はOTC(一般用医薬品)を持ってきている。
医科向けのものに比べて成分量は少し少なめになるものが多いが、実は今回のようなケースを想定して持ってきている。
まあファンタジー世界の薬ではないから、口にした途端に身体が光って全快する事はないのが残念だ。
「ラーレどうかニャ? なんか変わったかニャ? 美味しかったかニャ?」
「味は見た目ほど悪くないよ。少しピリッとする感じかな。温かいのを飲んだから体はポカポカするけどね」
あまり過度な期待はしないで欲しいが少しでも効果があれば良いと思う。
「あとは仕事も大事だけど身体を休めないといけないよ。頑張り過ぎて効率が悪くなることもあるからね」
「ラーレ、ユースケ達はしばらくうちにいるニャ。何かあったら連絡するニャ」
今日はもう店じまいにして休養することにしたそうだ。俺らも目的は済んだので次に行くことにした。
「なあ、最後に1つだけいいか? シエラは遠い所から来たって言ってたけど本当はどこから来たんだい?」
……あれ?
「ユースケさんは俺らの世界の薬って言ってたし、ルカさんも私たちの世界の防犯用の道具って言っていた。服も大分変わっているしボタンの材質も見たことがない。ただ詳しく話せないなら無理には聞かないよ」
瑠香ちゃんを見ると、しまったと言った顔つきで困っている。俺もうっかりしていた。
「もしかして2人とも気付いてなかったの?てっきりわざとだと思ってたわ。ラーレさん教えてくれてありがとう。トラブルに巻き込まれるといけないから黙っていてもらえないかしら?」
ラーレさんに指摘されなければ大変なことになるところだった。
何か事情があるのだろう?と笑いながら口外しない事を約束してくれたが……
「ふっふっふ、うちの妹に変なもの飲ませやがって、ただで済むと思うなよ? なんかバレたら大変なことになりそうだな、まあ俺はドジだからうっかり口を滑らせてしまうかも知れないがな」
あーあ、小悪党の台詞そのまんまだ。しかもそっぽ向いて右手を差し出してる。
この状況でそれをやったら駄目だろ。最愛の妹まで呆れ顔だ。
「おいクソバカ兄貴、そんなこと言うなんて見損なったぞ。私の客を困らせるならこの後どうなっても助けないからな。覚悟しておけ!」
俺も身内がこんな台詞を吐いたりしようもんなら恥ずかしくて仕方がない。
「ラーダ、別に話してもいいニャ。うちは止めないニャ、ラーレお大事にだニャ。みんな次に行くニャ」
シエラ、絶対楽しんでいるだろ。声の感じからは怒りではなく喜びを感じるぞ。
「色々お世話になりました。それじゃあラーレさんお大事に。また来るかもしれないからその時はよろしくな」
予想外の行動に1人慌てるラーダ。シエラが一緒に来ているのにまだ気付かないのか?
「おっ、おい本当にいいのか? 今ならまだ間に合うぞ、困ったことになってもいいのか?」
店を去ろうとしている俺の胸ぐらを掴んできた。もう知らん。仏の顔も三度までだ、いきなり俺に襲いかかり、瑠香ちゃんにセクハラし、恐喝まがいの台詞。そして今ので4回目。あれ?1回多い。
手を払いのけ服を直す。去り際にラーレさんから一言。
「シエルさんにもよろしくなー」
手を振り答えるが、約1名ようやく理解が追いつき顔色が悪くなってきたヤツがいる。
泣きつかれても面倒なのでそそくさと店を後にする。そろそろこの展開にも飽きてきたな。このままでは主役を奪われてしまう。
そういえばどこに行くんだっけ? まだ決めてないんじゃないか?
日も少し傾きかけてきた。暗くなる前には帰らないといけない。
「次はどこ行くニャ? まだ決めてなかったニャ? 武器屋にでも行くかニャ?」
シエラ、観光で武器屋はないだろ。こうなったら仕方がない、頼むから面倒事がない店に連れて行ってくれよ。
る:ようやくお薬登場ですね。でも葛根湯って溶かして飲むんですか?
み:溶かしたほうが効果が出やすいみたいよ。私もよく飲むけど溶かしたほうが効いた気がするわ。時間がないときは粉のままだけど。
ゆ:飲むタイミングも重要だな、風邪薬全般的に言えるが風邪がひどくなってから服薬するよりは早いうちがいい。あとは症状によっての使い分けだな。わからん時はかかりつけの薬局で聞いてくれ。
る:説明しないんですか?
ゆ:面倒くさい。
み:次のお薬は何かしら? 先生、今度は私に説明させてくださいね。
ゆ:まかせた。
お付き合いいただきありがとうございます。ではまた。




