異世界です③
瑠香ちゃんとシエラさんが地下から戻ってきた。早速非常持出の中身を広げて品定めを行う。リュックを1つしか持ってきていないが残りは予備にするとのことだ。
ペットボトルの水にカロリーバー、懐中電灯にラジオ。レジャーシート、ガムテープに雨合羽、ハサミ、万能ナイフ、小銭、トイレットペーパー、ライター、救急セット。使い捨てカイロもある。あとは着替えとタオル、軍手かな。
他にも緊急時に便利なものはあるが、嵩張るので最低限のものだけにしてある。
「あらあらー、珍しい物がたくさんありますねー。これは何かしらー」
「母ちゃん、水と食べ物があるニャ。食べてもいいかニャ。この水が入った水筒は凄いニャ、ガラスより透明で柔らかいニャ」
「この包帯は大きいですねー。でもこれじゃすぐ切れてしまうのでー、傷の手当ては出来そうもありませんねー」
いやそれはトイレットペーパーです。包帯として使えるのは学芸会のミイラの衣装くらいでは。猫耳母娘は興味津々と手に取り確認している。
おっとシエラさんがライターを手に取ったぞ。使い方説明しないと危険だよな。
「シエラさんそれは食べ物でないので口に入れないでくださいね。これは火をつける道具でこうやって使います」
瑠香ちゃんのフォローに口元まで運んだ手を止める。百均で売ってるものだが流石にこの世界にはないようだ。
火をつけるとかなり驚いている。そういえば火はどうしているんだ?やはり火打ち石と薪か?
「す、凄いニャ。火がついたニャ。ルカはもしかして魔法使いかニャ?」
「皆さんの世界ではこんなに簡単に火を点けられるのねー羨ましいわー。このツルツルした服も見たことない材質ですし一式全部まとめて5000リルで売っていただけませんかー?」
うーんこの世界の物価がよくわからんがシエラさんが目を丸くしているのでそこそこの価値なのか?
「店長、多分銀貨5枚くらいだと思います。日本円にして5万円位ではないかと」
瑠香ちゃん反応が早いがその根拠はどこから出てくるんだ?流石にこの中身で5万は多いだろ。
「あらあらー、皆さんやはりこの国の事よくご存知ですねー。銀貨5枚で5000リルですよー」
「1つお伺いしたいのですが5000リルというのはどのくらいの価値なのでしょうか?」
あまり高過ぎても気が引けるが安過ぎては意味がない。まあ、5000円くらいのものだったから 1リル=1円 であれば換算が楽でいいんだけど。
「そうですねー、私たち庶民の暮らしでしたらー、贅沢しなければ半月は生活できますよー。これからお食事に行かれるのでしたらー、1人100リルあればお腹いっぱい食べられますよー」
曖昧すぎてよくわからんが瑠香ちゃんの予想が近そうだ。まあ元々売ること前提に考えていたから買い取ってもらおう。
「では買取をお願いしてもよろしいですか」
「はいはーい。では銀貨5枚ですね」
そう言ってシエルさんは袋から銀貨を取り出す。500円玉よりも二回り大きく重みもある。代金を受け取りすぐにショルダーバッグにしまい込む。
横では瑠香ちゃんがシエルさんに中身の説明を始めている。それでは遊ぶための軍資金もできたことだし瑠香ちゃんのお仕事が終わったら街に行くとしますか。
そういえば外はまだ明るいが今の時間はどのくらいなんだ? 腕時計は10時を少し回ったところだが。
俺が時計を気にしていると美波がそれに気付いた。
「先生、明日から連休なので時間の心配はしないでください。早く観光に行きましょ」
明日の心配をしているのではないのだが。
「美波、俺が出発前に言ったことおぼえているか? 時差が無ければ今は夜のはずだが外はまだ明るい。今何時くらいかと思ってな」
「ん?時間かニャ。腹でも減ったかニャ。少し前に朝の鐘が聞こえたばかりニャ。昼の鐘まではまだ時間が大分あるニャ」
そういえばこの部屋には時計がない。もしかして時間に関しては曖昧なのか?まあ今まで時間に追われて生活していたからそれなら気が楽でいい。
腕時計は個人的にはあまり好きではない。仕事中は邪魔になるのでしていない。それに慣れてしまい普段から着ける習慣がないからだ。
「あらあらー、これは何かしらー、素敵なブレスレットだわー。少し貸して頂けるかしらー?」
時計を外しかけた俺の腕はシエルさんにがっしりと掴まれている。瑠香ちゃんの説明はまだ続いているが再び気配を消して俺の横に立っている。驚いてしまったら負けだ。
「これは時計と言って時間を知る為の物です。宜しければ使ってみますか?」
そう言って腕時計を差し出そうとする俺の手を今度は美波が捕まえる。今度はなんだ?欲しいなら今度買ってやるぞ?
「すみません1つ確認ですがブレスレットを贈ると婚姻の為のプロポーズとかになったりしませんよね?」
……美波よく気付いた。危なかった、ここは異世界だった。うっかりして慣習の違いから人生を棒に振ることのないように注意せねばなるまい。
「あらやだー、ご存知でしたのー?」
「「「・・・・・・」」」
時が止まったかのような静寂が訪れる。長い沈黙を破ったのはシエラさんだった。
「母ちゃん趣味が悪いニャ。変な冗談言うからみんな凍り付いているニャ。ユースケも安心するニャ、そんな慣習はないニャ」
ほっと胸をなでおろす。まあ時計はブレスレットではないからよく考えればその心配はなかったことに今更ながらに気が付く。
「残念だわー、あっそうだわー、シエラちゃんをお嫁にどうかしらー? 今ならおばさんも一緒についてくるわよー。それにこの国はー、一夫多妻制だから奥様にもご迷惑にならないわよー」
「えっ・・・・・・奥様だなんて・・・・・・」
「「「・・・・・・」」」
流石にシエラさんもあきれているが美波は一人顔を赤くしてもじもじしている。瑠香ちゃんはふくれっ面だ。
まあ冗談はこのくらいにしてもらってそろそろ出かけたい。
「あのう、そろそろ外に出かけてみたいのですが」
ポンッと手を叩き、
「そうでしたねー、じゃあシエラちゃん案内宜しくねー。お母さんは用事で出かけるので気を付けて行ってきてくださいねー。晩御飯までには皆さん連れて帰ってくるんですよー」
美波と瑠香ちゃんは広げていた非常持ち出しを片付けシエルさんに渡し、待ってましたとばかりに準備を始めている。
最初はどこに連れていってもらえるんだろうか?
シエルさんもいつの間にか荷物をもって姿を消している。
「そうだ2人ともこれ渡しておくよ、少ないけどほしいものがあれば自由に使って」
俺は銀貨を取り出し2人に1枚ずつ渡す。あまり大きな買い物はできないだろうが気になるものも出てくるだろう。
毎回おねだりされても手持ちが限られているので予防線を張っておく。
「行きたいところはあるかニャ?街中であれば案内できるニャ。町の外は少し危険だニャ」
そういえば異世界観光とか言いつつ俺は目的を決めていなかったな。ここは美波と瑠香ちゃんの意見を優先しておこう。
「ハイッ! 私は冒険者ギルドに行って冒険者登録をしたいです。美波さんは魔術師ギルドですか?」
お約束の展開か? 荒くれものに絡まれるのは嫌だぞ。
「瑠香ちゃん、今日は普通に観光しましょうよ。まずはここで生活する人のことがわからないといけないと思うの。異世界の景色や名所にも興味があるし、それにいきなりギルドに行くとテンプレが待っていそうだし。先生もそれでいいかしら?」
あれ? 聞き間違いかごく普通の観光提案だった気がするぞ。しかし美波もテンプレは気になるのか。てっきりテンプレも楽しむものよとか言い出すかと思ったが。
「俺は構わないが、シエラさんどこかいいところある?」
「そうだニャ、ルカが冒険者に興味があるならギルドまで案内するニャ。あとはお店めぐりか護衛を付けて近くの湖辺りかニャ。うちは食べ歩きがしたいニャ」
瑠香ちゃんはしばし考え込み美波の提案を受け入れる。そういえば夕食がまだだったな。いや今なら朝食か?まずは何か食べてみたい。
「少し小腹がすいたので何か食べに行きたいんだけどそこで決めない?」
「昼の鐘にはまだ時間があるけど軽食なら大丈夫だと思うニャ。じゃあまずはうちのオススメに連れていくニャ。観光案内代で奢ってくれると嬉しいニャ」
なかなかちゃっかりしているがそのくらいなら問題ないだろう。・・・・・・大食いじゃないよね?
階段を下り自宅一階の店内に入る。出入口は一か所のみで裏口はないそうだ。薬屋というだけあって干した薬草や液体の入った瓶が並べられている。我々の世界の薬局とは大違いだ。錠剤や、チューブに入った軟膏ばかり見ていると昔ながらの薬には非常に興味を注がれる。
面白い薬草でもあれば持って帰り大学の研究室に提供しようかな。
「ほしい薬でもあるかニャ? そういえばユースケも薬屋だったニャ、そっちの世界のことも色々教えてほしいニャ」
「てててて店長、ミミズがいっぱいいます。こっちには蛇も液体に浸かってますよー」
いや別に珍しくないだろう。今でも乾燥したミミズ解熱剤や利尿剤として使うし。といっても知らないか。蛇は強壮剤か? それと古典的な呼び方はやめてほしい。
「瑠香ちゃん、これは地竜といって熱冷ましの生薬として使うのよ。びっくりしたかしら? そうですよね先生」
流石後輩、よく勉強している。俺は飲んだことはないがな。
俺が頷くとシエラさんも驚いている。まあ共通することも色々あるんだろう。
外に出ると目の前を竜車が通り過ぎていった。近くで見るとでかいトカゲは迫力がある。恐竜もあんな感じだったのだろうか。
中世ヨーロッパの街並みを再現したようなこの世界は新鮮だ。
街中の往来も人間だけでなく亜人も多くいる。商店街なのだろうか各々の家の前では野菜や、果物、雑貨類を所狭しと並べて売っている。
「すまないニャ、大事なことを思い出したニャ。母ちゃんから銀貨で代金をもらったと思うがここだと使えないニャ。銅貨100枚で銀貨1枚にゃ。買い物してもお釣りがもらえないニャ」
・・・・・・ではどうすれば。両替か?
「露店だと釣り銭が少なくなるようにするのがマナーだニャ。両替すると手数料をぼったくりされるニャ。だからまずは普通の店で買い物することにするニャ。あそこの服屋でとても可愛い服が売られているニャ。それをうちに買ってくれると、とてもいいことがあるニャ」
なるほど服か。では行くとしよう。シエラさんと一緒に歩き始めると美波に止められた。
「先生、シエラさんに服を買ってあげるんですか」
嫉妬交じりの目で睨んでくるが、それは違うぞ。俺らの服装はこの世界ではかなり珍しいからかなり浮いた存在になっている。着替えたほうが良いだろう。
「ん、シエルさんにも後で報告すればいいと思うが、ダメか?」
最初に俺らは不法入国の疑いをかけられている。まあ事実だから仕方ない。シエルさんはそれを害がない者たちだろうと見逃してくれている。何かあればトラブルがあれば迷惑がかかってしまうだろう。
俺の対応になぜか顔面蒼白で慌てたシエラさんに抱きつかれた。
「頼むニャ、それだけは勘弁ニャ、母ちゃんには黙っていて欲しいニャ。ボコボコにされるニャ」
なぜボコボコにされるんだ? なんか勘違いしてないか?
「店長、酷いです……」
平謝りするシエラさんの前に瑠香ちゃんが入ってきた。なんだ?
「こんなにかわいい子の弱みを握って、脅してひどい事するつもりなんですか? 女の子ならかわいい服がほしくなって当然じゃないですか」
そんな涙ながらに言わなくても、この状況だと俺は悪役にしか見えない。
こんな通りの真ん中で演劇まがいのこと始めるから人が集まってきたじゃないか。やれやれ。
「なんか勘違いしているみたいだけど、もしかして服を買ってくれればいいことがあるとおねだりされて俺がよからぬことを考えていると思った?」
「「当然です」」
なぜ俺のことを信用しない。
「俺らの服装が浮いているのは気が付いているか? いい服があれば着替えようと思ったんだが問題あるか?」
2人は自分たちの格好を周りと比べてみて確かに浮いた格好であると頷いている。目立って2人が危険な目に合うのは避けたい。
「シエルさんに報告するのは俺らがどういう存在か忘れたのか? なるべく目立たない方がいいだろ? まあ外に出てから気が付いたのは失敗だったがな。もしトラブルがあればシエルさんに迷惑がかかるから状況だけは後で説明する必要があると思うのだが」
3人とも再びうんうん頷いている。ご理解いただけたようで。まあ説明の必要はなさそうだが。
「先生、ごめんなさい。私が勘違いしたばかりに」
「私こそすみませんでした。店長がそんなひどい事するわけないですよね」
2人の誤解も解けたみたいで一安心だが……少し傷ついたぞ。
「でもってシエラさんはちゃっかり服をおねだりして、それがシエルさんにばれると怒られると思ったと」
「そうだニャ。反省してるニャ」
やはりみんなは気づいていない。
「お客さんにたかったなんて母ちゃんに知られたら命はないかもしれないニャ。頼むからこのことは黙っていて欲しいのニャ」
そうか命はないのか、黙っているのは可能なのだが……
「すまないがそれはできない」
「「「 !!! 」」」
「店長酷いです。流石に怒りますよ」
俺は仕方なく後方を指さす。3人とも振り返るがまだ気が付いていない。いや気が付くことの方が難しいだろう。
「後をつけてきたシエルさんに既に見つかっている」
露店の陰からゆっくりと姿を現し、笑顔で手を振りながら近づいてくる母親の姿を見てシエラさんは崩れ落ちた。
一部医薬品に関する表現がありますが医薬品の使用は専門家の指導のもと正しくお使いください。




