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へっぽこ薬剤師の異世界奮闘記  作者: TATA
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異世界です

「それでは店長、開けますよ。美波さんも準備はいいですか。」


 俺は無言で頷きニヤリとしながら美波を確認する。


 美波も俺の顔を見て何かを察したように頷く。


 先ずは美波から。タイミングはバッチリだ。


「ガチャッ」


 そして俺の番。


「静寂を破るように謎の扉のノブが少しずつ回されていく」


「ギィーーッ」


「ノブを回すと重厚な木製の扉は軋むような音を立て、少しずつ開けられていく」


 瑠香ちゃんの動きが止まった。


「その不思議な扉と対峙する美少女の顔からは期待の色が薄れていき、恨めしそうな表情でノブを握ったまま同僚の方へ顔を向けてくる」


「シクシク、グスン」


「目に涙を浮かべながら美少女の口が開かれる」



「店長。美少女はいいとして美波さんと一緒にナレーションと効果音やるのはやめてください。せっかくの緊張感が台無しですぅ」


 少し悪ふざけが過ぎたのか美波も舌をペロッと出しながら手を合わせて謝っている。


「ごめんごめん。美波も併せてくれてありがとう」


「先生、早く扉の向こうへ行ってみましょう」


 そうだった。開けられた扉の向こうは闇に覆われていた。少なくとも外の明かりが見えないことから壁に穴が開いているということはなさそうだ。本当にどこか別の場所に繋がっているようである。


「最初の一歩は俺でいいのか?」


 あとで恨まれても嫌なので確認をしてみる。


「先生、危険があるかもしれないところにか弱い私たちを先に行かせる気ですか? 」


 誰が最初に行くかで絶対に揉めると思ったのにあっさりと決まってしまった。なんだかんだ言っても不安もあるのだろう。どうでもいいけど少し前に木刀でモンスターと戦う話をしてなかったか? 


「ではおそらく異世界であろう場所への第一歩を踏み出させていただきます」



 ライトを点けて扉の隙間から中を覗くと以外にも光が届き辺りの様子を照らし出す。きしむ扉を少しずつ開けながら暗闇の中を見渡す。手に持ったライトの灯りが危険な生物をとらえることはなく、ヒンヤリとした空気の中、木製の壁と床、埃のにおいが鼻につく。どうやら部屋のようだ。


「……先生、どうですか? 中は草原ですか? モンスター出てきそうですか? 」


 まだ扉をくぐっていない2人の声が聞こえる。そんなに小声で話さなくてもいいのに雰囲気が大事なのだろうか。


「うーん、どうやら部屋のようだね。木箱が積んであるよ。あと人の気配はないね」


 扉をくぐりライトで辺りを照らしながら状況報告する。そこへ音を立てないように美波が近づいてきた。そして周りを確認しながら顔を近づけてくる。

 いや待て美波、確かに暗闇だがこんなところでいきなり迫ってきてもどうすればいいんだ? しかしこれは滅多にないビッグチャンス。この思いにはしっかり答えてやらねばならん。落ち着け俺、瑠香ちゃんへの言い訳も考えないといけないぞ。

 などと邪なことを考える俺をよそに美波は俺の耳元で囁くように……



「盗賊のアジトかもしれません。気を付けてください。瑠香ちゃんは扉の前で待機しています。退路の確保は大丈夫です。それより先生、そんなに慌ててやはり異世界に緊張しているんですね」



 私がバカでした。そうです、キスしてもらえると期待してドキドキしてしまいました。笑うなら笑ってくれ。それより盗賊のアジトって、囚われの人もいないみたいだし何か秘密の作戦でも行うのでしょうか?


 後方の瑠香ちゃんと扉を確認するためにライトを向けると壁に沿って階段が見える。状況から見て地下室かな? 木箱も何かの保管用みたいだし、中身は気になるがそれほど危険が迫っている感じもしない。扉の向こうには薬局の廊下が見える。


「広さは5m四方くらいかな。瑠香ちゃん、扉の上に階段があるよ。天井まで続いているからどうやら地下室のようだね。」


 天井の高さは3mくらいかな。

 安全だと判断したのか瑠香ちゃんも扉から出てきて3人で合流する。


 バタン


「……あ゛ー!! 扉が閉まっちゃったー!!」


 そんなに大声で叫ばなくても聞こえるよ。それに盗賊のアジトの設定はどこに行った? 大きな声出したら気づかれますよ。ライトを向けると両手を口に当てて落ち着かない様子の瑠香ちゃんがしゃがみ込む。

 美波は指を口に当て音を立てないように指示を出している。やはり雰囲気が大事なようだ。


「……大丈夫みたいです。物音はしないので気づかれている様子はありません」


 ほっとして胸をなでおろす。あれ? いつの間にか俺も盗賊アジトの設定に巻き込まれているぞ。


「店長、美波さんごめんなさい。気を付けますね」


 それにしても埃っぽい。なんか鼻がムズムズしてきた。これはもしかしてお約束の……


「ハックション」


 俺じゃないぞ。


「ごめんなさ……ハックション」


 美波、埃アレルギーか?


「やだ止まらない。クションッ、クションッ」


 おっ連発だ。瑠香ちゃんが心配そうにキョロキョロしてる。

 くしゃみは出るとスッキリするけど続くとくるしいんだよね。あっそうか盗賊のアジト設定だったね。くしゃみしたら存在がばれるから大変だよね。


「美波さん大丈夫ですか?」

「ずびばぜん」


「瑠香ちゃんティッシュある?」


 鼻をすすりながら瑠香ちゃんに助けを求めている。出かける前のハンカチとティッシュは異世界冒険の準備には入っていなかったのか?

 瑠香ちゃんもなぜか自分のカバンを漁っている。


「……不覚、忘れてきましたぁ」


 異世界行きの準備は乙女の嗜みらしいがハンカチとティッシュは違うらしい。

 仕方なく俺は自分のハンドタオルを美波に渡す。洗濯したばかりだけど恥ずかしいから匂いかぐのはやめてくれな。


「ありがとうございます。たぶんもう大丈夫です。あとで洗濯してお返しします」



 カツンッ!


 3人同時に天井を見上げる。


「今物音しなかったか?」


「私も聞こえ気がします。美波さんはどうですか?」


 先程までくしゃみと格闘していた美波を見ると、再び指を口に当てている。

 緊張が走る。ついに異世界? の住人とファーストコンタクトか。

 万が一に備え退路確保の為、瑠香ちゃんと美波は扉に向かい移動する。再び開けられた扉からは薬局の廊下の明かりがこぼれているので帰れないということはなさそうだ。俺は物陰に隠れて様子を見守ることにした。


 ギーッ


 天井にある扉が開かれて暗い地下室に光が差し込んでくる。

 緊張のためか喉が締め付けられるようだ。心臓の鼓動も速くなる。


「……誰かいるのかニャ?」


 若い女性の声だ。声の主は地下室への階段をゆっくりと降りてくる。階段の真下にいる2人からはの緊張が伝わってくるようだ。我々が潜ってきた扉は開かれているのでいつでも駆け込めるようになっている。最悪美波と瑠香ちゃんだけでも逃げてもらわないといけない。友好的な人であればよいのだが……ん? まてよ今ニャって言わなかったか?



「誰もいないのかニャ? いるなら返事するニャ」


 階段を下りてきた女性は地下室を見渡し不自然な光に気が付く。


 そして女性の元に迫る影が2つ。


「!?ニャッ? 何ニャ?」


 しまった、出遅れた。


「猫耳族の方ですよね。感激です」

「先生も早くこっちに来てください」


 両手をガッシリと握られ少し困り顔になっている。あーそんなに目を輝かせてじろじろ見たら失礼だろうが!


「2人とも手を離しなさい。困ってるよ」


 そりゃ困るよな。家の地下にいきなり不審者が現れて出会い頭に手を握られたら俺だってどうしていいかわからない。

 薄暗い地下室だが長い髪に三角の耳が生えている。お尻の辺りにはフサフサした物が見えるのでおそらく尻尾であろう。


「すみません。とりあえず怪しいものではありません」

「先生、急に現れた私たちが怪しい者ではありませんなんて言っても説得力に欠けます」


 いや、いきなり駆け寄って手を握っていたのにそれはいいのか?どうでもいいけど早く手を放しなさい。


「私瑠香です。城井瑠香。瑠香ちゃんって呼んでください」


「私は美波。幸村美波。向こうで口をパクパクしているのが上司の神奈です。先生も早く自己紹介してください」


 猫耳さんもどうして良いのか判らずに困っている。


「突然の事で申し訳ありません。神奈優介といいます」

 とりあえず一礼してから3人の後ろを指差す。

「職場に現れた扉を開けたらこの部屋につながってました」


 猫耳さんはゆっくりと後ろを振り返り謎の扉を見て腰を抜かし、ペタリと座り込んでしまった。もちろん扉の向こう側には薬局の廊下が見える。今度は閉まってしまわないように非常持ち出しが間に挟まっている。


「大丈夫ですか。そうですよね。ビックリしますよね。私も最初凄く驚きましたから」


 瑠香ちゃんの肩を借りながらゆっくり立ち上がる猫耳さん。未だに言葉が出てこない。


「もしよかったら少しお話しできないでしょうか?私達が住んでいた世界とは別の世界に来てしまったようなので、色々と教えて頂きたいの」


 猫耳さんの両手を握り締めながら懇願する美波。これに上目使いが入ると男なら一撃でノックアウトだな。俺も何度やられたことか。

 俺ら3人をキョロキョロ見ながらため息を一つついてからゆっくりと言葉を発する。


「......とりあえず上に連れて行ってほしいのニャ」


 パチン!ハイタッチで喜ぶ2人。

 瑠香ちゃんに支えられた猫耳さんの後について階段を上っていく。なんでだろ、何か違和感を感じる。


 地下室を出て明るいところで見ると栗色の髪と同色の耳がピクピク動いている。フサフサの尻尾も触り心地がよさそうだ。少し日焼けした肌に目鼻立ちの整った顔をしている。ちなみに髭は生えていなかった。

 とりあえずガラの悪そうな方たちに囲まれていないので盗賊のアジトの線はなさそうだ。


「母ちゃんお客さんニャ」




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