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episode of mythological war

煙に巻く姿三百六十度(ワンモアスモークィン)


 そして、婆ちゃんは即座に、攻撃を開始した。生み出された煙人形が、アギトとカマエルに向かって突撃する。


 婆ちゃんが唱え生まれた煙人形。それは、一体や十体や、そんな数じゃない。確かに、局所的に見ればその程度かもしれないが、実のところ、この周囲に蔓延している煙自体が、煙人形を生み出す生産工場と化している。 


「おいおい、割り込んでくるんなら、もっとまともな攻撃にしてくれよ」


 婆ちゃんの十八番、煙人形を文字通り無限に生み出し続ける、物量の暴力。まだその絡繰りに気付いていないアギトは、呆れたようにぼやいた。


「…厄介だな」


 それと反するように、カマエルの方はどうやら早くも、仕組みに気付いたように目を細める。初見で、しかもこの短時間で気づくなんて、驚異的な洞察力だ。


「ま、斬っちまえば済む話だがな」


 そして、それ以上に驚異的な現象を、カマエルは起こした。剣の一振りで、湧き出る煙を消し去ったのだ。

 流石に驚いたが、考えれば然程不思議なことじゃない。何故なら、この天使は以前、ウィルの体に傷をつけている。技術か、それとも神性や化者の類なのかまでは分からないが、これくらいは出来るというのは、そう不可解なことでもない。


「…お前、何者じゃ」


 煙を切り裂かれたことに、婆ちゃんは苛立ちを隠さず問うた。


「ああ、名乗っちゃいなかったな。名もなき、大天使兵だよ。よろ、しくゥ!」


 カマエルはそんな、ふざけた返答をしてから、婆ちゃん目掛けて斬撃を飛ばした。


愛煙機縁直角暴力(ファーストステップ)


 その斬撃を、婆ちゃんは煙で模った拳をぶつけて、消滅させた。


「まあ良い。その化けの面、剥がしてやるまで」


 その大天使に訝しげな表情を浮かべたまま、婆ちゃんは今にもこの場を去ろうとしていたアギトの足を、煙の手でつかんだ。


「そして、貴様も逃がしてやるつもりはない」

「…何だよ、折角見逃してやるつもりだったんだが」

 

 そんなアギトの言葉を、彼女は一笑に付した。


「見逃してやる?ほざけ、童。どちらが上か、その体に刻み込んでやろう」

 

 激化する戦いを俺たちは、間抜けにも見守るしかなかった。何故なら、俺たちの前には、立ち塞がる者がいたから。


「それで、お前はどういうつもりだ?キング」


 ゴブリンの王。デスペラードの一件の時に顔を合わせた彼は、小柄な体には似つかわしくない程の存在感で、俺たちの前に立ち、先へ進むことを拒む。


「何、彼女からの要望でしてね。あなた方に危害を加えるつもりは毛頭ありませんが、あなた方をあれと戦わせるつもりもありません」

 

 戯灰さんの問いに対し、彼は殊更に俺に視線を向けながら答えた。婆ちゃんの目的が分からない以上、断言はできないが、あの人は俺と顔を合わせていた時から、何も変わってはいないと言うことなのだろう。

 …だから、より、分からない。婆ちゃんは何が目的で動いている?婆ちゃんは、教授やダンタリオンと何をしようとしている?教授と違って、何も残してはいかなかった婆ちゃんの目的は、スフィアですら確信を持って答えを導き出せてはいない。


「最も、あの天使は予定外の戦力ではありましたが。それでも、彼女の障害にはなりえないでしょう。何故なら彼女は―」


 だから、もっと、ちゃんと話し合いたいのに、あの人の戦いは止まらない。俺たちの耳に届くのは、婆ちゃんとアギトとカマエルの戦闘音と、俺たちを足止めするキングの語り口のみ。


「あの【凍竜】に最も肉薄した二人の、片割れなのですから」


 そんな、芝居がかった、語り口だけ。



 ゴブリンの王の言を証明するかのように、コーラル・シュライバーは二体の強者を相手に、優勢を保っていた。


「吹き飛ばせ、巨をつく人型、蹂躙す(ガルカニア)

「また、こんなの相手か!そろそろ、嫌気がさすぜ!」


 現れる、巨漢の煙人形。その巨漢は、カマエルを相手取り、コーラルはアギトに向かって攻撃を始めた。


「貴様になら、これも有効じゃのう。煙に巻く姿三百六十度(ワンモアスモークィン)

「また、これか?たく、いい加減うざいぜ」


 再度、周囲に蔓延し始める煙。アギトは未だ、その脅威を知らず、現れる煙人形を蹴散らしつつ、コーラルが放つ、煙の拳を捌く。


「…ああ、成る程な。ようやく、種が分かったぜ」


 十数体の煙人形を蹴散らした頃、合点が言ったようにアギトは呟いた。そんな彼を、コーラルは笑う。


「随分と遅かったの」

「生憎、俺は才能が欠けてるんでね。察しだって良い方じゃねえ。戦いに向いてねえんだ、俺は」


 彼女の挑発染みた言葉に、アギトは自嘲するように言った。その声音は冗談や軽口と言った雰囲気はなく、本心からの物言いのようだった。


「才能がない?災厄の使徒の言葉とは思えんな」

「おいおい、何で俺が大将についたのか知らねえのか?俺は昔、どうしようもなく弱かったんだよ」


 そう言って、彼は語り始めた。彼が、魔王の使徒となった理由を。


「昔々、同族共がまだ生きていた頃の話、俺がガキの頃の話だ。俺は、奴らから奴隷の様に使われていた。そもそも、竜ってのは他の種族を見下す癖に、同じ種族も大嫌いな性質でな。セックスはする癖に、ガキを産んだら産みっぱなし、育てられもしねえで野に放たれる。だから、俺らみたいなここの竜から生まれたガキ共は大抵、生きるために竜の奴隷になってた。てめえらは始祖(アルケー)の下でぬくぬく育っておいて、ひどい話だぜ」

「長い。主が才能がないとかいう話はどうした?」

「まあ聞けよ」


 興味なさげに吐き捨てるコーラルに笑いつつ、アギトは続けた。


「俺はそのガキ共の中でも、更に最下層だった。竜に良い様に使われるガキどもにすら憂さ晴らしのおもちゃにされる最底辺。物覚えも悪い、体も細い俺のことを、どいつもこいつも、見下したもんだ」


 く、く、く。そう笑いながら、アギトは天を仰いだ。


「だから、あの人は俺にとっての光だった」

 

 それから、彼はコーラルに視線を戻す。その瞳には、爛々とした光が宿っていた。


「あの人が、魔王が竜を殲滅してくれて、冗談抜きで俺の世界は変わった。そして、あの人が俺に手を差し伸べてくれた、あの時、俺の生はようやく始まったのさ」


 そう言うと、彼は自らの爪を立て、周囲を切り裂いた。


「…!」

「だから、悪いな、嬢ちゃん。俺はこんなところで足止め食ってる場合じゃねえんだ」


 一閃、切り裂かれる無数の煙人形たち。

 煙に巻く姿三百六十度(ワンモアスモークィン)は、彼女の魔力が尽きるまで、つまり覚醒者である彼女は事実上無限に煙人形を生み出す魔法だが、その生産速度は必ずしも煙人形の破壊に追いつくわけではない。煙に忍ばせていた余剰人員まで切り裂かれた今、煙人形の人員はアギトを足止め出来る程、多くはない。


「手こずらせやがって」


 そして、彼女にとっての不幸は続く。カマエルを足止めしていた巨をつく人型、蹂躙す(ガルカニア)が今この瞬間に、切り捨てられてしまったのだ。


「そうか、やはり―」


 ガルカニアを切り捨てたコーラルはそんな、苦悶の表情を浮かべてから、彼を睨み付けた。


「貴様らは生かして帰してやるわけには行かなくなったの」

「威勢がいいのは結構だが」


 啖呵を切ったコーラルに対し、カマエルは剣を向けた。その動きは言外に、今の彼女が無防備であることを揶揄していた。


「あんたは今、窮地に立たされてるんだぜ」


 居合の構え、カマエルの狙いはコーラルの一点に絞られ、剣が抜かれる。


「光波是空!」


 空間を無視した斬撃、距離は大きく離れているはずなのに、今にもコーラルに襲い掛かろうとしている気配だけは如実に感じられる。そして、それは真実であり、切っ先が、コーラルの腕を裂いて、血液が噴き出す。コーラルの覚醒部分である両腕を裂くその技術は、正しくウィルの腹部を斬ったのと同じ技術。


 だが、そこまでだった。瞬間爆発の様な勢いで煙が噴き出し、コーラルは消えた。


煙たがる君に別れを(セカンドステップ)


 消えたコーラルは上空にいた。緊急回避の魔法、両腕から煙を噴き、その勢いで飛ぶ。そのまま、煙の勢いを絶やさないことで、彼女は一定時間の滞空と、場合によっては飛行まで可能とする。


「ラスト―」


 今回は、これ以上の飛行を彼女は必要としていなかった。何故なら、彼女はこれから大技を放とうとしていたからだ。カマエルとアギトが状況を理解しきれていない今、彼らを一撃でのめす程の技を。


妄執剣(リフレイン)


 だが、それは許されなかった。彼女の全身を貫く無数の刃が、彼女を地へと落したから。

 

 

 それは、余りにも唐突だった。そして、余りにも、信じがたい光景だった。

 アギトとカマエルと戦っていた婆ちゃんを、何者かが襲った。無数の剣、いつぞやの天使を彷彿とさせるそれに、二人を相手取ることに集中していた婆ちゃんは、全身を貫かれ、地に叩きつけられた。


「婆ちゃん!」


 俺は、咄嗟に雷纏を発動して、婆ちゃんの下へ駆け寄ろうとした。生きているかも分からない婆ちゃんだが、息さえあれば最悪俺が使徒の契約を結べば命は助かるはずだ。

 

「!」


 だが、そうは上手く事は運ばない。俺の進行を阻む、何者かがいた。そいつは俺の進む道を狙って、鎌を構えていた。俺は咄嗟に、剣で受け流し相対する。


「…ここは通さない」

「異形の天使―!」


 天使の羽!黒い羽を生やした、陰鬱そうな男はそう言って、俺の進行を妨げる。


「【雷一閃(ドンナーシュナイデン)】!」

「ぐ…」


 だが付き合ってやる道理はねえ!即座に、俺は剣に雷を宿して斬り払った。その勢いに、天使は態勢を崩す。その隙に先へ進もうとした、瞬間だった。


「!?」


 体が動かない。足が、先へ進むことを拒んでいる。一体、何が。


「だから、通さないと言っただろう」


 この天使の能力か!その天使は俺をじっと見据えたまま、目を逸らさずに近づいてくる。糞、これは俺一人じゃ―


乱し天道(レディラディオ)

「…!」


 体勢を崩す、天使。そんな彼の周りには、蟲が舞っていた。これは、スカベラの新しい蟲か!


「ブロンズさん、先へ行ってくだサイ!」


 スカベラがそう言って、俺へ先に進むことを促す。


「敵はこれ一人じゃないでしょ、付き合うよブロンズくん」

「スカベラには俺がついておく!お前はコーラルさんを救え!」


 そして、追い付いたウィルと戯灰さんもいる。それに、信用できるかは分からんが、キングも戦力ではある。

 大丈夫だ、俺は一人じゃない。だから、皆の力を借りて、絶対に婆ちゃんを救う。それだけだ。


「ああ!行こう!」


 俺は出せる限りの声を出して、ウィルたちと先へと進んだ。

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