episode of mythological
竜峰山の頂上へと向かっていたスフィアたちは、無事目的地へと辿り着こうとしていた。
「ほら、あともう少しだよ」
「ようやく、か」
ナインハルトは思わず、ぼやく混じりに呟く。戦闘狂と呼ばれる彼ではあるが、そんな彼でさえも竜峰山の道のりは苦難に感じたようで、肩を回しながら疲れ切った腕を休ませようとしていた。
「あら、ナインハルトさんはもうお疲れですか?これでは兄さんには遠く及びませんね」
「分かりやすく挑発してくれんな、ルーデン。俺に一本取られたのが、そんなに悔しいのか?」
「…所詮、一本は一本でしょう。その程度で調子に乗れる頭が羨ましい」
ナインハルトとルーデンの言い争い。二人の空気がひりついてきた頃、スフィアが震える手を挙げて言った。
「…あの、喧嘩する余裕があるなら、助けてくれません?」
「あ、スフィアちゃん、ごめんね!」
見て分かるほどに、疲労困憊な様子のスフィアの言葉で慌ててルーデンは彼女に肩を貸した。
「てか、なんでお前がそんなばててんだ、疲労なんてないだろ?」
「とにかく高性能なので燃費が悪いんですよ…」
スフィアは言い訳がましくのたまう。事実、むしろ彼女の性能から鑑みれば、彼女の燃費は良い。極めて効率的な彼女がこの程度で活動限界を迎えることはない。
「…ちょっと、ストップ」
談笑しながら歩く一行。突然、前方を歩いていたルインが、皆を静止させた。
「何があった?」
その意図を即座に理解したナインハルトは端的に問う。
その問いにはまだ答えず、ルイン先んじて進み、それから彼の問いに答えた。
「うちの門番が、眠らされてる」
そう言って、手招きするルインに従って、ナインハルトたちは彼の下へと向かう。
近づくと、横たわり眠っている、ベヒーモスの姿が。その余りに無防備な姿は、自発的な眠りではなく、何らかの外的な作用で眠らされたことを如実に示していた。
「確かに、中から気配がすんな」
「ルインさん、心当たりは?」
ナインハルトの指摘、それからルーデンがその正体について、ルインに問う。
「ないことはないが…」
ルインは渋面を見せてから、首を振った。
「あいつはもう死んだ」
彼がそう言った、瞬間だった。ルインの家のドアが開いた。
自ずと、皆の視線が集中する。ルインとナインハルトは即座に臨戦態勢、ルーデンはスフィアを下ろし、いつでも白雷纏を発動し、駆けられる様前傾に。
「あら、ごきげんよう」
現れたのは、病的なまでに白い肌をした、紅目の少女。少女は不用心にも、何の備えも無さそうに、何の敵意も無さそうな姿で、優雅に会釈した。
思わず、毒気が抜けてしまいそうな感覚に陥りそうになるナインハルトだったが、直ぐに思いなおす。この場にいるという事実が、目の前の相手が強者である証明であることを思い出し、気を張りなおす。
「…ふざけるなよ」
が、それ以上に心を乱している人物がいた。
ルインは、震えるような声で言ってから、事実震える身体を必死で抑え込もうとした。
「あら、お友達。良かったわ、あなたを尋ねて来たの。久しぶりに、会いたくて」
少女は、ルインの様子に気付いていないようで、ご機嫌そうに彼女に声を掛けた。
ルインの状態はより一層悪くなって、目の前の少女以上に病的な真っ青な顔色で、驚愕と悲しみと怒りと疑問がない交ぜになった表情で、今にも倒れてしまいそう。
「…それで、あんた一体誰だい?」
ナインハルトはそんなルインをさりげなく支えながら、彼女に問う。
(全く、一体どういう状況だよ)
そんな彼ではあったが、実のところ彼もまた困惑していた。少女に戦意はない、それどころか好意的な様子ではあったが、ルインがおかしくなったのは彼女が原因だ。そうなった理由が分からないが、唯一答えを持っているルインはそれが出来る状態ではない。
ならば、出来うるだけ彼女から情報を引き出して、スフィアに現在の状況の答えを出させる。そんな意図があっての、彼の問いだった。
「ああ、ごめんなさいね。初めましての方なんて、久しぶりでしたから、つい、疎かにしてしまいましたわ」
彼女は芝居がかった会釈と共に、名乗った。
「こんにちは、初めまして、カーミラですわ。仲良くして、下さいね?」
その名乗りに、ナインハルトは目を見張る。
何故ならその名は、ミュトーラル防衛戦を引き起こした神の名。そして、その戦争で吸血症を蔓延させた、忌まわしい神に他ならなかったのだから。
*
「…なんだか知らねえが、その体でやれんのかい」
突如と現れた二人に対して、アギトはそこまで動じた様子はなく、ただ冷静に尋ねた。
確かに、アギトの指摘は頷けるものがある。それだけ、カマエルの体はボロボロだ。剣の状態も悪い。幾ら奴が相当な達人とは言え、あれではそう長くは持たないだろう。
「心配はいらねえよ。別に、これで最後という訳でもないしな」
「…?ま、それだけ覚悟が決まってる奴に手加減してやるのも失礼だな」
アギトは当然、カマエルの性質を知らない。だから、奴の言葉の真意を知らずに肩を回す。
「さあ、それじゃあ行くか…あ?」
アギトが攻撃態勢に入った途端、もくもくと噴き出す煙が、俺たちを覆った。
どこから出たのかも分からない煙に、俺たちは一様に困惑せざるを得ない。何らかの、神性による攻撃?否、俺はこれを知っている。
「婆ちゃん―!」
「さ、私たちの仕事を済ませるよ、キング」
驚愕する俺の耳にそんな、聞いたことない程に冷徹な声音の、婆ちゃんの声が聞こえてきた。




