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episode of bad trip

「ハルクツァ!挟撃を―」


 鬼気迫る表情で叫んだデスペラード、背後にいたもう一人の竜に顔を向けて言ったその言葉は最後まで語られることはなかった。


「…余所見してんじゃねえよ」


 アギトの足が、破壊竜の顎を蹴り上げたから。

 デスペラードに比べて、至く小さな体躯のアギト。だのに、それは体重差など存在しないかのように、デスペラードを吹き飛ばした。


「デス!てめえ!」


 それを見たもう一人の竜、ハルクツァが前に出てアギトに向かっていく。


「余は軽傷だ!前に出すぎるな!」

「うるせえうるせえうるせえ!もう我慢なんか出来ねえんだよ!」


 吹き飛ばされたデスペラードが、静止の声を投げかけるも、彼女には届かない。ハルクツァは、その無数の尾を全てアギトへ向け、一斉に放とうとした。


「親父の仇だ、ぶちのめしてやる―!」

「あん?ルベルナインは俺らじゃねえだろ、長生きしすぎて脳の方も劣化してんのか?してるか、その頭の悪さはよぉ!」


 怒りが頂点に達した様子のハルクツァに対して、アギトは不快気な声音で吐き捨て、迎撃へと移行した。


「が、あ」


 そして、迎撃は一瞬で終了する。無数の尾から、無数の血液を吹き出させて。ハルクツァは苦悶の声を上げて、その場に崩れ落ちた。


(あれは、爪?)


 俺は辛うじて、その攻撃手段を目で追うことが出来た。腕を一振りしただけで、奴はあの無数の尾に対して攻撃していたのだ。

 流石に、同族殺しと呼ばれるだけはある。あのハルクツァという竜だって、只者ではないことは見ただけで分かる。それこそ、デスペラードと同格クラスだ。


 そんな相手を容易くのめすなんて、実力だけでは済まない。余程のことがない限り、戦闘における個体差なんて言う物は、上のステージに行けば行くほど、誤差のような物になってくるからだ。上で物を言うのは、相性。


 つまるところ、この結果はそれだけ、アギトが竜殺しに特化しているという証明なのだ。


「は、脆すぎんだろ。雑魚が」


 なんて、冷静に分析している場合じゃない。ハルクツァが落ちた今、こちら側の戦力は大きく落ちる。如何に相性差が物を言うとは言え、アギトの地力がこの場で最も上なのは疑いようがないし、俺とウィルがこの中で一回り劣っているのも確かだ。


 アギトはつまらなそうに吐き捨ててから、爪を立てハルクツァを断ち切ろうとした、その瞬間だった。


「!?」


 ハルクツァの姿が、消えた。何か、泥の様な物に飲み込まれて、消えてしまった。


「…ち、ジョン・ドゥの真似事か。流石にああいうのは俺の手には負えねえな」

「吹き飛べ!」


 アギトはそれを見て何かを思い出すように笑った時、デスペラードは迷いなく光線を放った。相も変わらず、途轍もない威力。だが、それでも仕留めていないことを確信しているように、デスペラードは臨戦態勢に入ったままだ。

 それを受けて、戯灰さんは追撃の姿勢に入った。自らの槍に炎を纏わせ、突きの構え。俺とウィルもそれぞれ、攻撃の姿勢に入る。


「うぜえんだよ!」


 無傷、とは言わないが、およそ致命傷には程遠い姿で、アギトはデスペラードに矛先を向けた。


「獄炎」


 だから、戯灰さんの接近を許す。懐に入った彼はそのまま、炎の槍を廻転させながら、アギト目掛けて突く。


「葬竜!」

 

 槍が、アギトを貫いた。

 が、それは致命傷にはならない。寸でのところで気づいたアギトが、矛先をずらし肩を掠める程度で、負傷を抑える。


「なんだてめえ、あの兄ちゃんの縁者か?流石に効いたぜ」

雷一閃(ドンナーシュナイデン)!」


 愉快そうに笑うアギトに向けて、俺は雷を纏う、飛ぶ斬撃を放った。鉄もバターの様に切り裂くことが出来る、切れ味特化の刃。

 しかし、それすらもアギトは容易く対応する。自らの爪で受け流し、刃の行く先を狙いから大きくずらす。とんでもない、硬度。嫌、技術か?どちらにせよ、こうも容易く対応されるとは。


「今度は刀女と根暗足したみてえな奴までいやがる!なんだよ、あいつ食ったのかお前。やるじゃん。だけど、まだ足りねえ!」


 アギトはそう言って、更に愉快そうな笑い声を高め、咆哮とも見紛う程に大きく笑う。

 フアイのことは、当然のように知っているか。魔王を打倒した六英雄の一人、当然と言えば当然だが、師匠とフアイの混合である俺の技術は殆ど知られているも同然か。戯灰さんの槍も、人狼に近いものがある。恐らくルゥさん直伝の、当時の人狼の物なんだろう。なら、アギトが知っていてもおかしくはない。


濁水流(アクア・ブレイク)!」


 なら、これはそう簡単に対応できないはず。ウィルの戦法はその全てが独自の技術。最初の覚醒者足る三人がいなかったその時代、その威力に思い至るはずがない。

 俺はただ、ウィルが生み出した濁流の波が、奴に直撃すると確信して。


「う、らぁぁぁ!!!」

「―!」


 その思いも簡単に。アギトは、ただ咆哮で、ウィルの生み出した水を打ち消して見せた。


「知ってるぞ、お前みたいなやつも。覚醒者だな?俺の時はガキしかいなくてよ、ここまでやるとは思ってなかったぜ」


 …ああ、そうだった。何を勘違いしている、俺は。師匠が言っていたじゃないか、三人の内イヴァン氏は神代時点で既にその力を見せていたし、竜巻様もその頃には覚醒に至っていたと。


「くは、くははははは!滾らせやがるなぁ、お前ら!こんなに楽しいのは初めてだ」


 こちらの攻め手を全て防いだ後、アギトはそんな風におかしそうに笑った。

 それで、俺は一つ気づいた。さっきの竜二匹を相手していた時と比べて、随分と上機嫌だ。まるで、あの時のケルビスの様な、まるでこちらに敵意を向けていないかのような。


「変わらんな貴様は。あの時から、少しも―」

「黙ってろ。(てめえ)が口を開く度に、気分が最悪になるんだよこっちは。今は見逃してやるからさっさと消えろ」


 やっぱりだ。デスペラードが口を開いた瞬間、敵意、或いは憎悪をむき出しにした。同族殺し、その名の通り、彼は同族に対して並々ならぬ悪感情を抱いているのか。


「…まだ、足りんか」

 

 デスペラードはそう呟いて、ハルクツァと同じように何かに呑まれて、この場から消えた。


「ようやく消えやがったか。しかし、竜ってのはしぶとい生き物だぜ。あの婆連中ならいざ知らず、あんな木っ端みてえなのまで生き残ってやがるとは」


 去っていくデスペラードを見送ってから、呆れたように、そして感心するかのように呟いた後、彼は俺たちの方を向いた。


「それで?お前らはどうする、続けるか?俺としてはどっちでもいいぜ。あんたらとやるのは楽しいが、やらなきゃならんこともあるんでね」

「…意外だな、てっきり俺は皆殺しにでもしたいんだと思ってたが」

「皆殺し?」


 戯灰さんの言葉に、アギトはきょとんとしてから、腹を抱えて笑い出した。


「おいおい、俺を猟奇殺人者とでも思ってんのか?俺が殺すのは竜だけだ、あんたらじゃない」


 笑いながら言った、アギトの言葉に俺は素直に納得する。

 正気を失い誰も彼も構わず殺戮の限りを尽くしたとされるカインはともかく、アギトに関しては同族殺しという逸話しか残っていない。なら、今の発言は特段矛盾が生じているわけではない。


「その、やらなきゃならないことってのは?」

「あんたらには関係のない話だ。気にするなよ」

「魔王復活の準備か?」


 戯灰さんの、そんな少しばかり飛躍気味と言えなくもない指摘に、アギトは反応した。先ほどまでのにやけ面から、感情が失せる。思わず後ずさってしまいそうな、その血の気の失せた表情を見せた後、また、彼は笑った。何かを諦めた様に。


「なら、しょうがねえ。死なねえ程度には加減してやる」


 そう言って、アギトは腰を低く落とした。それは明らかな、臨戦態勢。


「だから、恨むんじゃねえぞ」

「下がってろ二人とも、ここは俺が受ける」


 狂気じみた笑みを浮かべたアギト、戯灰さんは俺たちを守るために、そして恐らく、俺たちに攻撃役を任せるために前に出た。


「さあ、俺の名を―」


 アギトが攻撃しようとした、その瞬間だった。


「んだ?」


 爆音と共に、何かが吹き飛んできた。何か、球体のようなものが。

 俺はそれに見覚えがあった。その、黒い球体の正体は、蟲。いつだったか、スカベラが使っていた、ダンゴムシ型の蟲だ。


「スカベラ!」


 そして、俺の予想通り、蟲が球体を解除すると、中から懐かしい顔が出てきた。


「ブロンズ、さん?どうシテ―」

「なんだなんだ、随分と賑やかだな」


 困惑するスカベラ、そして、彼女の言葉を妨げる、もう一人の声が聞こえた。

 それは、天使。一般天使とは違う、だが、異形の天使とも違う。あれは確か、ニュースで見た、大天使とかいう種類の天使。一般天使を指揮する、言わば小隊長の役割を担う天使だったはず。


 初めて見る天使、だがしかし俺はそれに見覚えがある気がした。どこかで、出会ったことがあるかのような、気配。


「あいつは―!」

 

 そして、それが間違いでなかったことを、二人の反応で確信する。ウィルは驚愕と敵意の入り混じった反応で。


「カマエル!」


 戯灰さんは、もっと直接的に、その天使の名前を呼んだ。


「ああ、勿論覚えてるぜ。アイゼンの使徒、戯灰に、ミクトでやりあった覚醒者くんだな?これだけで血が滾るってのに」


 カマエルはそう言って、アギトに剣を向けた。


「魔王の使徒。ああ、なんて最高の日なんだ!」


 その天使は、心の底から嬉しそうに、腹の底から歓喜の声を上げた。

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