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歌奏和伝  作者: 自由のメガネ
変貌の秋
57/65

ー伍拾ー「岩船 其の壱」

今回は当社比的に短めです。

思っていたよりも話が膨らまなかったというか、人がそれなりにいる所為か、一人一人が淡泊になったかな…という感じに。

今回は全てノーサイド(第三者目線)です。

ノーサイド


 男の合図で迫りくる石柱に白菊と蝉は駆け出し、白菊は夜明の、蝉は玉梓の腕を引いて前方に跳んだ。

 石柱は夜明と蝉のいた場所に砂埃を立て、地面を隆起させて潜っていった。石柱の先端と地面に挟まれたならどうなる事か、簡単に言えばペッチャンコな未来に一周回って夜明は笑いが込み上げていた。

土の舞い上がる中で砂埃を抜け出した影が二つ、石柱の上を遡って男の元を目指していた。


 男は其の姿を捉えると指をクイッと手招くように。すると石柱の先端が、避けた四人を挟んだ反対側から顔を出した。


「さっき潜っていった奴か…!」


 夜明は口にしつつ、再び地上に出てきた石柱が襲ってくるかと構えたが石柱は四人の上を通過した。もう一本の柱も走る二人の横から出て、二本の柱は友と白夜に向かって…否、両方共、友に向かって突き進み、挟み込まんとした。


ズシャァァァ…


 一先ず石柱の影から抜け出した四人に聞こえた、石と石がぶつかって砕ける音。新たに撒き散らされた石と砂で友の姿は見えなかった。


「友は…」


「いた!あそこっすよッ!」


 蝉が指差した先で、跳んで空中に逃れた姿を目にしてほっとする。其れも束の間、煙の中から砕けた石柱の先端も追ってきた。何処迄も獲物に食らいつく、蛇の姿を幻視する。

空中ではもう逃げ場は無い…と思われたが、友は柔らかく向かってくる石柱に片手を添えると、空中を質量をもって蹴り上げ、触れた手を中心に回り込み、石柱の側面に足をつけた。

 其の動きに、玉梓も友の身につけた特技を思い出す。


「彼は空中で跳び上がる事が出来るのだったね……見事だ」


同じく其れを見ていた男も、久しく口を開いた。


「ははっ猿みてぇ」


 ねちっこくも男は操っているのか指を動かして、少し息を整えていた友にもう一つの柱も向ける。

ぶつかる寸前で飛び移った友に柱を撓ませて挟み込まんとする。其の瞬間を捕えようとしていた男の視界に影が差した。


「おいおい、俺を無視すんじゃねぇぞッ!」


 石柱を向けられず、一人男に辿り着いた白夜が床にしていた石柱から踏み切って男に飛び掛かる。見たいものを見られず、顔を顰めた男の顔に右手の握り拳を向けた。

男は余裕に首を傾けて避けた。空中を進んだ拳だが、白夜は其の逆手に持った刀を男の首へと滑らせる。


ガキンッ


 すっ、と指を立てた男の首と白夜の刀の間を何かが遮った。細い縦に連なる格子のような其れは、襲い掛かってきた石柱をサイズダウンさせたような小さな石柱が三本。

白夜は男が操る(と思われる)石柱が大きな二本だけではないと知る。


そして、其の数が三本だけではないとも。


「がはっ」


 腹の空気が圧迫され、白夜の口から逃げ出した。僅かに目線を落として見えたのは今自分の刀を遮った物と同じ色が五本。腹を突き上げられ、割と重い白夜の体が天高く吹っ飛ばされた。


 無防備な白夜を、友を狙っていた筈の二本の柱が迫る。寧ろ此れが狙いだったのかもしれない。避ける事を優先して動いていた友と違い、為されるが儘にしかならない白夜は挟まれる直前迄柱の間だ。

 足と背中とで柱が狭まるのを防ぐ。しかし、石柱に比べれば力負けする。白夜は自分のではない足の主を見上げた。


「おい、友。何でお前も挟まれてんだよ。お前は出ろ」


「流石に僕も、目の前でスプラッタとか見たくないんだけど…!」


 友と白夜が自力で出る事は出来そうにない。

 此の儘、二人を失う訳にもいかない。周りに目をやった夜明は玉梓を捉えた。


「玉梓さんッ!」


「…えぇ。少々荒い手に成りますが…!」


声をかける迄も無かったろう。同じ考えだった玉梓は雁を天高く飛ばし、周囲にありったけの羽根を撒き散らす。

羽根は雁の起こした風に乗り、柱へと纏わりついた。その時、


ズドドドドドッ


羽根は激しい衝撃を伴って爆発する。衝撃を触れたところから諸にくらった柱は、其の大きさから破壊迄はいかなかったものの、多少なりとも向きがズレる結果となった。

友と白夜は爆発の粉塵の中、進む方向のブレた柱の隙をついて、柱の間から抜け出し地上へと降り立つ事に成功したのだった。


「あー助かった」


「初雁さん、助かりました」


 一先ずの安堵を覚える。しかし向こうから聞こえる声と砂埃をスクリーンに映る陰に無事を喜ぶ言葉も掛けられない。


「あーぁ…前の奴等は割と簡単に殺れたから、楽な作業だと思っていたけどなぁ。かーちゃんととーちゃんの猛攻で一人として死なねぇとはなぁ…あー面倒くさ」


 後頭部の髪を掻く男は、課題を前にした学生のような口ぶりで大きく呟く。

もう一度よく確認するが、黒い髪に黒い目の一般に〈平凡〉と言われそうな顔で身なりも此の世界ではよく見る、至って普通な風貌。だから、今殺そうとした事も、額に出る突起物も異質に見えた。

 其れとは別の所が気になったのが約二名。


「かーちゃんと…」


「とーちゃん?」


 友、そして白菊はそれぞれ破壊された石柱を見る。

石柱の先端だった方は動かない。が、後ろの部分だった方は土の中に戻っていく最中だった。

まさか、あれの事か?


「待った。其れ以上に聞かないといけない事がある。君は、一体何なんだ?」


 玉梓が問い掛ける。殆ど確定したも同然だったが、当人から聞くのが一番確実。

其の当人も聞かれる事も意図も勘付きながらも、此の問い掛けの無駄さに呆れつつ口を開いた。


「んな事聞かなくたって、あんた等だって予想がついてんだろぅ?お前達が狩ってきた鬼であり、此れからあんた等を狩り尽くす人の姿を得た鬼だッ!」








「人の姿を得たって…今迄そんなの無かったっすよ…!」


 堪らず声に出したのは蝉だった。蝉はまじまじ男の上から下迄何度も目線を往復させた。鬼が人同然となった事実が受け入れられず、何処か違いを探して。

大きい声でもなかったが、鬼の男には届いており馬鹿にしたように笑う。


「今迄無ければ、此れからも無い…そんな事有るわけねぇよなぁ?現に俺は此処に居るぜ?今、実際に、見ているものが、信じられないか?あ?」


「えぇ…信じられませんね。此れ迄鬼が変わろうと、大鬼や慧鬼にしかならなかった。其れが今…人と何も変わらない姿を得られる…其の、切っ掛けが」


玉梓が其処にいる全員の気持ちを代弁すると、鬼の男はふんと息を荒げ、腕を組んだ。


「どうせ死ぬんだ。土産話をくれてやんよ。


そもそもの話、鬼が〈満たされた〉と呼ばれる時に、あんた等の言う慧鬼や大鬼に成る。慧鬼と大鬼の違いは手に入れた〈概念〉を体内で整理出来るか、出来るかの違いだ。其の何方も、鬼が等しく目指す〈形在る何か〉には成れていない。でも行こうにも行けなかった。


喰って喰って喰って、材料を揃えても求めるものに進めなかったのは、まだ材料が足りなかったからだ。必要だったのは材料を固める中心部ッ!存在を定義する軸だった!」


 男は見下したように説明をするが、其の声は段々と高らかに。まるで暗い迷路に十時間は迷い込み、やっとゴールを見つけたような明るさに変わる。

 自分の放つ言葉への陶酔の様なものも感じられた。


「…歌は俺達に此の姿を、意志を、力を与えた!此の俺と、俺のとーちゃんとかーちゃん、そして兄弟を前に、あんた等より先に来た人間達は成す術も無く叩き潰した。其れが俺の、此の()()の力だ!此れこそが俺だ!

もう森の中でこそこそと、人間の首を狙う必要は無い!堂々と俺と俺の家族で見せつけてやる、あんた等との差を!」


 男…岩船と名乗った鬼の声がびりびり響いた。今迄出会った鬼にはなかった意志の強さが胸に叩きつけられ、蝉が五の隊の仲間が此の岩船という鬼に、力及ばずして敗北し、此の世を去ったのだと理解せざる得なかった。

蝉の足が一歩、下がった。









 夜明の懐から黒い、するりと細い糸状の物が伸びてくる。目撃した友はギョッと二度見するが、目線を下ろし気が付いた夜明は「あぁそう云えば」と探って、壺の様なものを手に取る。黒い糸は其処から伸びていた。

 其れは顔の高さ迄浮上すると形を変え、文字になった。


 何処かで見た事有る光景。其れは夏に見た、阿古辺 万の歌意《語録》、歌の力を文字化するものだった。




 出発前の事だ。殿から出ようとしていた夜明に万は声を掛けられ、此の壺を押し付けられた。

「春人から話は聞いてるよ。此の壺の中の墨には僕の歌が宿っている。蓋を緩めておけば、一度だけ歌意を文字として空中に表現してくれるよ。…会いに行けない(仕事)というのには心苦しいものを感じられるけれど、僕は此処で沢山の(仕事)と戯れる事にするよ…!だから遠い(仕事)には君から伝えて欲しい…!」

夜明でもよく分からない言葉の羅列をぶつけ、さっさと去っていった。だがしかし、あれも彼なりの助力だったんだろう。







「阿古辺さんの歌って、そんな遠隔な事も出来たんだ…」


「あの人も身体能力が僕とどんぐりだからね…。こういう使い方が出来るのは意外だったけど、助かる」


 僕達の歌を彼の前で披露した時は、それぞれの歌と歌意が混濁しないように一人ずつ使っていた。此処では複数人が歌を詠っているから、幾つもの二文字が現れる。


劣化…友の歌意。

再昇…夜明の歌意。

繰上…白菊の歌意。

羽爆…玉梓の歌意。

振動…蝉の歌意。


そして…夜明はある二文字に指を触れた。触れられた文字は水が波紋を描くように揺れ、元の文字に戻る。


石蛇(いしへび)…僕は阿古辺さんでもないから文字の深い部分の意味なんてさっぱりだけど、見た儘に二本の大きな石柱と八本の小さな石柱を召喚する。そして…」


 ズズズ…と音を鳴り響かせ、潜っていた石柱が地上に姿を現した。其の先端は始め見た時と同じのっぺりとした六角であり、砕けた部分や罅の入った様子も見られない。

また、砕かれていた先端部分も地面に転がっており、動かない。


「見て、砕けていた石柱の先端が元に戻っている。つまり、あの石柱は土に潜る事で自己修復が可能というわけだ。よって、石柱は邪魔なだけで倒して如何にかなる物じゃない」


「つまりあの岩船って奴を…やる」


 「やる」…がどの様に変換されるかは人に依るが…白夜は既に心に決めていたものを更に自分に刻み込む様に口に出した。


「白夜…さっきは石柱に思い切り腹をど突かれてたようだけど」


「あれがパイル状とかじゃなくて良かったぜ。骨は折れてるかもしれないがまぁ…如何って事無い」


近い場所で見ていた友が訊くと白夜は石柱がめり込んできた腹部を軽く叩いた。が、白夜の思っていたより痛覚が敏感になっていたようで、やった自分で「いっ…!」と声を漏らすものだから、白菊は呆れた目で見ていた。

きっと綺麗な青痣が出来ている事だろう。


「…かーちゃんにとーちゃん…俺の兄弟ねぇ…歌に家族像を投影しているようだけど、彼の指の動きを見る限りに操っているのは彼自身。此れを滑稽と言わず…其れとも其処に憧れの様なものが見えたか」


「辛辣ね…初雁さん」


 比較的穏やかではあるものの、何か違うものを感じた白菊は玉梓を見上げて悟った。目と言葉に暖かいものが無かった。


此の面子にしてみれば立場として引率の様なものだった玉梓だったが、彼もまた、怒りを抱いているのは同じだったというわけだ。


「歌を手に入れ大いに喜んでいるようだけれども、結局彼は私達の同志を殺した、敵だからね。他に考える事は無いよ」


 蝉は己を恥じた。

玉梓を除いて、鬼との戦いの経験は自分の方が多い筈なのに少しばかり怖気を感じてしまった。

此処に居る皆が岩船の脅威を感じれど、戦意に傷をつけなかったというのに。


蝉の足が前に出た。


「…瓜助、待っていてくれっすよ…俺が絶対、あいつに勝ってやるっすから」









「待った」







「は?」


 先陣を颯爽と切ろうとした蝉はこけかけた。

人死が出ている辺りギャグテイストでもないので、此処で形式美に大袈裟にこけるといった事は無い。


「今青春の如く走り出されても困る。というか、此処でどったんばったんの戦闘に入られても困る」


「…はぁ」


 じゃあ如何すんだよ、とは蝉の顔に書いてある事。


「…分かってるんですよ。あの岩船の歌意の弱点、もしくは制限と呼べるものが。

あの男は石柱を動かしている間、動けないんだと思う。其れが流石の十本を操るのが大変だからかは分からないけど。…まぁ、だから」


夜明は手を岩船に向けて言う。


「来い、光よっ」








チュドーン








 一行の頭上を通り抜けて岩船に落ちる光の柱。風圧と眩しい光を感じながら、地面が捲れてさっきとは比にならない土煙が舞った。


「え、えぇ…」


 容赦の無い(というか出来ない)攻撃に、言葉の出ない蝉。

此れは気合を入れて戦わねばと思った矢先に、なんだ此の幕引きは。

今迄のは何だったのか。


玉梓も困った顔しか浮かべられない。


「此れで終わればいい話でしょうよ」


「う、わぁ…あんた、人として何か欠けてんじゃないの…?」


「ほんとにやるか?こいつ…」


 真顔で言い切る夜明に、散々な物言いの白夜と白菊。友も声には出さなかったが、大半二人と同じ事を考えながら、夜明の方を見ていた。






















「けれど…まぁ、そう問屋は下ろさない…か」


 土煙が晴れて直ぐに見えたのはクロスして夜明が放ったものを遮ろうとしたらしい大きい二つの石柱。先の方が無くなっており、断面は溶けた物が地面に落ちて一瞬火が立ち昇る。

其の石柱の向こう側には表面の薄く焦げた石の卵みたいなものが…細い八本の石柱が束ねられた其れが解けて、中から無事な姿の岩船が見えた。


「嘘でしょ…!?夜明の歌意が防がれるなんて…!」


 白菊はそういうが、夜明は其処迄ショックを受けなかった。

あの石柱の素材はまんま石。其の耐久力は噴火でマグマが流れたところで簡単には溶かされない程度には高いものだ。貫通出来るとは考えていたが、時間も掛かるとも思っていた。そして、エネルギーが発射される時間は五秒。

元々部の無い賭けであったが、大きい石柱は破壊し、しかし細い石柱の束は抜けなかった。

其れは、正しく言うなれば…








「紙一重…ってところ、だなぁ?」


確かな脅威を見たらしい冷や汗を掻いた岩船が言う。


紙一重


紙一枚の薄い壁。


其れが、此の事態を複雑にしていた。



ノーサイド エンド

毎回、「何かこの表現前も使ったな」とか「この展開見た事あるような…」と思います。


白夜と夜明は自分の中でかなりキャラの決まっている二人だからか、話させやす過ぎて一歩間違えるとこの二人しか話していないという事態になる事も…。特に白菊が話さなくなる。ごめん…君は私の中ではおしゃべりな方として捉えている筈なのに…。



誤字脱字、文章的におかしな点はないでしょうか?

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