ー肆拾参ー「第一回東西対抗侍合戦 其の壱」
書きたいな、と思っていたのに中々書けなかったのはきっと、登場人物が多かった所為。
一話で終わるかなと思っていたら、思った以上に長くなりました。四百字詰め三十枚…
今回の話は主人公達よりも都を護る侍達に焦点を当てています。私にとっての人物像の整理が主な目的です。これも私の文章を書く能力が無い所為ですね。書くスピードも遅い所為で、久しぶりに登場させた人も何人か。
長くなったことと動きが多い為、矛盾と矛盾と矛盾によるミルフィーユとなっております。そこに妥協をトッピングいたしました。
どうぞ召し上がれ。
長月の十日。
其れは慧鬼討伐が終わり、其の報告を兼ねた隊長達の会合を終えた後、殿にある食堂で憩いを満喫している時の事だった。
其処に集まっていたのは、
「門構」と呼ばれる参の隊の隊長、夕山辺 燈。
「下心守」と呼ばれる九の隊の隊長、葛飾 真継。
「右昇守」と呼ばれる十の隊の隊長、標野 守。
「左昇守」と呼ばれる十一の隊の隊長、言撫 幸。
「右降守」と呼ばれる十二の隊の隊長、五月雨 大河。
「夜烏」と呼ばれる十五の隊の隊長、国原 印南。
もっとも、夜の都を護る役割を持った印南は貫徹明けで会合も終わり、気が抜けた所為で席に座って直ぐに爆睡したが。
「だからさぁ~僕頑張ったと思うんだよ」
「うんうん、そうだね。都の仕事をほっぱらかしにしてね」
「鬼にも凄い囲まれたし」
「えぇ、そうね。勝手に討伐隊に付いて行ってね」
「だから、少しは御褒美が欲しいなって!」
ぐ―――――――――――――――――――――――――
「「待って、俺(/アタシ)の言った事聞いてた??」」
満面の笑みの守に真継と幸が重ねて言う。其れを燈は呆れながら腕を付いて見ていた。
「守にはそう言っているがな…片方は普段からサボりを常習しているのだから、人の事を言えんだろ」
「俺はサボっても良さそうな時に遊びに行っているさ。あいつ等も慣れてる」
ぐが――――――――――――――――
「堂々と言うんじゃねいぜ。で、守の坊やは何がしたいんだ?」
「うーんとね…盛大に面白い事がしたい!前に明君に良い事聞いたんだっ!」
明君とは、夜明の事だ。守は知らない事を様々提案してくれる夜明に、言ってしまえば懐いていた。其の名前を聞けば、燈の頭には悪い笑みとも捉えられる、企んだ笑顔が描かれた。
「夜明の…。一体どんな事を守に吹き込んだのだか…」
「ちょっと面白そう~じゃ~おいらもいっぴょ~」
「なっ大河っ!!」
「こうもなったら、やるだけやった方が気が済むじゃない?やっちゃいましょうよ」
「そうだな…」
ぐご~~~~~~~~~~
「あんたは五月蠅いのよっ!!」
「っで!?理不尽っっ!」
※ ※
「で、こんな事になったと」
そんな話が殿であったという日から二日後、十二日。僕達としては馴染み深い、大五郎茶屋の前には沢山の侍が隊入り交じりで集まっていた。此の話を決めた隊長達が率先して集めたんだろうけど、其の熱意は別に向けてくれないかとも思わなくない。
集まった侍は、少しぼろっちい白い着物、黒い袴にこれまた大分古めの木刀で統一している。例外で、守さんなんかは、木刀が無い、何時も通りだ。あと、統一していない事は腕か頭に巻いた鉢巻きに「西」「東」の何方かが書かれているという事。其の数はきっちり同数。
「はい。本日は御忙しい中、お集まり頂きありがとうございます。本日開催いたします東西対抗侍合戦、司会進行、及び審判其の一は、守さんに悪知恵を吹き込む主な元凶、日暮 夜明が謹んで務めさせて頂きます」
「審判其の二、及び記録係を僕、先日の慧鬼との戦いでは、大鬼と戦って大分負傷しながら無理を言って出撃し、見事に負傷を悪化させ、更に腕に穴を開ける怪我という土産を持って帰り、救護室の住人に盛大に叱られた人、高砂 友です」
「…救護…係……兼…記録係……補佐…兼……友の監視………傷に…傷を……重ねる…のは…許さない……人……就永…さえ……」
「御意見番、みんな元気が合って良いなぁ、おいちゃんは絶対にやりたくないなぁと思っているみんなのおいちゃん、名取 二三だよ。団子が美味しいね」
「以上の四人を中心に、大五郎茶屋の長椅子を占拠し団子を食べながら、大会を進めて参ります」
大五郎茶屋の前がすっきりして、夜明は疲れた喉で茶を飲む。合図がある迄僕達はやる事が無かった。
「そんなに嫌だったかな?…泥って」
暇だから喋らないというのに耐え切れなくなった夜明が投げ掛けたのは、既に決まりきったルールについてだった。
「というより、選択肢が泥って如何なんだろう…赤と青の染料とかじゃ…」
「北の大通り周辺を使わせてもらうからね。協力して貰っている上に家を青や赤に染めるわけにも…ねぇ?だから、自然ぽい泥を採用したのさ。でもおいちゃんも泥か墨汁って言われると、墨汁の方がまだ良いかな」
二三さんが墨汁と出したのは、案としてあったからだ。
赤染も青染も大概に落ちないが、泥も墨汁も付けば落ちきる事は難しい。ので、着ているのは大分古くなった着物ばかりだ。汚れても別用途で使う事になっている。
「でも、墨汁の方がべたついて取れなさそうだと僕は思うけど」
「其処はもう、個人の考えだとおいちゃん思うよ?」
「幸ちゃんなら泥が美肌に良いって言えば、寧ろ飛び込んでいきそうだよね」
「唯の泥で効果があるとは思えないよ…」
此の大会のルールは次の通りだ。
一、参加者は西軍、東軍に分かれ、泥を使用し、相手に付ける。付けられた対象は其の時点で脱落する。なお、どの箇所でも、少しでも付いていれば駄目(侍たるもの、泥の一滴も避ける事は当然)
一、泥は見分けがつかない。ので、自軍の攻撃に当たっても脱落である。
一、大会に参加していない者に付ける事は禁止。其の時点で脱落とする。ただし、大会に参加している者が一方の軍に与することも禁止とする。
一、木刀に付いた場合、脱落にはならない。幾らでも防いでよい。また、木刀を使用しない攻撃手段に出ても良い。其の他、考え着く道具を使用して良い(血を見るものは勿論駄目)。此れ等も木刀と同じ様に扱う。
一、脱落者は自己申告。自分で記録者である高砂 友に伝えに行く。
一、全員が脱落した軍の負けである。
「サバゲーを和風っぽくすればこんな感じになるかな?あとは、決められた範囲外で戦う事の禁止、住民に迷惑を掛けないといった事もあるけど、此れは常識の範囲内。各々隊の面子を背負って参加している事を忘れずに行きましょうって程度だね。
更に、自分が気付いていない、脱落者である事を黙っているといった事を防ぐ為、住民の皆さんには見つけ次第、友に伝えて貰えるように頼んだし、空からも監視しているからゾンビ行為もほぼないだろうね」
空からのというのは、大鬼の時にであった蒼さん、そして入包さんの事だ。蒼さんの歌…都に来てからワーカーホリック阿古辺さんにより名付けられた歌意《成雲》は人の乗れる雲を作り出す力、大鬼を上から観察する際に有効だった故、大会を上から見張るのにぜひ欲しいと獄へ掛け合った。
在立さんも東さんも此のバカ騒ぎに参加はしないが、蒼さん達を獄から連れ出す事は疑いたいくらい快く許してくれた。大鬼の一件以来数日ぶりにあった蒼さん達は当たり前だが変わりなく再会したが、道端で何気なく会ったように僕に手を振る彼女の様子を見るに、獄での扱いもそう悪くなさそうだった。
其の蒼さんが乗る雲は青空を見れば簡単に発見できた。二人乗り出来る雲には入包さんも乗り込み、二人で上から見てくれている。其の蒼さんからこっちに分かるように大きく手を挙げて合図が出された。
両軍の配置が完了したようだ。
「さて、上手く吹けるかな?」
夜明が両手で持ち上げたのは、合戦なんかで目にする大きな法螺貝。殿で借りたそうだ。これを上手く吹ければ開始の合図になる。
「せーの…」
フ………フォ~…フ――……
「ん…こうか?」
フゥ……ボエェ~~~~~~~~
「あ、出来た」
こうして、東西対抗侍合戦と称された大会が幕を開けたのだった。
※ ※
ノーサイド
西軍…
十一の隊、言撫 幸
九の隊、葛飾 真継
拾参の隊、佐野 渡
伍の隊、久動 蝉
十四の隊、波千重 稲見
拾伍の隊、国原 印南
拾伍の隊、香具山 楮
(一応)七の隊、折霜 白菊
………
……
…
計四十名
東軍…
十の隊、標野 守
九の隊、梓 東人
十二の隊、五月雨 大河
伍の隊、銀 瓜助
参の隊、夕山辺 燈
一の隊、時雨 千草
拾伍の隊、耳成 思色
(現状)伍の隊、鵲 白夜
………
……
…
計四十名
法螺貝の音が鳴り響いた。此方は西軍。
「ちゃっちゃと守に勝って、さっさと終わらせるわよっ!」
「まぁまぁ、始まったばっかなんだし、楽しもうじゃないか」
西の住居の上で音を聞いた、「西軍」の鉢巻きをびしっと巻いた幸、そして隣で東軍のいる方を見る真継。西軍の中心は彼等となっていた。
幸が「行くわよっ!」と声を張ると、野太い声が上がり、前を走る二人に続き、屋根を走り出し、両軍の中央となる大通りを目指した。屋根を走るのは障害が少ない故、早く動けるという理由からだ。
「流石、幸ちゃん」
「真継だって、こんくらい普通にやってるでしょ?」
西軍の作戦は至ってシンプルだ。
猪突猛進。やられる前にやってやる。
下手に策を考えるよりは、よっぽど侍として動きやすいという考えからだ。
「…東の奴等、上は走ってないようね」
ほぼ平面である都の屋根の上なら、反対を走る筈の東軍も見える筈だった。屋根にいないなら普通に道に沿って走っている。此の場合、地面上を走るメリットは見え辛いから行動が分からない点にある。東軍は其れを選択したのだと二人は推測した。
「っ!幸ちゃん、左前方方向だ」
「見えた。あれは大河…一人で!?」
たった一人で屋根を飛び移る行為は良く目立った。
「あいつ一体何考えてるのよ!」
「そうは言っても、突っ込んできているのは事実さ。迎え撃てっ!」
大河が来るのは真継達から見て左より、真継の声に従い、二人の左側を走っていた侍が三人速度を上げて大河に向かっていった。
「五月雨隊長…御覚悟ぉ!」
と、雪崩れ込む様に三人の侍が木刀で斬り掛かるも、するすると通り過ぎるように大河は抜けていった。抜かれた三人にも、一箇所ずつ泥の跡が付いている
「ちっ…流石大河ね…」
「いや………待った!!」
次に向かおうとしていた大河に向けて、強く静止の声を掛ける。作戦ではない本気の声と判断した大河は、走り込むの止めて立ち止まる。
「大河…君は脱落だ」
「…え~何で~?」
「…視線を下に下げてみてくれ」
大河の横腹に泥の線が出来ていた。
二人目を倒す時に、大河に向けていた事で、距離を詰めた際に意図しない形でべったりつけていたようだ。一連の事は上空の蒼達からも確認されていた。
「ありゃりゃ~」
「あれは紛うこと無き脱落ね…」
西軍二名脱落(一名大河脱落後の為、無効)。東軍一名脱落。
残り三十八:三十九
ノーサイド アウト
※ ※
「えぇ!?五月雨さんがもう脱落。まだそんなに時間経ってないよっ!?」
体感にして約五分、もう脱落者が出た事と、其の内の一人が五月雨さん。腐っても隊長を任されている人だから、余計に驚いた。五月雨さんの実力は慧鬼の件でも目にしている。決して弱くないのは知っていた。けれど、二三さんは逆に納得していた。
「確かに、大河ちゃんなら、直ぐに脱落しそうだよねぇ」
「其れはまた如何して?」
「大河ちゃんってさ…避けないじゃん」
………。
「「「あ~~~~~……」」」
殆ど口を挟まないさえちゃん迄声に出してしまう納得感。避ける事を前提にしたゲームで、避ける事を一切放棄して強くなった人が輝ける筈がなかったようだ。
「あー…でも、此の五月雨さんの特攻が後に響いたら、其れはとても見ものだよねぇ…」
「おいちゃんもちーちゃんには長く残っていて欲しいなぁ」
僕は手元の名簿表の脱落者の名前に線を入れながら、見知った人の名前に目をやった。
白夜と白菊には頑張って欲しいと思う。
※ ※
ノーサイド
「大河には驚かされたわ…」
「流石だよ大河…」
西軍が大通り西側に商店群の屋根上に到着した。
大五郎茶屋で夜明がぼやいたように、辺りを警戒せずに真っ直ぐ特攻してきた大河は少なからず、其の衝撃で西軍を足止めした。
西軍より先に中央の大通りで待ち構えている。だから、姿が見えなくても警戒せざる得なかった。
西軍は結果として、全員で屋根上を走ったのは正解だった。先に到着していた東軍の面子は、大通りを渡り西側へ、其の地面側で待ち伏せしていたからだ。地面上を走る西軍の侍がいれば、屋根上の面々が知らない内に闇討ちされていた事だろう。
西軍が大通りに来てなお、何故襲わないかといえば、単独で屋根の上に上がれば逆にやられる事にある。
よって、大通りに西軍が到着して事は動いた。一匹の狐が屋根上に姿を現す。
「守だっ!俺が出る」
迎え撃つべく、真継は木刀を其の小さな狐に振り下ろした。
しかし、其の小さな体を捉えられず、スラリと避けられる。そして、真継に向かってくると思いきや、彼の隣を抜けた。其の通りすがりにも泥を付けられなかった。
「何っ?」
〈まもるんを真っ向から相手にするのは分が悪いからね!こうさせて貰うよっ!!〉
真継と幸、其の後ろにいた侍四人の間に入り込む守。そして飛び上がって……身を振り回した。水から這い出た犬のように。
周りに泥が飛び散る。
「うぉっ」
「げ、泥付いた」
不規則に飛び散る泥に、避けられず服に付けてしまう侍も。
当然のように自分で撒き散らした泥を浴びなかった守は軽やかに着地した。
〈もー…真も幸ちゃんも避けないでよぉ…〉
守の周りにいた、真継と幸を含んだ六人。其の内、三人は守により泥を付けられ、真継と幸、もう一人は先に守の行動を察知して離れた為、難を逃れた。
「待って、守が狐の姿で来るのは予想付いてたけど、狐だからって体に泥付けるのってあり?」
「幸ちゃん、守の足をよく見るんだ」
真継の言葉を聞き、幸は守の足元を見る。
泥で真っ黒の足で、あれは駄目でしょ…と思っていたが其の黒い中で狐の毛の色ではない緑を見つけた。
「…葉っぱ?」
「手甲なら、扱いは木刀と同じで脱落にはならない。上手くあの葉っぱの上だけに泥を付けているようだね」
〈へっへーん、考えたもんだと思わない?此の姿じゃ刀なんて持てないし、毛に付けても駄目だからさぁ…でも、此れが僕の戦い方だからね。やめるわけにはいかないよ!〉
「あんたといい、大河といい…一人で飛び込んでくるわねぇ…其れが作戦だったりすんの?」
〈あれ?そう思う?失礼だなぁ…ちゃんと考えてるよ!僕達の作戦はぁ……〉
東軍の鉢巻きを巻いた侍が屋根に登ってきた。西軍の侍も東軍の者が姿を見せない事から予想はしていたから驚きこそないが、あまりにばらついて登ってきた様子に作戦は見いだせない。
そんな中で守が明かした。
〈やりたい事をする!楽しんで勝つのさっ!さぁみんなで思い思いに戦おうか!!〉
東軍の侍が西軍に一斉に斬り掛かる。
場は一転して、混戦状態に縺れ込んだ。
残り三十五:三十九
※ ※
真継、幸、守から少し離れたところ、守の一声により飛び出した東軍の侍三人がある男と対峙していた。一度喉を鳴らした後、男に飛び掛かった。三人隙間無く順番縦に。相手を自由にさせない良い連携ではあった、だが。
「…一の型、正津」
「いつっ」
鞘に入れたように持った左手から木刀を右手に持ち替え、抜くように木刀を上段に持ち上げて、両手で握り直して、振り下ろした。一人目の手首の裏に泥の切り跡が出来た。
「…二の型、米代」
「ぐぼっ」
次に其の木刀を絡めるように二人目の木刀をずらし、其のスペースに木刀を入れ、臍の二本指上辺りを付いた。
「六の型、迫…一つ」
「くっ」
三人目を前に上段から大きく振り下ろした。一人目を見ていた三人目の侍は同じだとにやけ、受け止める。相手の侍は押し返し、崩れたところを木刀を引き寄せ、突きを入れる。勝ちの道筋を立てていた。
「もらったぁ!」
「…二つ」
「な…!」
押してる所に強い力で押し返されるから体勢が崩れる。刀を振るう上で頭にしみ込んだ事だった。だから押し返した木刀に込められた力が綿のように柔らかかった事に唖然とした。
稲見の木刀が押し返す木刀の表面を滑るように通り、腕に力が入っていないように木刀の重さによって落ちる。
侍の木刀は暖簾を押し返す為に岩を押すように力を加えてしまった為、無駄に上に挙げてしまった。
「三つ」
「がぁっ」
稲見が三を数えた時、落とすように力を抜いていた両手に力を入れ、木刀の刃を返した。そして、木刀に合わせてしゃがませていた体を一歩左足を踏み込んで跳ね上がらせると同時に木刀で切り上げた。三人目の侍の体の中心に泥の跡が残り、木刀に持ち上げられた体は一瞬空中を飛び、屋根の上に転がった。
稲見は息を吐き、鞘に戻そうとするも、自分が持っているものが泥の付いた木刀で鞘が無く、自分で泥を付けてもいけない事を思い出し、普通に持とうとするが手に馴染まず、結局最初にしていた…木刀を抜く方ではない手で逆手に持ち、鞘に入っているようにする方法で落ち着いた。
「よし、三人向かってきたが、焦らず対処出来た。鶴さんとの稽古の成果が出ている。…流石鶴さんだ、俺が此処迄成長出来たのは鶴さんの御陰だ…!」
そうしてやっと、浸りたかった喜びを手繰り寄せた。稲見にとって、此の侍三人を伸した事は自身の成長を感じざる得ない一戦だったようだ。
頭の中では彼が慕う隊長が褒めてくれる妄想が広がったが、まだ終わってないのだと、自力で戻ってきて自身を引き締めた。
「いけない、感傷に浸るは全て終わってからだ。もっと活躍して、鶴さんに良い所を見せなければ…!」
「へ…狐?違う、此処に野生の狐がいるものか。…標野隊長ですか!」
〈へへっ稲ちゃんには悪いけど、此処で沈んで貰おうかなっ!〉
守はぴょんぴょんと右に左に跳ぶように移動する。守の正面を取る為稲見は体の向きを合わせるが、動き回られては足の方向も一向に定まらない。
「相手が狐である時の対処法は…あ、だが、標野隊長は人間。だとすると、狐で人間の対処法?……??」
謎の理論で謎にショートして、稲見の身動きが止まる。守は其処を飛び掛かった。
迫る守を目にした稲見。頭は碌に巡らなかったが、腕だけは勝手に動き、木刀を左手から右手に持ち替え、鞘から引き抜くようにして守に斬り掛かった。
「!よ、四の型っ稗貫っ」
〈ひょいっと〉
「っきゃうんっ!…きゅぅ……」
だが、斬り掛かったのが遅かったのか。刃が届く前に守は肉球を押し当てた。
小さな狐の体重は軽かったが体全体で飛び掛かられたら、立っていられないようで、守を頭に乗せた稲見は後ろに倒れ込んだ。後頭部を強く打ち、ショートしていた事もあり気絶した。守が退くと、稲見の両目の上に肉球の形の泥が残った。
〈危なかった~…あそこで木刀触れるとか誰も思わないよ。体に動きが沁み込んでるって事なのかなぁ?〉
守はぴょんぴょんと跳ねて、屋根を飛び移った。
「波千重さんが守にやられた!」
「やっぱり、狐の姿の守は身軽過ぎる。守を自由にはさせられないな!俺が追うっ」
稲見がやられるのは、守が作戦を開けっ広げに言った直後に襲い掛かった侍を相手にしていた真継と幸にも見えていた。襲ってきた侍の相手をし、すたこら離れていった守を見逃したが、其の考えが間違っていたのだと悟る。慌てて、相手をしていた侍に泥を付けて脱落させた真継は幸に声を掛け、守を追おうと屋根を飛び移ろうと足を踏み込む。
だが、自分目掛けて振り下ろされる木刀に足を止め、自らも木刀で防ぎ、木刀の主と向き直る。
そして少しだけ驚く。
「おっと、そうはいかないな」
「!…東。厄介な奴がきたもんだ」
「手の内を知っているのはお互い様だぜ」
梓 東人。九の隊の隊長である真継にとって、自分とこの隊員であり、同門であり、幼馴染である間柄の為に東軍でも手間取る相手だ。
真継は拮抗する木刀を東人の側に押して、後退し、木刀を両手共持ち直した。下がる前に切り裂こうとした東人の木刀は真継のいた蛻の殻の空間を通過したが、直ぐ構え直した。
踏み込むのは同時だ。
「いざっ」「尋常にっ!」
※ ※
一方、此方でも二人の青年による鍔迫り合いが発生していた。
久動 蝉と銀 瓜助。同じ五の隊で、稽古もよく二人でやっている仲だ。
「はぁっ!」「ぐっ」
カッ カッ
木刀と木刀が二度ぶつかり合い、木刀の軽い音が二度鳴る。普段は刀二本を手に持つ蝉だったが、此の大会には一本の木刀で参戦していた。両手の力を一本の木刀に伝える。
カッッ
「うぉ!?危ないっす…」
「ちぇっ…大人しく泥を付けてくれよ」
運悪くというべきか、跳ねた泥が蝉の頬に飛んできたが、首を傾げて何とか危機を回避した。
カッ
そして、また木刀をぶつけ合う。
「…瓜は跳ねた泥で勝って嬉しいんすか?」
「勝ちは勝ちだぜ。何時も稽古ですら勝ててねぇんだから、泥が付けば勝ちな時くらい蝉には勝ちを譲ってもらわなきゃな」
「そうっすか。じゃあこうするっすよ…『蝉の声 聞けばかなしか 夏衣 薄くや人の ならむと思えば』」
カカ…カカカカカカカカッッ
蝉が詠い終わると、蝉の持つ木刀が超高速で震えだし、触れあっている瓜助の木刀と短時間で何度もぶつかり合った。ぶつかった衝撃で二本の木刀にべっとり付いていた泥があらゆる方向に撒き散らされた。
詠った蝉はこうなる事を予測し、即座に木刀を手放し離れた。が、瓜助は諸に受けてしまい、体中に細かい泥の粒が付いてしまった。
「うぇっ!汚いぞ!」
「歌も実力の内って事で、禁止されてないっすからね。というか、瓜は日頃から俺の歌見てるっすよね?詠ってる間に離れれば良いのに…」
「あ、そうだった」
「瓜助…」
完全に頭になかったらしい友人の様子に呆れつつ、「解」と口にして歌を解いて、蝉は木刀を回収していた。二人のいる場所に静かに着地する音がした。
新手かと、蝉が目を向けるといたのは、一の隊の隊員で、戦っている姿なんて見た事の無い時雨 千草だ。
蝉は、目も隠れた千草に一種の不気味さを覚えていた。同じ都の侍でありながら、どのように攻めてくるのかも分からない相手に警戒心を引き上げる。蝉は、千草の口が動くのを見た。
「…。『――――…』」
「っ!」
詠っている。自身も詠い手であるから、何を狙って詠ったのかが気になった。
何が起こるのか分からないが、千草が木刀を上段から振り下ろして蝉に向かってきた為、応戦しようと木刀を向けた。
振り下ろす速さはそうでもない。瓜助よりも遅い。此れは防ぐのは簡単だと蝉は判断した。
千草の木刀を蝉は木刀で止めた。
なのに、蝉は状況を呑めなかった。止めている筈だ。いや、止めているんだ。自分の手が伝えている。
蝉の右頬、左肩、左脇、右腕、左膝。其処に泥の切り跡が残っていた。蝉と千草の木刀が交ざった瞬間、蝉の其処に形をある風のようなものが触れた事が感じられ、其処には泥がついていた。
もう勝負は決したと、千草は蝉の木刀から木刀を離し、もごっと口を動かす。口の動きを見れば、「解」といったらしい。
もう用は無いと千草は去った。蝉は去る千草に、自分が感じた風のようなものと似たようなものを感じていた。
「…泥、べっとりだな」
「…一緒に行こうっすよ、瓜」
「おうよ」
屋根を瓜助と共に降りた蝉は考えた。戦う事の少ない、どころか喋りもしない千草が命懸けでもない此処で歌を詠ったのか。
「(時雨さんが歌を詠うとこなんて初めて見たっす。俺があんな事言ったから使おうと思ったんすかね…?)」
歌も実力だと言った。しかし、歌があるから勝てたのでは意味が無い。歌に実力が備わって初めて、「歌が実力」だと言えるのだと伝えたかった。
何も語らなかった彼女に、蝉はそう思った。
蝉が千草にあっさりとやられてしまう一部始終を離れた所から見ていた白夜は、開いた口が塞がらなかった。
「(時雨さんは一体何をした?蝉が防いだ、と思えば、蝉に如何見たって木刀の切り跡でしかない泥が五か所出来た。其れも木刀の方向とは全く掠らない位置に。
春人さんと一緒で見えない速度で切ったと?いや、春人さんのを間近で見たんだ。違うのは分かる。時雨さんの木刀は一度振り下ろされただけ…だ。
考えられる事は二つ。俺がマジで見えなかったか、或いは…)」
白夜は木刀を持つ右手、を覆う泥の付いた手甲で左方向から向かってきた物を殴った。殴られたのは人位の大きな筆だ。其の毛に泥が含まれ、白夜が毛の直前の持ち手を殴ると、其の反動で毛が白夜の手の方に寄り、手甲に付いた。
だがしかし、手甲の泥も筆の泥も互いに付けただけだ。武器である為、何方も脱落にはならない。
「随分と余裕なようね?白夜っ」
筆は歌によって巨大化されたものだった。毛の先がばっさばさで、文字を書くにも適さなくなった筆を貰って武器とした者が此処に一人。
筆を持って、白夜を襲った人物、白菊は気付かれていない所を襲って防がれた事をちっとも焦っていなかった。此れで脱落させられなくとも、此れから倒せばよいと考えていたからだ。
白夜はやってきたのが白菊だと知ると、其の白菊が千草に教えを乞うている事を思い出した。
「襲うのは構わねぇけど、白菊。一つだけ質問させちゃぁくれねぇか?」
「何よ?」
白菊は押せ押せで白夜に釣撃しても良かったのだが、素直にも止まった。彼女の美徳な部分だった。
「時雨さんって、詠い手か?」
「……友が詠う所を目撃してるわ。詠う途中で止められたらしいから、歌意は分からないけど」
「…そうか。(なら、間違いなく歌に依るものか。しかし、今度はまた別の疑問が沸くな。ならあの歌意は何だ?得物を防いでも、一瞬で五か所以上切られる力だと?仮にあれが木刀じゃなく、刀だったなら…)」
脳裏に描いた想像に、白夜はぶるりと体を震わせる。
考えに耽り、勝負に集中しきれていない白夜の様子は、相手である白菊にもしっかり伝わっていた。
白菊はそんなに沸点の高い方ではない。余り足を引っ張る要素ではないが、此れが彼女の若干の欠点とも言えた。故に、白夜は白菊の心の中にある感情の紐を一本、バッサリと切っていた。
「私はそんな…考え半分でやられるような、やっっっすい女じゃないのよっっ!」
「うぉっ!あっぶな…」
ベチャッ
白夜がいた場所に筆の先が付く。重量のあるねっとりした音で、筆の毛の部分にどれだけの泥が含ませるのかを感じさせた。
「ちょっと待て。何そんなに怒ってんだよ…つーか、なんか言ってたか?よく聞けなかったんだが…」
白夜は白菊が怒った理由がよく分かっていなかった。考え込んでいた所を咄嗟に避けた為、言葉も耳に入っていなかったようだ。其の様子で白菊の中で三本位切れた。
「泥塗れにしてやるっっ!」
白菊は鬼の形相で大きな筆を振り被り、白夜に襲い掛かった。理由は全然分からなくても、兎にも角にも怒らせた事と更に怒らせた事実、それと何故か今白菊に対抗したら押し負ける事を悟り…白夜は一旦此の場を去る事を選んだ。無論、白菊は追いかける。
「逃げないでよっ!」
「逃げねぇわけがあるかっ!!」
※ ※
一方、のんびりとした空気の流れる大五郎茶屋では、ある訪問者を迎えていた。
「やぁ調子は如何かなぁ?」
柔らかい口調で話す其の人は若浦 鶴。都の各地域を任された隊の、更に纏めを主に任されている十四の隊の隊長である。彼に気付いた夜明が一番に声を掛けた。
「あ、若浦さん、こんにちは。上々だと思いますよ。都に住む皆さんからも苦情は無く、賭けすらも始まっている様子で、侍の皆さんも参加して良かったと」
「ふふ、みんな楽しい事は好きだからねぇ。そういえば、私の隊から参加した稲見君は如何だい?」
そして、此の大会に参加している波千重 稲見は鶴のところの隊員だ。自分を慕う彼を滅法に可愛がっている為、気になってやって来たようだった。
「あぁ……其れが………」
ズゴンッ
鶴に、列になった脱落者達を順番に確認していた途中の友が言い淀むと、地面に物がぶつかった鈍い音がした。
「鶴さん申し訳ありませんっ!!此の稲見、早々に呆気無くやられてしまいました…!此の惨めな様、地面に頭を打ち付け、血を流そうと足りないくらいで御座いまする…!!」
人が土下座をする勢いで、頭を地面に打ち付けた音だったようだ。
友も夜明も、此の御遊びともいえるイベントで自傷に走る人を目の当たりにして声掛けに困ったが、鶴は気にせず、土下座で顔の見えない稲見に話し掛けた。
気にしないというのは、十四の隊では普通の事だと示している。
「誰にやられたんだい?」
「標野隊長です」
稲見は頭を下げた儘、会話をしていた。鶴は稲見の回答に納得がいったようだ。「あぁ~」と声を漏らした。
「守君かぁ。きっちりかっちり型の通りに刀を振る稲見君とは相性が悪いねぇ」
「俺は人との戦い方も、狐との戦い方も、鶴さんの御陰で準備が出来ていた、つもりでした。…しかし!人で狐との戦い方を準備していなかった!此れぞ正に準備不足なるもの!!もう俺は地面に頭を打ち付ける事しか出来ませぬ…」
稲見は土下座でヘッドバンキングしだした。其れは如何いう事か。地面に何度も頭突きをするという事だ。
止めなければいけない事だろうに。しかし、鶴は話を聞いていただろう友と夜明のの方を振り向いた。
「稲見君はね、何処の、と言われても困るとは思うけれど、此の都に構える剣術道場の息子でねぇ。初代すらも抜いて流派一綺麗に型通り刀を扱えると評判なのだけれど、如何せん綺麗過ぎて、単純に刀を振るう事も出来ないのさぁ。
そうもなると、自由気儘に動く守君とは相性が悪いねぇ…」
鶴の話し方はのんびりしているから、此処迄話すのに、何度稲見が頭を打ち付けただろうか。夜明も友も地面が赤く染まらないかが心配でならなかった。
そして、やっと二人に親切にも補足し終えた鶴が稲見の傍でしゃがんだ。
「稲見君。地面に頭をぶつけていても、守君には勝てないよぉ。此れ迄の成果は出せたのだろう?其れは君が進めた証拠さぁ。なら、出来なかった事を反省して、次に進めるようにすれば良いさぁ。私も手伝うからねぇ」
憧れの隊長に励まされ、やっと顔を上げる。ヘッドバンキングが逆転した早さをしていた。
「はいっそうですね!鶴さんの言う通りですっ!今すべきは頭を地面に打ち付ける事でなく、出来なかった事を反省し、次にすべき事を考えるべきだったのですねっ!
俺は今から、人で狐との戦い方について考えていこうと思いますっっ」
ぎりぎり血は出ていない、赤い額を見せながらキラキラした目で稲見は宣言する。
聞いていて、狐の姿をした人って限定的過ぎないか?守さん以外に使えないよね?と思う友であったが、場に合わなかったので黙る事にしたのだった。
西軍…
十一の隊、言撫 幸
九の隊、葛飾 真継
拾参の隊、佐野 渡
伍の隊、久動 蝉 ×
十四の隊、波千重 稲見 ×
拾伍の隊、国原 印南
拾伍の隊、香具山 楮
(一応)七の隊、折霜 白菊
……
…
残り二十一名
東軍…
十の隊、標野 守
九の隊、梓 東人
十二の隊、五月雨 大河 ×
伍の隊、銀 瓜助 ×
参の隊、夕山辺 燈
一の隊、時雨 千草
拾伍の隊、耳成 思色
(現状)伍の隊、鵲 白夜
……
…
残り二十六名
東軍一歩リード
一話で終わるかな、と思ったのに次まで続きます。
それぞれの隊の呼び名は、設定上は都に住む人から呼ばれるものとしているのですが、この話だと大体主人公達と侍の関係者で構成されている所為で思っていたよりも出て来ない、完全に忘れ去られた設定なんですよね。しかし、出せるときは見苦しくとも出していきますよ。
結局は私自身の自己満の小説ですから。
今回、波千重 稲見の剣術の型を出しましたが、彼は「剣術の型がとても上手だがそれゆえに型以外の刀の切り方が出来ない」ということのみ決まっていましたが、型の内容は一切決めてませんでした。特に重要な事でもないのでぱっぱと決めましたが、
一、正津 まさつ
二、米代 よねしろ
三、雫石 しずくいし
四、稗貫 ひえぬき
五、追良瀬 おいらせ
六、迫 はさま
となっています。今後使う設定かは分かりませんが、ある事だけ共通させてみたので載せました。六つの共通点は分かりますか?
なお、時雨 千草の歌は此処にはまだ載せません。まだ全貌は明かしていないので。
相変わらず、似たような文章、似たような言葉遣いで出来た拙い物語ではありますが、今後ともよろしくお願いします。
誤字脱字、文章的におかしな点はないでしょうか?




