09話 イベント開始準備
「あれ、もう食べているんですか?」
リビングへ戻ると、既に食事を始めていた姉妹。まだ弁当を温めている段階だと踏んでいたのですが。
「あら、おはよう。今起きたの?」
天姉がしれっとした顔で、ヘイトを稼いできた。
「──盾持ち相手に挑発ですか?」
「冗談よ、冗談。お先に頂いているわ」
「蓮にぃも早く食べてゲームしよ」
ようやく目を覚ました姉妹は、寝ぼけた口調ではなくなり、本来の話し方に戻っていた。もう昼過ぎなのだから、当たり前の筈なのだが、どうも休みになるとゲーム三昧で生活リズムが乱れる様子。
「それは構いませんが……弁当、温めてないんですか」
「レンジ、壊れているもの」
あまりにも食べ始めが早かった事から、そもそも温めていないと結論に至ったのだが、それ以前にレンジが動かないという事態に陥っていた事が判明した。
「え────本当ですね。あー……父さんに連絡して資金送ってもらっておきますね。いつになるか分からないので、今回は余分な生活費から出しておきます」
通りで早い訳ですね。それにしてもレンジが壊れたとなると、買いに行かなければならないのですが、休日はお金をおろすのに手数料が掛かりますし……。実体のない物にお金を払うのは、納得いきません。
かといって、レンジを買うにも休日にいかなければ時間もありませんし。難しい所です。
そんな心情を無視して、僕の言葉の一部に反応したまやが、瞳を光らせ問いを放った。
「蓮にぃ? 余分な生活費なんてあったの?」
「生活費が過剰なんですよ、父さんは金銭感覚がおかしいですからね。その分、緊急時用に貯めておけるのでありがたいのですが」
「それなら課金に使っても──」
「それは駄目ですよ? 一度やってしまうと際限なく注ぎ込んでしまうので。そのために金銭管理してるんですからね」
やはり課金か、と予想通りの問いが為された所で、用意しておいた拒否の言葉を口にする。
「むぅ。蓮にぃ、ケチ」
「一般的な節約ですよ。現実は何が起こるか分かりませんからね。貯めておいて損はありません」
この話は終わりとばかりに、席に着いて常温の弁当を食べ始めた。
「れんれんはまたのり弁当?」
「はい。弁当といったら、のり弁当が定番じゃないですか? それに美味しいですし」
「私はあまり好きじゃないわね」
「あたしもあまり。蓮にぃくらいだよ」
「そうですかねぇ? 磯辺揚げとか美味しいと思うんですけど……あ、インスタントですが、ワカメスープもありますけど飲みます?」
「蓮にぃは飲むのー?」
「えぇ。そのつもりですが」
「じゃあ、あたしも飲む」
「天姉は?」
「私もお願いするわ」
死ぬほど好きという訳ではないが、それなりに好みの弁当の良さを分かって貰えず、微妙な心境。まぁ他の弁当と比べてしまうと、確かに地味だからしょうがないと言えばしょうがないだろう。
諦念しつつ、三人分のスープを作りに席を立つ。
「やっぱりコンビニのお弁当はないと思う」
「そうね。添加物が多いのよね」
「じゃあ、せめて朝早くからゲームに引き込まないで下さいよ。そうすれば作れましたのに」
背後から昼食に対するブーイングが起こるが、そうなった経緯に文句を返す。
「あたし達を起こさないで作れば良かったのに」
「いや、今日イベントだから早く昼食取りたいって言ってませんでした?」
だから弁当にしなければ間に合わない、と。
「──そうだった。今日イベントだった。天姉!」
「そうね、こうしてはいられないわ。私の分のスープ、れんれんにあげるわ」
「あたしもあげる」
とっくに忘れていた様子の二人は、食事のペースを上げて、僕に無茶ぶりを仕掛けてきた。
「えぇ? ちょっと待って下さい? 僕一人で三杯も飲まなきゃいけないんですか?」
既に作ってしまったワカメスープ。その三杯が僕の物となった現状は、なかなかに厳しい。
「れんれん、食べ物を粗末にしちゃ駄目よ? ごちそうさまでした」
「蓮にぃ、頑張って。後、早く来てね? ごちそうさま」
「何ですかそれ……まだ弁当も食べ終わってないんですけど」
応戦虚しく、二人は自室へと戻っていった。
────食べますよ食べればいいんでしょう!?
やけを起こしながら、無理矢理全てを胃の中に入れ込んだ。
★ ★ ★
うぅ、少し動くと胃の中の液体が音を立てるこの感じ。気持ち悪い……。
自室へ向かうその途中で、不快感を覚えながら歩を進めていた。
食料の廃棄が問題となっているこの世の中。少しでも無駄を減らそうと食べきったものの──。
「適切な量を見誤らないようにしないと。今回はどうしようもないけど」
元々、少食の僕には、あの量は辛い物があった。少し腹部が張っているような気もするが。
それはさておき。
「イベントって言ってたけど、よく内容読んでなかったんですよね。何のイベントなのでしょう」
多少の期待を持ちつつ、自室に入り込む。
「──レンジは明日買く事にしましょう。今日は仮想世界でゆっくりするとします」
ハードを首に装着し、電源を入れる。
何だか言って、やはり自分もゲーマーの一員だと再度自覚しながら、意識を別の世界へと飛ばした。