脇役令嬢、不敬を働く
別名、すれ違う(未)恋人達
「マティ、考え直してはくれない?」
「往生際が悪いわ、ローヴェ」
「サヴィも、とめて」
「でも、私もマティに賛成だし。あのこ、きらい」
「っ、でも、噂では彼女は人気者で」
「それ、どこ情報なのかしら」
「殿下だけではなく、殿下のご友人にも好かれてる、と…」
「あら、それってキルクス兄様も入っているの?」
「そ、それは…」
口ごもるローヴェに、小さな溜め息。
「いい加減、諦めることを諦めてほしいものだわ」
「マティ…」
「じゃ、行ってくるわね!」
じゃ!と片手をあげて颯爽と立ち去る。
ローヴェは呆気に取られて、気付いた時には既に後ろ姿さえ見えない距離。
サルヴィアはそんな二人にお腹を抱えて笑っていた。
「あっはっは!マティてば、意外に行動派だよね」
「笑い事じゃありませんわ。もう…」
諦めたように溜め息をつくローヴェ。
そんなローヴェを優しい眼差しで見やるサルヴィア。
結局は、みんなが互いを想っている。それを知ってるサルヴィアは、敢えて傍観者になろうと、決めた。
「大丈夫だよ、マティなら」
いつも、どこか自分達より大人びた視線で傍で支えてくれている親友を、信じているから。
──一方、わが道をゆくマティさん。
前方に対象を発見し、ゆっくり近付いていく。
「──…ご機嫌よう。アティオ様」
「!…あ、あなたは」
「マティアラですわ。覚えてらっしゃいますか?」
にこり、笑みを貼り付ける。
目の前のアティオは、怯えた体で頷く。
「は、はい…もちろんです」
「そんなに怯えないでください。何もしませんわ」
苦笑を浮かべてやれば、瞳が揺れる。
「え、」
言いづらそうに俯くアティオに、不思議に思い首を傾げる。
「何か?」
「いえ、」
「──アティオ!」
一歩近づく私と、後退るアティオ。
その瞬間、聞こえた声に。
びくり、反応したのはどちらだったのか。
アティオを庇うように現れた、2つの影。
「っ、殿下…」
厳しい眼差しを向けるのは、シグナゼル殿下。
そして、気遣うような、視線の持ち主は。
「…ウェン」
「マティ…」
親友に似た美しい顔立ち。
気まずそうに名を呼ばれ、何故、と思う。
だが、後ろに庇った存在に、ああそうか、と諦めにも似た思い。
「お二人とも、血相を変えていかがいたしました?」
余裕を感じさせるよう、内心は押し隠して。
「アティオに、絡むな」
「心外ですわ。ただ、声をおかけしただけですが」
睨み付ける殿下に、つい返しそうになるのを抑える。
「聞いたぞ。最近の嫌がらせ。それもお前達の仕業か?」
「は?」
しかし、殿下の言葉に理解が追い付かず、ついバカにしたような声音になってしまった。
けれど、仕方ないだろう。
全くもって理解不能だ。
「何の話か、わかりかねますが」
「白々しいな。お前達がアティオを呼び出した日から、アティオの周りで嫌がらせが起きているらしいじゃないか」
殿下の向こう、庇われている存在に目を向ければ、びくり、反応を示す。
(ふうん、)
それに目を細めて。
再度殿下に目を向けた。
「それが、何故わたくし達の仕業になるのか、理解できませんわ」
にこり、冷笑。
それに、少しだけ怯んだように見える。
私は、怒っている。
この、本当にどうしようもないバカ男に。
「誰か、目撃した方がいらっしゃるのですか?
証拠もなしに、このような、人の目がある場でわたくし達を侮辱するような発言。…殿下は本当に、周りが見えなくなってしまったのですね」
「なっ、」
「不敬罪と、仰るのならどうぞ。
ただ、あの日、ローヴェに言われたことも忘れてしまったのなら、この国に未来はありませんわ。不敬罪で死んだ方がましです」
「おまえ、」
「自分の婚約者のことも理解しようとせず、あまつさえ、ずっと尽くしてきた存在よりも他人の言葉を信じ」
そこまで言って、ちらりと、もう一人の──ウェンと呼んだ存在に目を向ける。
「家族にまで信じてもらえないなんて、ローヴェが哀れだわ」
びくり、台詞にか、視線にか。肩を揺らす相手に、少しだけ感情を乗せてしまう。
寂しく、悲しいと、視線にのせて。
「自分の姉のことすら、わからない…?
ずっと一緒に育ってきて、そんなことのできる人間じゃないと、どうして胸を張れないの?」
姉。
そう、現れたもう一人は、ウェンスラン・ジョエル・ファクター。
ローヴェの、弟だ。
「っ、」
「ウェン。…殿下。」
すう、と息を吸う。
暫く、学園には帰れないかもしれないと。覚悟して。
せっかく会えたのに、また暫く会えないかなと、諦めたように笑って。
「…私は、もういいです。でも、ローヴェのことは、もう一度見てあげてください。ちゃんと、向き合ってください」
今までのローヴェを、なかったことに、しないでください。
頭を下げる私に、三人は固まったように動かない。
私は、それだけ言うと、踵を返した。
殿下と同じ。
公衆の面前で、不敬罪とも取られる発言をした。
違うのは、その相手が私とは比べ物にならないほどの高貴な方だということ。
きっと、見聞きしていた者から、話は回る。
私は、どうなるだろう。
「これでも変わらなかったら、どうしよう」
ローヴェ、ごめん。
窓から見える空が、眩しかった。
(せっかく会えても、わたしたちはいつからこんなに遠くなってしまったのかな)
サヴィ「あ、マティ。どうだっ」
マティ「ごめんなさい。とりあえず、帰る準備をするわ」
ロー「?マティ、一体」
教師「マティアラ・ビーミリア!直ちに学園長室へ来なさい」
サヴィ・ロー「え?」
マティ「…ごめんなさい。行ってくるわね」
サヴィ・ロー「マティ!!」




