20.宝物のありか
透花の家から走って距離を取る。
それほど距離を取った訳じゃないのに、まるで長い距離を走った後みたいに全員くたくただった。
美玖は短く息を吐いてその場に座り込む。
「美玖、大丈夫かよ……」
心配を投げかけながら美玖を見ると、彼女は少しだけ目に光を灯していた。
「私……分かったかも。律の宝物」
「「え?!?」」
美玖は肩で息を切らしながらも自信ありげに笑う。
「律が笑った時にね、襟の隙間から紐が見えたの。茶色っぽく変色してる紐。たぶんあの子……首に自分の宝物を掛けてるんだ」
「それだけ? それが宝物かなんてわかんないだろ?」
湊人は「はぁ?!」とでも言うように眉毛を上げて美玖を見る。その言葉に美玖は少し悔しげに口をギュッと結んで、ポケットから小さな包みを取り出した。
透明な包みの中には、小さなビーズを繋いで作られたストラップのようなものが入っている。
包みの端にはマスキングテープが貼られ『みくちゃんへ』と名前が書いてあった。
「これ、透花の部屋の引き出しで見つけたの。透花……こういうのを作るの好きだったみたい。手作りのネックレスやブレスレットも机に沢山入ってた。作りかけだったけど、大和や幹介の分もあったよ」
美玖の手の中で、包みに使われたナイロンがクシャリと小さな音を立てる。
「こんな可愛いのが机の中に沢山あるのにさ、首からあんなボロボロの紐をぶら下げてるなんておかしいよ。律は宝物を持ち歩いてるんだ。無くさないように」
絶対的な自信を持って、美玖はそう言い切った。
幹介と優也は「首にかかってるのか」と難しい顔をする。体育の時も身につけているんだろう。律があの紐を首から外すことは殆どないのかもしれない。
こっそりと奪うことはできなさそうだ。
「律と……全面対決だ」
俺の言葉に、幹介、美玖、功太は大きく頷いた。
♦︎ ♦︎ ♦︎
「はい、じゃあ皆さん。次は二学期に会いましょう。くれぐれも陽が落ちてから外に出る……なんてことはないようにしてくださいね」
先生は笑顔を顔に貼り付けながら、主に俺を見てそういった。
律の「はーい!」という明るい声が隣で聞こえる。
一学期の通信簿。
先生からのコメントには『みんなをまとめる存在としてクラスや学校で活躍しています。困っている友達に声をかけ、助けてあげる優しさが輝いていました』と書かれていた。
きっと透花がいなくなる前に書かれたんだろうな思いながら、それをランドセルに片付ける。
「美玖ちゃん。今日はどこで遊ぶ? それともさ、夏休みの宿題もうやっちゃってもいいかも。また教えて欲しいんだぁ」
先生が教室を出たタイミングで、透花はランドセルを背負い美玖に駆け寄った。
美玖を俺達から引き離そうとするみたいに、美玖の手を握って教室の外に引っ張ろうとする。
「おい。待てよ……律」
里奈と優也が言っていた『律』という名前を、アレにぶつけた。
すると律は、美玖の手をそっと離して、ゆっくりと俺に振り返る。
「アハっ。やっぱりバレてたんだ」
律は笑っていた。
目を細めて、すごく楽しそうに。
口の端をめいっぱい上げて『透花』の白い歯がその口の隙間から覗いている。
昼の明るい日差しが教室に入ってきているのに、空気が冷たくて重い。
まるでこの間案内されたデグチの祠にいるみたいだ。身体に何か冷たいものがまとわりつくような感じがした。
「名前までバレていたとは思わなかったなぁ。もしかして里奈ちゃんに話でも聞いたの? それとも神主のおじちゃんに話でも聞いた?」
彼女の質問に誰も返事をしなかった。
律はそんなことに構うことなく、俺たちを笑った。
「いや……大人は何も話すわけないか。自分達がちょっとでも幸せな人間らしい暮らしがしたいからって、子供を作るんだもん。子供のうち一人は、一生この村から出ることができない事を分かってて、また産んじゃうんだよ? とても自分勝手だよね。大人って」
律はお腹を押さえるように手を添えて、ケラケラと笑う。
「透花を騙して連れて行ったくせに。お前が言うなよ」
「だって仕方ないでしょ? 誰かが代わってくれなきゃ、アタシはずっとあのままだったんだもん。何年も優しい幽霊のふりをして連れて行っても、みんないざってなると怖くて逃げ出しちゃうの。透花ちゃんみたいに、簡単に騙されてくれないんだよ?」
ケラケラケラ。
ケラケラケラ。
律は笑い続ける。
背骨が痛いくらいに冷たい。
美玖と幹介と功太は、笑い続ける律に吸い寄せられたみたいに固まっている。
「透花も……じきにイリグチ様として子供を連れて行こうとするのか?」
俺の質問に律は「ん?」と笑うのをやめた。
「しばらくは大丈夫じゃないかな。だってこの村でアタシのことが見えていたのって、透花ちゃんと里奈ちゃんだけだったもん。今から産まれる子が見えるかどうかで変わってくるけど、見える子ってなかなか生まれないから」
律はそう言って深い絶望の影を一瞬落とした。
イリグチ様として生きてきた律の中の底知れない憎しみや、世界に対する根深い恨みが一瞬見えた気がした。
それに蓋をするみたいに、律はすぐに笑顔の仮面をつけ直す。俺に向けられた笑顔はとても冷徹で、温かさなんて微塵もない。
「“見える子ども”は大人が幸せを望む限り、いつか産まれてくるよ。それはもしかしたら、大人になった『大和くんの子供』かもしれないね? アハっ」
楽しそうに笑い続ける律。
美玖が小さく「そんなの嫌……」と呟くが、その声は律の笑い声にかき消された。
俺は律に見えないように、汗でぐっしょりと濡れた手を握った。
大丈夫。
この嘘は絶対にバレない。
そう何度も自分に言い聞かせる。
「じゃあさ。どうすれば透花をずっとイリグチ様にできるのか教えてくれよ」




