12.神主の家の書庫
「ずるい。私も仲間に入れてよ」
次の日の放課後、『透花』からの誘いを断るとアレは頬を膨らませながら怒った。
美玖は透花に対して完全に怯えている。
軽い調子で「ごめんごめん」と言いながらも、顔色は悪く表情は硬い。
「里奈と遊べばいいだろ。あんなにずっと里奈里奈って言ってたじゃんか」
俺がそう言うと、透花は突然ゾッとするほどの冷たい目を俺に向けた。
「私が里奈に取られるからって、かなり早くからお祭りにも誘ってくれたのに、大和……ひどくない?」
拗ねているような口調なのに、彼女は冷たい目を俺に向けながら口元だけ笑っている。
すごくチグハグに感じるのは、コレが透花じゃないと分かっているからだろうか。
「せっかくこの村に来たんだもん、みんなともっと仲良くなりたいんだよ。ね? 分かってくれるでしょ?」
アレは笑顔を固定しながら俺に一歩踏み出した。
顔は透花なのに、発せられる圧がまるで違う。
嫌だって言いたいのに、喉の奥で声が詰まってしまったみたいに出てこない。
彼女はそれを察したみたいにスッと目を細め、俺にまた一歩近づいた。
「それとも、アタシに内緒にしなきゃいけないことでもやってるの?」
俺にだけ聞こえるような小さな声で、悪意を込めた冷たい息を耳元に吹きかける。
――その瞬間、俺の服を背後から勢いよく掴んだ幹介が、顔を真っ青にして叫んだ。
「僕たち急ぐからごめん! また明日ね」
幹介は、俺の服を掴んだまま昇降口に向かって走り出しす。それに引っ張られるように功太と美玖も後に続いた。
後ろを振り返ると、アレも廊下に出てきている。
彼女は、口の端を目一杯あげ、裂けるような笑みをずっとこちらに向けていた――。
♦︎ ♦︎ ♦︎
村の一番東にある優也の家。
長い階段の下についた俺たちは、先ほどの透花について誰もうまく話すことができなかった。
ただ、やっぱりアレは透花じゃないという確信と、気持ち悪さだけはみんなが感じているみたいだ。
「大和ー!」
一時間ほど待つと、授業を終えた湊人と優也が俺たちと合流する。
優也の家は、村を見下ろせそうなくらい長い階段の上にある。長い階段を登りながら、先ほどの話をすると二人は笑い飛ばした。
「こりゃ重症だなー」
「小学生は繊細で大変ですねぇ」
そんな風に茶化されながら階段を登り切ると、ようやく到着した。
村の他の家々とは格の違う大きさを誇る神主の家。
威圧的なほどに大きな母屋。その隣には、黒ずんだ木材と白い漆喰でできた蔵がある。
地震があったら真っ先に倒壊しそうなほど古い建物だ。
その母屋と蔵の前には小さな運動場のように広い空間がある。
村には寂れて雑草まみれの公園しかないため、昔はよくここで遊ばせてもらった。
夏休みにここで遊んでいると、優也のお母さんが切ったスイカを母屋の縁側に運んでくれる。
縁側に並んで座り、滴る果汁で口の周りや手を汚しながらそれを食べるのは、俺達の夏の恒例行事みたいなものだった。
優也は「ちょっと待ってろ」と言いながら母屋に入っていく。5分も経たずに扉から外に出てきた。
「今は父さんがいない時間だけど、じきに帰ってくる。急いで入るぞ」
優也はとても悪そうな顔で錆びた古い鍵を取り出した。
母屋にある父親の部屋から取ってきたらしい。
それを蔵の鍵穴に差し込むと、ガチリと音がして古い木の扉が開く。
中は真っ暗で、チヨ婆の家よりもっと古い匂いがした。
土壁と埃と、長い間閉じ込められていた湿気が混ざり合ったような、独特の重い匂い。
壁にぶら下がるように垂れている小さなスイッチの電源を入れると、天井の真ん中にある電球が虫の羽音のような音を立てながらオレンジ色の光を放つ。
闇が押し返されて、蔵の中が姿を現した。
「これ、漫画みたいでしょ」
蔵の一階は、儀式で使われる道具の倉庫のようだった。
天井まで届きそうなほど、木箱や段ボール、プラスチックケースが積み上げられ、その上に埃が薄く積もっている。神主の真っ白な衣装や、豪華な刺繍が施された白の装束が、壁のフックに何着もかけられていた。
優也は土間に靴を脱ぎ捨て、「こっちこっち」と声を潜めて合図をしながら、急勾配の木組みの階段を登り始める。
ついていくと、階段の先にある二階の空間が広がった。
一階の雑然とした雰囲気とは一変して、そこは秘密の書庫のようだ。
壁一面に古びた木製の本棚が並び、中央には小さなテーブルが置かれている。
「うわーなんかお宝が眠ってそう」
「お宝なんてねぇよ。俺の先祖が書いた資料だけらしいぜ。ただ、昔イタズラしに入ったらめちゃくちゃ怒られたから、下手に触るなよ」
優也はスマホのライトをつけ、棚を照らしながら目的のものを探した。
棚の前に来ると、触っただけでボロボロになってしまいそうなくらい、茶色く変色した紙が沢山あった。それらは丸められたり、遠足のしおりみたいに綴じられているものもある。
遠足で博物館に行った時、こんなのを沢山見たっけ。
そう思いながら、見える範囲の文字を読もうとしたが、ミミズのような古い文字で読むことはできなかった。
「あったあった」
優也の声に振り向くと、彼の手にはこの場所にそぐわない現代風のノートがあった。
『No.32』
表紙にただそう書かれただけの、湊人が中学校に持って行っているのと同じシンプルなノート。
それは、この書庫の中でとても異質に見えた。




