11.手がかり
俺たちは逃げるようにして里奈の家を出た。
家を出た後はみんなチヨ婆の家へと無言で走り、急いで扉を閉める。
息が全然できていなかったみたいだ。
心臓がバクバクと、痛いくらいに胸を叩いている。
功太と美玖に至っては、顔が真っ青になって震えていた。
幹介は息を切らし、膝に手をついて俺を見た。
「なぁ、あの話どう思う??」
「どう思うも何も……わかるわけないだろ。でも……話を聞くと透花とよく似ているような気がした」
美玖も「そうだよね」と息も絶え絶えに小さく呟く。
俺達が『見ることができない誰か』に呼ばれた。
里奈も、透花も。
二人の違い。
それは――神社から戻ってきた里奈はおかしくなり、神社と反対側の祠で見つかった透花は別人のようになっていたってことだ。
靴を脱ごうとすると、玄関にはすでに二足の靴が転がっている。
毎日見ている白いスニーカー。湊人の靴だ。
「お、大和。学校、大丈夫だったか?」
居間に入ると、畳の上にお菓子とジュースが広げてあった。
湊人と、優也はそれを囲むようにしながらスマホでゲームをしていたらしい。
優也は俺たちを見て「おう」と小さく手を上げた。
優也は神社の神主の息子だ。
美玖と幹介と功太、四人で顔を見合わせた。
「優也君!!」
俺は優也の肩を掴み、お菓子をぶちまけそうな勢いで迫った。
「神主の息子だろ! 正直に話してくれ!」
二人の共通点は神社だけ。
手がかりは彼しかいないと思ったからだ。
「な……なんだよ?!」
俺たちは透花に関する全てのことを二人に話をした。そして、先ほど話を聞いた里奈の事も。
俺達の話を、二人は子供の大袈裟な作り話を聞くような態度で聞いていたが、里奈の話の辺りから優也の様子が少しおかしくなる。
全てを話終えた時、優也は難しい顔をしていた。
それとは対照的に、湊人は「大袈裟だなぁ」と俺達を笑い飛ばす。
「透花ちゃんが見つかって、頭もおかしくなってなかったんだろ? なら良かったじゃん。透花じゃないなんて、お前たちが怖い思いをしたからそう思ってるだけだって」
湊人は手をひらひらさせながらスマホにまた手を伸ばす。しかし優也の「待って」という声に動きを止めた。
「みんなはさ、イリグチ様の祭りってなんのためにやってるか知ってるか?」
優也の質問に、俺達は首を横に振った。
イリグチ様のお祭りは出店が出て、お菓子がもらえる。
それ以上でもそれ以下でもなかった。
「じゃあ、イリグチ様ってなんの神様か知ってる?」
「死んだ人の世界と、生きている人の世界を繋いでいる……んだよね?」
幹介の答えに優也は頷いた。
「俺さ、神社の家の息子だろ? 祀られてる神様のこととか、やっぱり小さな時から教えられるんだよ。イリグチ様ってさ、言ってしまえば『境界線』を守る神様なんだ。ただ、怨霊みたいな側面もある」
「怨霊……?」
「そう。ただ霊じゃないけどな。死んでるわけでもないし、生きているわけでもないって父さんが言ってた。境界線を守る道祖神って神様の変異型みたいなもんだって」
「変異型」なんてゲームのような単語が出てきて、俺は首を傾げた。神様にも種類があるのだろうか。
「死んでるわけでもないし、生きてるわけでもないっていうのは……生と死っていう現象を超越した存在ってこと?」
幹介は優也の話を自分の中に落とし込むように、口に手を当てた。
「そう。生きて、死ぬっていう人間っていう生き物と同じものじゃなくなってる――イリグチ様はな」
優也はそこで、俺達の反応を一つも見逃さないとでもいうように全員の顔を見回した。先程までけたたましく鳴いていた蝉の声が、意識の外に追いやられていく。
「死者の世界と生者の世界の境界線を守らせるために、子供を生贄にして作られた神様なんだよ。だからお祭りで、その時生贄になった子供……イリグチ様を鎮めてるのさ」
さらりとそう言われて、背筋がぞくりとした。
湊人は「去年も聞いたけど本当にその話、気持ち悪い」と言いながら顔をしかめる。
「今年、夜の祭り見に行ったんだろ? 大人達がなんて言ってたか覚えてる?」
「アイスマ……えっと」
「相済ぬ。……それってな? ごめんなさいって謝ってるんだよ。生贄にしてごめんなさいって。大人だけが参加を許される夜の祭りは、村の人間が交代でイリグチ様に謝り続けるっていう儀式なんだ。この後、罪科を御赦しあれって続くらしい」
生贄にしてごめんなさい。
あの時――
大人たちは、まるで土下座をするように地面に頭を擦り付け、神社の入り口にある祭壇を向いていた。
美玖は半分耳を塞ぐように頭を抱えながら優也をみる。
「ごめんなさいって謝らないと、悪い事が起こるってこと?」
「そう。子供を連れていかれるんだ。聞いたことあるだろ? 気に入った子を連れて行くって。子供を夜外に出すなっていうのも、生贄にされたイリグチ様が子供を連れて行くからさ。でも、イリグチ様はどんなに儀式をやろうが、祭りを開こうがずーっと怒ってるんだよ。どうせ怒ってるんだから俺は祭りなんて意味ないと思うね」
じっと静かに話を聞いていた幹介が顔を上げた。
何も分からなかった暗闇の中で、一本の光る糸を見つけたように目を光らせる。
「じゃあ、里奈と透花はイリグチ様に連れていかれたってこと?」
「さあ? 状況が似てるなと思っただけ。俺も全部は教えてもらってないんだ」
優也は座ったまま天井を仰いだ。
呆れたようなため息が彼の口から漏れる。
「俺……この村がずっと気持ち悪くてさ。さっさと出ていきたいんだよね。でも長男だろ? だからせめてもの反抗にって髪の毛を染めたんだ。そしたら、大切なお役目があるのにってめちゃくちゃキレられて『神社は妹に継がせる』って父さんに言われた。ラッキーだろ? だからこれ以上は聞いてないし、詳しくは分かんねぇ」
視線を天井から戻した優也は、真剣な顔をしている俺たちの顔を見て笑い出す。
「夜にいなくなった子供っていうのがイリグチ様の話に似ているなって思ってちょっと揶揄っただけだよ。迷信だ、迷信」
迷信?
でも、無関係とは思えなかった。
ただ里奈が言う『律』、透花が言う『里奈』がイリグチ様だったとしても二人はいなくなったわけじゃない。
二人ともちゃんと戻ってきた。
里奈は様子がおかしいし、透花はまるで別人のようになっているけど……。
――わからない事だらけだ。
「それってもっと詳しく載ってる本とかってないの?」
功太の素朴な疑問。
インターネットにないのに、本があるわけないだろとため息をついた。
でも優也は、功太の言葉にパチパチと瞬きをして口を開く。
「あるよ?」
「え……あるの?」
「ああ。俺んち、じいちゃんが早くに死んだんだ。だから父さんが早くに神社を継いだんだけど、大変だったんだって。だから、もし何かあった時のために昔の記録を分かりやすく纏めてるって言ってた。まあ妹の知佳はまだ7歳だからな」
そう言った優也は手を顎に当て、考えるように上を向いた。そして悪い笑みを俺たちに向ける。
「面白そうだから手伝ってやるよ」
湊人も「確かに面白そう」と言い出したことで、優也と湊人は悪巧みをする子供のような顔になる。
明日の放課後──
優也の家の前で俺たちは待ち合わせる事になった。




