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イリグチ様 ─逃げなかった子供だけが背負う呪い─  作者: 白波さめち


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10.里奈


 里奈の家は学校のそばにある。

 古い母屋には里奈の祖父母が住んでいて、里奈と母親は三年くらい前に建てられた離れで暮らしているらしい。

 

 離れの前に里奈の母親の車がない。

 外出しているのは好都合だと、俺は何度もチャイムを鳴らす。


「里奈! いるんだろ?? 出てこいよ!!!!」


 全員で何度も里奈の名前を呼ぶと、やはり彼女は家にいた。

 扉の向こう側から「何?」と小さい声が聞こえる。


「透花がいなくなったんだ。どこにいるか教えろよ」


「……知らない」


 そっけない里奈の返事に、ドンと扉を拳で叩いた。


「嘘つけ。透花とずっと会ってたろ」


「知らない。透花って誰?」


 しらばっくれる里奈の平坦な声にイラッとした。

 すると美玖が扉に向かって切実な声で語りかける。


「里奈! この間、私透花と里奈の家に行ったよね? 二人で遊びたかったのに、邪魔してごめん! だから透花がどこにいるかだけ教えて!!」


 里奈は美玖の声にしばらく黙った。

 俺たちは心臓が握りつぶされるような気持ちで里奈の返事をただひたすら待つ。

 すると聞こえるか、聞こえないかくらいの小さな声で里奈は俺たちに告げた。


「透花って子は知らない。きっと(りつ)が連れていったんだよ」


 律??

 聞き覚えのない名前に俺たちは顔を見合わせた。


「里奈、六月の終わりに透花って子が転校してきたんだ。その子は放課後、毎日のように里奈と会ってるって言ってた。その子が、この間のイリグチ様のお祭りの夜にいなくなったんだよ。だから僕たち、ここに来たんだけどけど……透花と会ってたのが里奈じゃないなら、律って奴のことを教えてくれないか?」


 幹介は扉に手を当て、そっと話しかけた。

 俺がカッとなった時、幹介はその逆をいくようにいつも冷静でいてくれる。

 

 ドキドキしながら里奈の返事を待つと、ガチャリと扉が開いた。

 久しぶりに見た里奈は、前髪が長く伸びていて殆ど目が見えなかった。

 それでも、昔からつけていたヘアピンだけは耳の上にある。


「は……早く入って!!」


 里奈はまるで俺たちの後ろにいる何かに怯えるように、慌てて俺たちを中に招き入れた。

 

 初めて入った里奈の新しい家。


 まだ昼間なのに、リビングの窓は全てシャッターが降りている。

 

 電気はついているものの、部屋の中はなんだかカビ臭く湿度が高い。淀んだ空気が全身にまとわりついてくるように感じた。


 里奈はリビングのソファーに座って、前髪の隙間から俺たちを怯えるように見る。


「律……のことなんだけど、あの子がきっと嘘を言ったんだと思う。私……外に出てないから、透花って子は知らない」


「そもそもソイツ、どこの家の子だよ」


「律はどこの家の子でもないよ」


 普通に考えて、そんな事はありえない。

 でも普通じゃない事が起きている今、『ありえない』なんていう言葉は誰の口からも出てこなかった。

 

 美玖は里奈の異様な雰囲気もあって怖くなったのだろう。

 誰もいないか確認するように、部屋の中をキョロキョロと見回した。


 里奈は怯える美玖の様子なんて全く気にもしない。ただ、テーブルの真ん中を見つめるように俯いたまま話を続ける。


「私……一年生の時にね、律に連れて行かれそうになったんだ。私、みんなとあまり仲良くなかったでしょう?」


 確かにあまり一緒に遊んだ記憶はない。

 でも、本人から言われたことに胸がズキっと痛くなる。


「その時にね、律と仲良くなったの。律は幽霊だった」


「幽霊……?」


「幽霊っていうのは私が思っているだけだけど……でも、律は私以外の誰にも見えなかったの。他の人には見えないから、誰にも言っちゃダメって律に言われた。でも沢山一緒に遊んでくれたから、私は……律を優しい幽霊だと思ってた」


 その時ふと、里奈と何故あまり遊ばなくなったのか思い出した。


 里奈は小さな時から、時々何もないところに話しかけたり手を振ったりしていたんだ。

 

 何があるの? って聞いても里奈は教えてくれなかった。


 それが何だかとても不気味で「気持ち悪い」と里奈に言ってしまったことがある。

 彼女はそう言った俺を避けたし、俺も里奈と遊ばなくなった。


 なんで――

 こんな大切な事を忘れていたんだろう。


 やり場のない気持ちになって、俺は膝の上に置いた手をグッと握った。


「一年生の夏休みにね、死んじゃったお父さんの法事のために、親戚の子が遊びに来てたの。だから、みんなで花火をしようってなって家の前で花火をしていたんだ。その時に律が来て『お父さんに今なら会わせてあげられるよ』って私を呼んだの。律の声は私にしか聞こえないから……私、律を追いかけた」


『追いかけた』


 里奈のその一言が、あの時森に駆けて行った透花の姿を鮮明に思い出させた。


「その……律って幽霊は、里奈をどこに連れて行ったの?」


「イリグチ様の……神社の奥」


 里奈はそう言って、自分を守るように体を抱きしめ真っ青になって震え出した。


「律と神社の奥に行ったらね、また階段を上がって、村に出てきたの。でも、ここじゃない。ここじゃなかった。世界が茶色に染まってた。みんな目が白くて、肌も白くてカサカサで、ずっと同じこと言ったり、ずっと笑って、歩いたり、なんかすごくすごく怖くて……」


 カチカチと里奈の歯が鳴る。


 前髪の隙間から覗く彼女の目は、目玉が落ちちゃうんじゃないかっていうくらい見開いていた。

 まるで瞬きのやり方を忘れたみたいに里奈はテーブルを見つめ続ける。


『里奈ちゃんは心が不安定になっちゃったから』


 そう言った時の、母さんの声を思い出した。


「律がね、先にやらなきゃいけないことがあるって言って、神社からずっと……まっすぐ歩いたの。でもね、私、怖くて、走って律から逃げて、神社に戻ったの。そしたら、今度は……」


 里奈はいきなり顔を上げた。

 前髪の隙間から里奈の目が見える。

 その目は見開かれたまま涙を流し――笑っていた。


「世界がね混ざっちゃった」


 

 

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