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六角の花園  作者: Rokuten
2/2

#2 寂寞と無彩の回廊

少し歩くと痛みもだんだん減ってきた。


しかし、何もない。

白い姿見、棚、クローゼット。それから机と椅子が一つずつ。

棚の中には綺麗に整頓されたアメニティが入っていたが、それ以外に特にこれといったものはなかった。 

この部屋には生活用品さえあるが、生活の痕跡はあまり見えない。


他に着眼点があるとするなら、目の前の扉ぐらいだろう。

外に出てみようか。


「うーん…」


何もする事がないのは想像以上に辛い。


とりあえず散歩の許可を貰えて良かった。

とはいえこの部屋の外がどのようなものなのかは全く分からず、出るのに少し躊躇する。


少しだけドアを開いて、そこから外を覗いてみた。

隙間から見えたのはコンクリート製の廊下。

暗くはないが明るくもない。それに光源は電灯だけで、どこにも窓がない。

自然光を入れてはならないのだろうか。


どちらにせよ。

本当にどうしてこんな場所で眠っていたのだろう。

今の私は世間の常識も知らないようだし、さっきの質問も意味ありげなものばかりだった。

分からない事がどんどんと増えてゆく。


* * * * * *


そんなことを思いながら辺りをじっくり観察していると、端の方に人影が見えた。

後ろ姿しかはっきりわからないが、小さな台の上に置かれた花瓶の前に立ち、その中の花を手入れしている。


──おかしい。

ここには日が差していないし、花は育たないはずだ。

そう怪しんでいたら不意にうっかりドアノブの音を鳴らしてしまった。

「あ───」

まずい。

「ん?誰?」

気付いたのだろう。こちらにやってくる。

急いでドアを閉めるべきか。それとも、不審に思われないようにこちらに来るのを待ってちゃんと会話をするべきか。


とにかく自分の些細なミスが恥ずかしくなってしまって、顔が熱くなって息が詰まる。


いつの間にかその影はドアの前までやって来ており、こちらを覗き込まれていた。

自分よりも一回りか二回りほど大きく感じるが、顔は自分と同じくらいかちょっと上に見える。

それはともかく…何か言わなければ。

「あのっ!」

「うん?」

「私は今ここで起きたばかりで、まだ何もわからなくて見て回っていただけなんです。怪しいものではなくて」


思い切って扉を開けて必死で弁明をすると、少女はこちらを見て、

「…あぁ!キミかあ」

とだけ反応した。

「えっ?」

拍子抜けした。

なんとなく自分が異分子であるかのような気がしていて…ちゃんとした場所にいたとしても、関わる人が悪ければ追い出されるかもしれないと身構えていたものだから。


「まあずっとここで寝てたんだし、そりゃあ知ってるって。」

「きみはロクサーヌちゃんで…それからわたしの名前はフルール。よろしくね」

「よろしくお願いしま───え?」

差し出された手を握ってそう返しかけると、じっ…となんだか不満げな顔で見られた。

「えっ、えっと?」

「きみとわたし、17で、タメだから。」

「…そうなんだ…」

「へ?そうなんだ?」

いきなり実年齢の答えが出てしまう。自分のことなのに他人事みたいだ。


でも──ということはもしかして、私は最大で2年間は寝ていたことになる。

「嘘でしょ…」

「えっ知らなかったの?そもそも言わないほうが良かったりした?!もしかしてネタバレ?!なんかごめん…」

「いやその…」

自分より焦っている人を見ると逆に落ち着いてくるものだ。

「とりあえず私、敬語はやめた方が?」

仕切り直す。

「うん!そう、敬語は寂しいの。だからよろしく!」

「…ふふ、分かった。よろしくね」

言い直してから、今度こそ握手をした。


「よーし!それじゃあ新しい友達のきみに、ここの説明をしてあげる。着いてきて」

フルールはそう言うと、手は握ったままでくるりと背を向けて歩き出す。

私は一瞬だけ足を止めかけたが、結局そのまま引かれるように再び歩き出した。


* * * * * *


壁も床も冷たい色をしていて、他の音が何一つ聞こえない。

自分の出す音だけが響くので、それがやたら大きく聞こえてしまう。

私の足音や声は自然と小さくなった。


「結構歩くから、疲れたら言って」

「うん」


「何話そっか?この廊下は何にもないから、特に言うこともないんだけど~…そうだなあ、やっぱりこの階全体の話とかする?」


「…うん。どういう場所なのかわからなくて怖いなって、そういう風に思ってたから」

するとフルールは頷いて、嬉しそうに話し始めた。


「まずここは地下。大きな建物の中のエリアの一つなの。大体は地上で暮らしてるからね、ここはほとんど人がいないの」

地下か。

やっぱり窓がなかったのはそのせいだったみたいだ。

「それじゃあ、どうして地下なのに花瓶があったの?」

「どういうこと?」

「日が当たらないのに花があるって、なんだか変だなって思って。でもあんまり気にしないでいいの、ただの私の勘違いかもしれないし…」

上から持ってきたのだと言われたらそうなるけれど、さっき見た時からどことなく変だと感じていた。

「へぇ…あれが気になるのかあ。あれは言葉で説明するよりも見てもらったほうがいいかもね」

「えっ?」

「まあ歩いてるうちに分かるでしょ!」

意味深そうなことを言われたけれどこれ以上質問をする気にもなれない。

とりあえず今はその意味が分かる時を待つことにした。


* * * * * *


そんなやり取りをしてまた少し歩いてから、前方に扉が見えてきた。

フルールがその前で立ち止まる。

「入ろっか。」

彼女は扉の横に手を伸ばし、小さな装置に触れた。

すると静かに扉が開いた。

扉の先には書類でいっぱいになった棚が何台も設置されている。


「ここが保管室。今日は特別に開けたけど、プライバシーに関わるからファイルの中の書類は見ちゃダメだよ。」

「どんな書類があるのかは聞いてもいいかな?」

聞くと、フルールは少しだけ考えてから答えた。

「うーん……人の記録かな?ここにいる人の名前とか、生年月日とか、それから能力とか。みんなの分が全部ここにある。」


能力。その言葉はもう知っている。


* * * * * *


「此処にいる人は皆、知っておかなければならないことです。」

「今はともかくとして…あなたにもいずれ必ず教えることになるでしょう。今はただ知るべきことなのだということだけ覚えていてくれればよいのです。」


* * * * * *


「ねえ、」

「ん?どしたの?」

「…その能力ってみんなあるの?私にも、フルールちゃんにもあるの?」

聞いていいものなのかわからないのに、突発的に聞いてしまった。

そんな質問に対して、フルールは毛先をくるくると指で巻きながら、

「あるんじゃないかな?うん…あると思うよ」

あまりにもあっさりした言い方でそう答えた。

「そ、そっか。」

別に怖い答えでもなかったけれど、私は棚に背を向けて小さく息を吐いた。


なぜか少しだけ落ち着かない気持ちになった。

この部屋は、みんなの記録が残されている場所なんだ、と。


──それなら。

私もいつか記録されるのだろうか。

それともその記録は、既にあるのだろうか。


「でもこれで見ちゃダメなのも大概だよね〜。能力とかってここまでしっかりした秘密にしないといけないものなのかな」


自分は自分を何も知らないのに、自分の知らない誰かがそれを知っていて、どこかでそれが形になって、それが自分の知らないところにあるのだとしたら。


何だか指が冷たくなる気がした。


自分の持ち物であるべきものが、あたかも最初から他人のものであったような気になる。


そう。

私は多分、それが怖くなった。


「……ロクサーヌちゃん?聞いてるー?」


不意に名前を呼ばれて、はっとした。

振り向くと、フルールが少しだけ不思議そうな顔でこちらを見ている。

「大丈夫?なんか、ぼーっとしてたけど」


「ううん、なんでもないの。」

「そう?」

「寝起きだから。まだ寝ぼけてるみたいで」

慌ててそう答えると、フルールはふーんと頷いた。

そしてそれ以上深くは聞かず、扉のほうへ向かっていった。


「それなら次の場所に行こうよ、まだ見せたい場所がたくさんあるし!」

歩けば眠気も飛ぶでしょと言って歩き出す背中を、私は少しだけ遅れてまた追いかけた。


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