異世界人、オーディションを受ける
淀屋橋ワンダーブックビル。30階建ての真新しいビルだ。過去、御堂筋に建つビルには高さ制限があったのだが、法律が変わって高さ制限がなくなった。ワンダーブックは姉の美々の知人の向井が経営する会社で、アパレルやファーストフード店、各種飲食店を運営している。ポンピが入る予定だったサッカーチーム「デッシャロ大阪」のユニフォームの胸スポンサーでもある。
「すみません、すみよっさんの買収の件で向井社長をお願いします」
「アポイントメントはお取りですか」
「はい、11時に」
「では、こちらに名前を書いてお待ちください」
律儀な挨拶だと誠は思った。実は美々の会社の受付も悪くないかも知れない。
「森山さま、三原さま、どうぞこちらに」
1階にミーティングルームがあるようだ。
「あ、ポンちゃん、日本名、三原美衣な。ケイの相方だから。ウチの母親が好きなアイドルがミィとケイだったんだ。昭和のアイドル」
「わかりました。じゃあ美衣ちゃんて呼んでください」
「うん、うん」
部屋の扉が開いて数人が入ってきた。その中心が向井だ。部屋は大きな楕円形の机が真ん中にある会議室だ。プロジェクター用のモニターもある。
「はじめまして。森山さん。あ、似てるかな。お姉さんにはすごくお世話になってます」
「あははは。お世話になってます。どうも。すみよっさんを買っていただけるようで」
「はい。優秀なお店ですよね。この時代なのに行列をキープしている。しかもあの斬新な味。あ、こちらにお座りくだ、えっ、女優さんですか、モデルさんですか」
向井はポンを見てすごく驚いた。とにかく、ポンは何もしなくても輝いているのである。
「あ、すみません、秘書です」
「いやー、もったいない。女優でもいないですよ。こんな美人。今、映画のスポンサーの話がきていて女優さんの写真ばっかり見てるんですけど、美しさのレベルが全然違う」
「なんかあったら、お願いしますね。その前にお店の話」
「ああ、そうだ。ええっと、店舗の権利料とレシピ、お店3店舗と従業員で12億円でいかがでしょう」
ポンがさっき誠に教えられた言葉を発した。
「えーい、もう一声」
その声を聞いてデレデレする向井社長。
「それなら14億でどうだ」
「はい、わかりました」
と笑いをこらえる誠。『よし、ポンには帰りにビックマックをおごってやろう』と心の中でつぶやいた。
「では、契約書です。お願いします」
と、向こうの秘書みたいな女性が書類を渡してきた。この人もかわいいがポンとは全然レベルが違うと誠は思っていた。
「どうです。帰りにお食事でも。最上階に高級フレンチがあるんです」
『あ、ポンにテーブルマナー教えてない』と誠は思って
「すみません、このあとどうしても外せない用事があるんです」
と、泣く泣くワンダーブックビルを後にした。
「ポンちゃん、いや美衣ちゃん、マクド行こ」
「マクドって何ですか」
「ハンバーガーのお店。2億上げてくれたお礼に」
「わー、お礼なんですよね。ありがとうございます」
二人は天満橋駅のマクドナルドに寄って美々の会社に帰った。まるでクラブ帰りの高校生のようだ。
一方、マンダイは三原に連れられて粉浜商店街にいた。
「あんな、ここ、先月までおばあちゃんがたこ焼き屋やっててんけど、南港病院に入院してん。もったいないからお店回したいんやけど。今日、花屋はバイトに任せてこっちやるから手伝って」
「はい」
ロボットのようなマンダイの返事だ。三原の家はこのあたりの物件をいくつか持っていて彼女の従姉は粉浜とアメリカ村で衣料店をやって儲けている。三原はそこまで欲はないが祖母のやっていた店を潰したくないのだ。三原の生まれ育った家は森山家の近くの帝塚山だったが、今は万代池前の祖母の家に一緒に暮らしている。祖母はお金はあっても家は地味でいいと言う人だったのだ。
「マンダイちゃん、タコをこうして切ってこの箱に入れて」
「はい」
順調に仕事をするマンダイ。普通の人より動きが早い。
「よし、焼き方教えるわよ。生地をこう入れて具を入れて、ちょっと置く」
「はい」
「焼けてきたら、クルッとこう。わかった」
「はい」
「テクニックいるけどね」
「はい」
さっきからマンダイは「はい」しか使わないが、ここで彼女は魔法を使った。
一気にたこ焼きがクルッ。見事に焼けていく。
「おおーっ。たこ焼きの天才だ。でも、魔法がばれないようにしてね。棒をこう持って、手をここに」
まるで瞬時にたこ焼きを焼く職人のようだ。マンダイの美形もあって通った人は全員買っていく。
「うひゃあ、大儲けだ。大儲け。あ、マンダイ。これ食べ」
と三原は元肉屋のコロッケ店のコロッケを渡す。
「おいしい。でも、もっとおいしいやつ作れるかな」
とマンダイが言った。
「うそ、それやったら作って。何がいる? 一緒にスーパー行こ」
「はい。わかりました」
「っていうか、マンダイさん、245なんだって? 世界で一番、食べ物を食べてるからレベルあがるじゃん」
その日の帰り、三原はマンダイを連れてスーパーに寄った。説明しながらいくつかの食材を買う。家について台所でマンダイはコロッケづくりを始めた。じばらくするとチャイムが鳴った。誠がポンを連れてきたのである。
「おかえり。どうだった。ポン、活躍した?」
「うん、2億上げてくれた」
「えっ、2億」
「今度、三原にもビックマックおごるわ」
「何で2億で安っぽいビックマック? せめて動かん寿司やろう」
「で、マンダイは。無口だった?」
「うんにゃ、大活躍や。たこ焼き屋大成功や。あの子の焼いたたこ焼き、めっちゃおいしいねん」
「うそ、客商売出来るの」
「しとったで。笑いながら売ってた」
「うそ」
マンダイは言われたことはできる人間だったのである。
「今、コロッケ作ってる。山口のコロッケあげたら、これよりもおいしいの作れるって」
「えええ。また億の話になるかなぁ」
コロッケを揚げ終わったマンダイが皿にのせて持ってきた。
「どうぞ。あっ、こんばんわ」
「わー、いただきます」
シャク。歯触りは最高である・
「何、これ、むっちゃおいしい」
「ほんまや。こんなん、生まれて初めて」
三原と誠は大絶賛した。
「また、これは異次元の味やね。これでお店やったらどこでも行列できるわよ」
「そうやな。山口こっぱみじんやな。あそこのおばちゃん、人気やからって偉そうにしてたから」
「やっちゃう」
「やるか」
マンダイはきょとんとした表情をしながら2人の相談を眺めていた。
「よし、明日、道具屋市場で買ってこよう。フライヤーを」
「もうたこ焼きスペース小さくするわ。明後日からコロッケ屋よ」
二人は大興奮していた。誠はその時、ポンのことを思い出し
「あっ、ポンちゃん、三原美衣ちゃんな。日本名」
「おおっ、日本名美衣か。何で」
「あんたがケイやから」
「へ、美衣とケイって、ピンクレディやないかい」
「ええやろ。美衣ちゃん、ケイちゃん」
「悪ないけど、古すぎるわ。まぁいいけど」
「で、美衣ちゃん、明日、オーディションやって」
「えっ、何の」
「今日会った社長さんがポンちゃんのこと気に入って、自分がスポンサードしている映画に出えへんかって。即やったで。昼間に会って3時に連絡来たもん。ポンちゃんを見て即動いたんやろうな。写真もなしに言葉だけで話が進むって、逆にすごいで」
「すごいなぁ。映画出たらコロッケ売ってもらお」
「とりあえず、難波でオーディションやって。松竹座の裏のビルで。帰りにフライヤー買う」
「どっちもお願いね。あっ、もうマンダイちゃんこっちにいてもらったら」
「ええの」
「うん。この人のノリわかってきたし。よう話してくれるよ」
「ほな、後で着替え持ってくる」
「ポンもかわいいけど、マンダイもかわいいよ。異世界人は美人さんばっかりね」
そう言われてみれば、シャリアもマンダイも綺麗だ。異世界は美人だらけなんだろうか。ファビアも美しかった。
「じゃぁ、ポンちゃんウチ来る。ビジュアル的にお父さんも喜ぶよ」
誠は服を取りに自宅に向かった。
「チャリンコリンリン」
荷物を持って誠が帰ってくる。
「ありがとう。おっさんなのに走らせてばかりで」
と三原が言う。
「そっちもおばちゃんやん。あ、美々も35になったんや。ババアや。誕生日プレゼントは腹巻かな」
「あんたら姉弟も仲ええな。ウチは全然やで」
「弟は何やってるん」
「日本橋でプラモ屋」
「ああ、ガンダムのあのお店か。あれはあれですごいやん」
「全然、帰ってけえへんで」
「よし、今度観に行ってみよ。シャリア連れて行ったろ」
誠はポンと一緒に家に帰った。夜道でもポンはなんだか光ってるようだった。
翌日、誠はポンを連れて松竹座のビルに行く。大勢の人がいる部屋に入れられてしばらくすると
「合格」
と、言われた。予想もしないコメントに誠が
「あのう、何が合格なんですか。オーディションですか。テストみたいなのしないんですか」
「だから、合格」
と真ん中の男が言った。この映画の監督だ。
「この人は全て素晴らしい。もし、演技が棒でもこのビジュアルならなんとかなる。いや、何もしなくてもなんとかなる。たまたま大阪にいてよかったぁ。いや、昨日スポンサーさんから、凄い美人がいる、見てくれなかったらスポンサーから降りる、って言われてたんだけど、スポンサーさん、ありがとう」
とスラスラ語る監督。いい作品を撮るとは思えない。
「あのう、どうしたらいいんでしょう」
「あ、撮影、来月からはじまります。どこの事務所所属」
「一応、オリオンスタジオです」
誠はとっさに美々の会社のモデルスタジオの名前を言った。
「何だ、もう所属してるのか」
「じゃあ、来月から熊本ね。台本と資料送るからよろしく」
後ろから監督が
「あぁ凄い美人だね。こんな美しい人初めて見た。えっ、もう帰るの。お茶していかない」
「失礼します」
と誠はしつこい監督を振り切ってビルを出た。車は御園のビルに停めてある。古い飲食店街があるビルだ。昔は大きなキャバレーもあった。そこの駐車場は難波でも飛びぬけて安いのである。誠はお金を持っていても節約できることが大好きであった。
「駐車場の近くにおいしいネギ焼き屋さんがあるねん。連れてったろ」
「ネギ焼きってなんですか」
「食べに行ったらわかる」
店に入って鉄板で作業する職人を見て、目を輝かせるポン。それを見て、照れまくる職人。
「モデルさんですか、女優さんですか」
と顔を真っ赤にしながら聞いてくる職人。
「女優かな」
「ええーやっぱり。サインしてください」
誠が小声で
「ポン、わからないから自分の国の言葉で名前を書いてやって」
「はい、わかりました」
さらさらさらとデジックの言葉で名前を書くポン。普通にかっこい文字だ。
「三原美衣って言うんだ。よろしくね」
サービスでネギ焼きが一枚付け加えられた。
道具屋筋で業務用フライヤーを二つ買った後、誠は粉浜商店街まで走った。喜久寿堂という和菓子屋さんがある筋に車を停めるとフライヤーを一緒に運んでくれるように三原に頼んだ。女優さんには運ばせられない。
「このフライヤーでいいやろ」
「で、ポンは」
「映画主演が決まった」
「うそ」
「ほんと。田村文二って監督」
「あの、小奥の」
「なんやその映画」
「小さな大奥」
「おもんなさそうやな。まぁ、マネージャーとしてついて行ったるわ」
「よろしくマネージャー。あとコロッケも。店名何する」
「マンダイさん」
「よし、そうしよう」
「ええんか」
「万代池あるし」
「あ、明日、向井さんがすみよっさん本店に来るって」
「一緒になるの。ほなコロッケ連れて来て」
「わかった。ほんでポンちゃんな美々のマンションに行ってもらうことになったわ。第一マネージャーが僕で第二マネージャーがシャリア。僕の知っている限り向こうの世界でもこっちの世界でもミーハーチャンピオンや」
「うん、愛もおるし安心や」
「愛、今職場がめちゃくちゃやけどな。明日はシャリアと二人で案内するねん。シャリア、先にこっち来てもらって準備手伝わせるわ」
「ありがとう。よろしくおねがいするわ。私、家にあるプラ板で看板もどき作っとく」
「さすがプラモ屋の姉ちゃん」
翌日、コロッケ屋のマンダイさんが仮オープンすることになった。仕込みは三原の家でマンダイが行っていた。
「よし、シャリア揚げて」
パチパチジュー。コロッケが揚がっていく。想像もしないいいにおいとマンダイ、シャリア、ポンの3人の美人が並んでいることもあって自然と人が引き寄せられていく。
普段は通行人が少ない粉浜商店街だがこの日は朝から信じられないほどの行列になった。
「わああ。コロッケ旋風だ。すごい」
と一人感動する三原。
誠が腕の時計を見て
「そろそろかな。行くぞシャリア」
とシャリアを連れ出して住吉大社駅に向かった。
「ううう、一人抜けられると辛いなー」
と、三原が落ち込んでいたら
「今日非番やねん。すごい人やなぁ」
と愛がやってきた。
「ねぇ、愛、何も言わずに手伝って。お礼するから」
「うーん、わかった。プラモで手を打とう」
愛はプラモマニアだったのだ。意味なくデコレーションする流行りの女子モデラーだったのである。
「よし、契約成立。揚げて。3分20秒よ。とにかく揚げて」
「わかった」
ビジュアル的にランクが落ちたが愛も大阪府警トップと言われる美人だ。何よりもポンの輝きがすごかった。
「ポンちゃん、すごい。嫉妬というかそれを通りすぎるわ」
と愛は三原に言った。
「そう、愛もかわいいわよ。ナイスミドルよ」
「ミドルは余計やわ。美々よりも一個下よ」
「それあんたの弟も言ってたわ。あ、弟来た」
誠は向井を連れて商店街に来た。その後ろからシャリアがニヤニヤ笑いながらついてきている。
「あ、ここがコロッケ屋マンダイさんです。社長、こちらに」
誠は向井を後ろに下げ、コロッケを渡した。
「え、何これ、コロッケ? うますぎる」
「社長、おいしかったでしょ」
「売ってくれるん。レシピごと」
「はい。お安くしときます」
「じゃあ5億で」
ポンが身を乗り出して
「もう一声」
と言った。
誠と向井はお互いを見て、クスクス笑いだした。
「じゃあ7億で」
「はい。これでお願いいます」
と、誠。隣で三原は顔を青くしている。
「ところで、森山さん、何でハイレベルな美人さんばかりなんだ。シャリアさんもこの人も三原美衣さんも。あ、おばさん、ゴミすみません」
と、向井は愛にコロッケを包んでいた紙を渡した。
顔が異常に真っ赤になる愛。それを見て大笑いする誠。
「あの、このおばちゃん、僕の双子の姉なんです」
とっさに空気を読んでフォローする向井。
「ごめんなさい。今日メガネ忘れちゃって。森山さんはうらやましいな。こんな綺麗なお姉さんいるんだもん」
わざとらしい弁解と誠は思ったが、愛は
「えっ、そうですか。えへへへ」
と笑っている。姉は自分に似ずド天然だ。
「でも本当にシャリアさんもこちらの女性も美人だ。シャリアさん、ウチのCMのキャラクターやりませんか」
シャリアは鼻の下を伸ばしながら
「私で良ければいいですよ」
と答えた。
誠が普通にシャリアと呼んでるのを聞かれてもう面倒だからシャリアで通していたのである。
「じゃあ私は森山美々の秘書をやっていますのでそちらに連絡ください」
「わかりました。じゃあ森山さん、次も期待していますよ。あ、三原さん、明日、担当者が契約書を持って行きます」
と向井は去っていった。
「7億……。ポンが2億上げるってああいうことだったのね」
と、まだ呆然とする三原。
「綺麗なお姉さん、綺麗なお姉さんだって、誠」
お世辞に調子に乗る愛。
「三原、税金ちゃんとしとけよ。およそ半分な。でも、それだけデカい顔していいんだ。ポンにもちゃんと礼しとけよ」
「ありがとう。ポンちゃん。ありがとう。マンダイちゃん。帰り、ロイホ行こう。好きなものおごってあげる。それともびっくりドンキーがいい?」
「びっくりドンキー」
と愛が言った。
「出たな。妖怪。お世辞受けババア」
「何よ。妖怪。7億転がし」
「まだ、転がしてないわ」
「あ、美々も呼ぼう。あいつは絶対びっくりドンキーやで」
「誰があいつよ。姉をもう少し敬え。1つも上なのよ」
美々が後ろから入ってきた。
「気になって見に来たの。ずっと売れてるじゃない。あと、しゃべりながらも手を動かすって最高よ。私はびっくりドンキーよ」
「仕事暇なん。大阪弁忘れババア」
「あなたよりもましよ。腐女子府警」
「なんや」
「やるか」
ちょっと離れた場所で三原が
「昔からこの2人これなのよ。なつかしい」
と笑ってみていた。




