92.心からの感謝を、仲間たちに、世界に、そして、あなたに
【『ヘルメス帝国最盛期の伝承・民話研究』より抜粋】
現在のヘルメスに帝都を置き、北大陸一帯を支配、また南大陸の魔界とも友好関係を結んだヘルメス帝国が最も栄えたのは、現代より800年ほど前のことであり、当時の記録は2度の大戦を経て焼失あるいは散逸したものも多く、細部について明らかでない部分も多い。
当時の様子を知ることの出来る貴重な資料として、大陸間貿易によって多大な利益を挙げた大商人が私蔵していた資料、いわゆる『フィガロ文書』が存在する。それによれば、そこでは『帝立ヘルメス騎士・魔法学園』などといった高等教育機関が存在し、大商人フィガロもここで学んだとされる。
また、同時期にこの学園に在籍した者として、中世薬学の先駆者、『猫人ジェミマ』や、現代も続く『株式会社P.M.コンストラクション』創業者のピッポとその夫人メグがおり、彼らはそれぞれの専門分野の研究にあたって魔界との関わりも深かった。
P.M.コンストラクション所蔵の文書にも、当時の生活の様子が描かれており、『フィガロ文書』と併せ、次のような伝承の元となったと考えられる出来事の記述が散見される。
・『魔法剣士ドラベッラと、魔道士フィオルディリージの物語』
ダークエルフの魔法剣士ドラベッラと、親友のエルフ、魔道士フィオルディリージの物語。物語はドラベッラが恋に破れ、旅に出ることから始まり、幾多の冒険を経て親友フィオルディリージとの絆を深め、やがて女性同士の愛に目覚める。現代でも小説や映画の題材として多く用いられている。
・『ヒヨコの魔王』
ヒヨコの姿をした王が、魔界を統べる中で起きる様々なトラブルを解決する様子や、国民である魔族との温かい交流を描く物語。
ヘルメス帝国で実際に起こった蝗害や、勇者との和解など、史実を元にしたエピソードも含まれており、専門家の間では研究資料として高く評価される。
・『扇動の勇者の物語』
人の心を動かすことを得意とする勇者が、魔王と戦うのではなく、仲間を増やしながら魔界の土地を耕して回る物語。魔界の旅における、人々との心温まる出会いや触れ合い、『生きる意味の発見』について描かれる。
・『【嫉妬の魔女】パミーナと、【烈女】ハンナ・シュバルツの物語』
1人の男を巡り、魔女と女剣士が戦いを繰り広げる物語。魔女は闇の魔法を使って疫病や毒をばら撒いたり、世界を闇に包んだりといった悪事で女剣士に戦いを挑み、女剣士は剣一本でこれを退けるという様子が、その陰惨な魔女の悪事に反してコミカルに、独特なタッチで描かれる。
・『バーバ・ヤーガの新婚旅行』
1000年以上の時を生きる魔女が、その人生の終盤に、愛に目覚め、結婚する。その実に60年に及ぶ新婚旅行を描いた物語。
さて、上記はいずれも今日まで様々な脚色や解釈を混じえ、語り継がれた物語であるが、筆者は同時期に刊行されたという書物、『2人のゆる〜いホラ吹き爺さんの話』に注目したい。
これは、上記の出来事があったとされるのと同時期(といっても、歴史的スケールにおいての話で、上記の出来事や、2の老人が実在するならば、50、60年ほど後のことであろうが)記者が2人の老人に聞いた話を一冊の本にまとめたという体裁で書かれたものであるが、上記の物語をほとんど網羅する内容で、かつ2人の老人が若かりし頃に、上記の物語で語られる場面や人物に立ち会ったとして、その視点から面白おかしく語られているところが興味深い点である。
この書物によれば、上記の物語の登場人物であるドラベッラとフィオルディリージ、パミーナは2人の老人が『ヘルメス騎士・魔法学園』に在籍していた時の同級生であったとされ、そればかりか、大商人フィガロ、薬学者ジェミマ、建設王ピッポとその妻メグまでもが、その仲間であったとされる。
さらには、2人の老人の片方が、【嫉妬の魔女】パミーナと、【烈女】ハンナ・シュバルツの争いの渦中にあった男性であるとし、もう片方が、【狂愛の魔女】(結婚以前は【冬の魔女】)バーバ・ヤーガの夫であったとする大胆な設定である。
一方で、このような後世語り継がれる大冒険に身を置きながら、そこにいたとする主人公の2人は、世の中の不条理に首を傾げたり、迫りくる危険にうろたえたり、あるいはここ一番意を決した必死の行動が空回ったりという点に、普通の冒険譚とは異なる独特の可笑しみがある。
この書物の後書きには、こう付されている。
“私がこの2人の老人の話を、このような一冊の本にまとめようと思い立ったのは、これらの話が、純粋に人を楽しませる目的で語られた、愛すべきホラ話であったためである。
老人が過去の栄光を誇張する目的で語った武勇伝や自慢話の類であったならば、私はその日、自分の胸ポケットにペンを差していたことさえ思い出さなかったであろう。
老人たちは、──彼らには揃って独特の訛りがあった──「そろそろ帰らんと、嫁はんにバチーンいかれるねん」と言いつつ、席を立った時、概ねこういう意味のことを言った。
──自分たちがこの歳まで生きて来れたということは、少なくともそこそこの人生を生きるにおいては、抜きん出た才能や、豊富な知識、絶世の美貌を必ずしも必要としないということの、一つの証左である。
少しだけ人の役に立って、日々を面白おかしく暮らすというくらいの人生は、時々人を笑わせたり、親切にしていれば、そう難しいことではない。話を聞いてくれてありがとう──
彼らの語ったホラ話が、どこかで落ち込んでいる、誰かの頬を、ふと緩めることを願う。
2人の老人はもちろんのこと、本書の刊行にあたり、協力してくれた仲間たちに、彼らと出会わせてくれた世界に、そしてこの長いホラ話を最後まで読んで下さった、読者の貴方に、心よりの感謝を”
長々と、下らないお話にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
特にご評価やブックマークを頂いた方々、ご意見ご感想を下さった方々、皆さまのお陰で、何とか完結まで漕ぎ着けることが出来ました。
現在書き溜めているお話もありますので、また近いうちにお目にかかると思います。
どうぞ今後とも、宜しくお願いいたします。




