5.熟女という概念
「おい、これは画期的やで」出し抜けにイワオが言うので、ソウタは曖昧に返事をした。こういう前置きのアイデアは、大抵見当外れだ。
『冒険者ギルド』の依頼掲示板を眺めていた時のことである。
通常の依頼が窓口を通して斡旋されるのに対して、そこには採集、討伐、警備など様々な依頼が貼り出されているが、共通するのは、報酬が安いとか、著しく危険だとか、手間がかかるとかいった理由で不調となった、いわゆるハズレ案件だということである。
イワオはその内の一つを指して、これを見てみろと促す。
「何やねん」
それは採集依頼の一つだった。依頼内容、報酬、依頼者の氏名が記載されている。
「名前や」
そこには『【冬の魔女】バーバ・ヤーガ』と書かれていた。
「どういうこと?」
「鈍い奴やな。刑事ドラマの後輩デカか。掲示板に貼られてる依頼には、依頼者が書かれてるいうことや。名前見れば、依頼者が、男か女か分かるやん」
「それ、なんか意味あるか?」
「そうかお前、採集ほとんどやってへんのか。ええか、討伐依頼て、魔物倒して終わりやん。けどな、採集の場合、採って来たモンが、依頼者の手に渡らな意味ないやん。ほいで、ギルドも正直これを届けるのはメンドイし、依頼者も取りに来るのはメンドイねん。
せやからな、冒険者がちょっと上乗せもうて、依頼人に届けることがあんねん。こっちから、『依頼人まで届けましょか?』言うたら、まず十中八九任されんで」
「なるほど。つまり、女の依頼人の採集依頼を選んで受ければ、その女までは辿り着けるっちゅうわけやな」
「せやねん。そら、美人かどうかはその時点では分かれへん。お婆ちゃんかもせえへんしな。けど、数こなせば、そのうちええ子にも当たるやろ」
「お前、天才やな。今回ばかりはぐうの音も出えへんわ」
「ほんだら、早速これ受けてみようや」イワオは改めて、【冬の魔女】バーバ・ヤーガの採集依頼の掲示を指した。
「ちょっと待て、その人、なんかもうお婆ちゃんな感じせえへん?」
「それ『バーバ』の語感に引っ張られてるだけやろ。魔女って時点でもう女なんは確定なんやから、この取りこぼしは許されへん。それに丁度ええ感じの熟女やったら、もう、こっちの総取りやん」
「『丁度ええ感じの熟女』て、懐疑的にならざるを得んわ。おるんかいな、そんなん」
「まあ、おれへんやろな。そもそも、俺たちが熟女に求めるものて、『人妻的精神性』と、『肉感』やねん」
「待て待て。『俺たち』て、お前と誰やねん」
「まあ聞けや。『こんなおばさんだけど、いいの?』的なエロさと、程よいムチムチ感は欲しいけど、乳が垂れとんのもアカンし、肌がシワシワでもアカンねん。せやけど、実際、そんな熟女は存在せえへん。乳や肌のハリと、熟女的エロさはトレードオフやねん。
つまり、俺たちが好きなのは、実在の熟女ではなく、『熟女という概念』や。
『丁度ええ熟女』なんてもんは、俺たちの頭の中にだけある都合のええ幻やねん」
「いや、『丁度ええ熟女』て言うたのお前やで」
「まあ待てや。それには訳があんねんて。ええか? 確かに、肌はツルツル、乳はパンパン、けど、ちょっとくたびれて生活感がある、そんな熟女は存在せえへんて言うたわ。テレビに出てくる美魔女タレントかて、下からライトを『ビャー!』浴びせてやっと表向き成立しとるに過ぎんねん。せやけど、それはあくまで、俺たちの世界での話や」
「この異世界には、丁度ええ熟女がおるてこと?」
「お前、オカンの化粧水の値段知っとるか?」
「いや、知らんわ」
「オロナミンCぐらいの量で、5千円以上すんねんで。他にも乳液だの何だの、ワケの分からん液体を、毎晩顔にすり込んでんねん。
その結果が、現在のオカンやで。身の毛もよだつわ。金の無駄やとしか思われへん。なけなしの美になんぼ金突っ込むねんて」
「何の話やねん。オカン可哀想やろ」
「ところがや、この世界には、白魔法いうもんがあんねん。それに準ずるアイテムとしてポーションなんてのもあるな。狼男に『ガッブゥ!』いかれた傷も、1分やそこらで塞がってしまいよるとんでもない技術や。
顔に塗ったくる汁に、月に何千何万ちゅう金出す、世の女がやで、これを美容に応用せんわけがあれへんと思うねん。ほいで、実際効果上げんちゃうか?
そうなると、これまで、ある種の概念でしかなかった『丁度ええ熟女』というのも現実味を帯びてくんねん」
「はえ〜……。いや、結局、俺は何を聞かされてんねん」
「とにかく、『丁度ええ熟女に会いに行く』いう話やんけ。お洒落な鎧買いに行かなあかんわ。ちょお、お前、鎧選ぶの手伝えや」
「梅田にアウター買いに行くノリやめろや。ウキウキ感が出てもうてんねん。そもそもお前、白魔道士やんけ。鎧着られへんやん」
「上着のことアウター言うの鼻につくわぁ。何で白魔道士やったら鎧着られへんねん。どういう仕組みやねん」
「TPOみたいなもんや。高校生やったら制服着るし、リーマンやったらスーツ着るやろ。白魔道士やったらローブやねん」
「嫌やわ。似合えへんもん」
「まあ、せやな。分かった。鎧買いに行こ。けど、その後は別行動な」
「何でやねん。一緒に行こうや」
「俺な、考えてんけど、熟女全然興味ないねん」
「マジで?」
「マジや。普通に同じくらいの娘がええわ」
「まあ……ほなら、しゃあないな。俺、鎧の流行りとか分かれへんから、教えてや」
「俺もあんま分からんけどな。まあ、ええわ。ええ感じの選んだるわ」
そう言って、2人は受注の手続きを手早く済ますと、ギルドを出て防具屋へ向かった。
依頼の貼り紙に記載された発注者の氏名を見て、ギルドの受付が眉をひそめたことに、2人は気付かなかった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
今回のお話は、女性に怒られても仕方がないな、という覚悟の上で書いています。
化粧品の値段というのは、男が知らない方がいいことの一つだと思います。「お前の美しさは外付けやったんか!」というのは、世の男なら誰もが一度は経験することではないでしょうか。
さて、『熟女という概念』についてですが、私はそのテの動画について、『丁度いい熟女』を探してもう何年も電子の海を旅していると思います。
若い女優さんももちろん素敵なのですが、見終わった後に「ふぅ……浅いな」というしこりが必ず残る。かと言って、気合いの入った熟女でもそれはそれでまた「なんか違うな……」とならざるを得ないという苦しみの中で生きています。
今回は私のその苦しみを掘り下げて、お話に落とし込んだものです。
宜しければご意見などお聞かせください。
今後とも宜しくお願い致します。