6.どうしても聞きたいなら言うけど
「あ〜……かなんわぁ……。ホンマ……かなんで……」イワオはそう言いつつ、チラチラとソウタの顔色を伺う。
昨日、【冬の魔女】バーバ・ヤーガなる依頼人の採集任務に向かったイワオが帰って来たのは今朝のことで、それ以来ずっとこの調子だった。
ソウタはイワオが自分から話し始めるまで、意地でも事情を聞かないと固く心に決めていた。
「俺、昼飯食うたら仕事行くわ」
「俺も行くし」
「いや、こないだパーティー組んだ人らと約束してもうてん。一緒に昼食うことなってんねん」とソウタは嘘を吐いた。
「いやお前、主婦か。なんでランチやねん」
「どこに引っかかんねん。別にええやんけ」
「いやお前……聞けや」
「あん?」
「『昨日どやったん?』て普通聴くやろが!」
「言いたいなら自分からスッと言えや。鬱陶しいねん」
「いや、自慢やと思われてもアレやし」
「どれやねん。言いたいんやろ?」
「まあ、いや、実際、お前の言う通り、ここは異世界やったいう話やねん」
「具体的に言えや」
「そこまで言うなら……」
「あくまで相手が聞きたがってるからしゃーなしのスタンス堅持するのはなんやねん」
「まあ聞けや。昨日おろしたての鎧着て、『マンドラゴラの採集』行って来てんやんか」
「ああ、根っこが人型で、抜いたら叫ぶいうヤツやな。大丈夫やったん? 叫び声聞いて死ぬ人おるらしいやん」
「一応耳栓していってん。抜いたら『ギャー』言いよったけど、デコ叩いたら大人しなったわ」
「雑やな。何かにつけて雑やわ」
「ほいで、予め言うとった通り、直接届けに行ってん。まあ、結論から言えば、『丁度ええ熟女』は実在したわ」
「何歳やってん」
「1028歳」
「何て?」
「千とんで二十八歳」
「お前『丁度』のラインどこに引くねん。50、60くらいで『完熟やんけ!』て成立するボケやろ。異次元過ぎんねん。それはもう、『生きた化石』や」
「いや、俺も流石に最初引いてもうてん。ていうか、見た目がな。最初出て来たとき、フード被った中から前髪モッサァ顔にかかって、幽霊みたいなってもうててん」
「はあ。なるほど。しかしお前は、磨けば光ると気付いたわけやな。まあ、魔女やしな」ソウタは先読みして続きを促した。
「正直、自分でもファインプレーやと思うわ。髪の毛の隙間から見えた肌と目の感じでな、これイケんちゃうんてなって」
「初対面からどうやってその変身まで持っていったん?」
「いや率直に、顔出したら美人なんちゃいます言うて、けど、ボソボソ喋りよるからラチあかん思て、無理くりフード脱がして前髪分けたってん」
「おお。強引さが吉と出たパターンやな。で、どストライクやったワケや」
「『これほどの直接球放ったら逆に守備側に点入ることでええんちゃう?』て野球のルールが変わるレベルやな」
「ほいで、どうしたん?」
「もう『めちゃ美人やんけ、付き合うてくれや』言うたったわ」
「ええやん。男らしい」
「けどな、女が、『私、もうすぐ死にます』言うねん」
「やめろや。何なん? 病気なん?」
「いや、寿命や言うて」
「あと、どんだけやねん」
「俺も聞くやん。ほなら、『60年くらい』やて。『めっちゃ丁度ええやんけ。俺もそんくらいで死ぬわ』言うてん」
「なんや、落語みたいな話やな。1000年生きとったら、60年くらい一瞬か。けど逆に、そんだけ生きとって、ようお前に関心持ったなあ」
「いや、そんだけ生きとったら、他人との距離感が分からんようなってくるらしいねん」
「まあ、そらせやろな」
「なんや、心が植物みたいに何も感じんようなる時期と、めちゃ寂しなる時期と、100年くらいの周期で交互に来るらしいねんけど、丁度最近寂しなる時期やったとこで、マンドラゴラの採集も、寂しさ紛らすのに『ホムンクルス』て人造人間作るための材料やったらしいねん」
「怖っ! 発想がガチやな」
「ほいで、他に要る材料が、ほら、男のアレやねんて。汁」
「変に伏せるとかえって不快やわ」
「それ出してもらえる間柄やったら、もうホムンクルス要らんやん」
「せやな。それで立候補したワケか。この汁男優」
「誰が汁男優やねん」
「『男がおらんからホムンクルス造りたいけど、ホムンクルス造るのに男が要る』いうデッドロック状態から抜け出せたわけやな。まあ、良かったんちゃうん。で? 何が問題やねん。『かなんなぁ』言うてたけど」
「なんや、聞こえてもうてたんかい」
「もうええわ。聞こえるように言うてたやろ。はよ言えや」
「いや、彼女、変身をもう一段階残しててん」
「どこのラスボスやねん」
「いや、1000年生きてる魔女やから、ラスボスレベルやろ実際。28歳は端数やで」
「ええて。変身してどないなってん」
「ヤンデレやってん」
「何て?」
「ヤンデレ」
「アカンアカン。盛り過ぎや。そもそもお前みたいなゴリゴリの大男からオタク用語出んの抵抗あるわ。具体的にどないやねん」
丁度その時である。玄関のドアが何の前触れもなく開いた。
その先にいたのは、色の白い、艶のある黒髪の女だった。背が高く、胸や尻の丸みは肉感的で、瞳の色が吸い込まれるように深い。
────丁度いい熟女……。ソウタは戦慄した。千年生きた魔女だ。
ただそこに立っているというだけで、並ひととおりでない圧力を感じずにはいられなかった。まるで深い水の底に引き摺り込まれたように、周囲の空気が重く息苦しい。
女は言った。
「我が名は【冬の魔女】バーバ・ヤーガ。其方の友を、我が婿として引き取りに参じた。頭を垂れよ」
何か言い返そうとしたが、その瞬間、目に見えない巨大な手で、頭を押さえつけられるような圧力に、ソウタは堪らず頭を下げた。
『死』という言葉がソウタの脳裏をよぎった時、不意にイワオが声を上げた。
「アカンアカン! 何してんねん!」頭を押さえつけていた見えない力がフッと消えて、ソウタは咳き込むように息を吸い込んだ。
「イワオお前、これはアカンやん……」




