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49.バーリトゥード・シンガーへの追憶

「お前! 結局その女子高の子とはどないなってん!」イワオがほとんど叫ぶように聞いた。


「アホか、そんなん後でええやろ! 集中せえ!」ソウタの頬を、敵の切っ先がかすめる。


 幾重にも張り巡らした鉄条網を乗り越えた敵が2人、暗がりの中を、欠けた壁の隙間から射し込むおぼろげな光を頼りに斬りかかって来たのだ。


 魔法の光がこちらの合図で消えることに予め備えて、片目を闇に慣らしていたという有利が無ければ、1分と待たず斬り伏せられていただろうと容易に想像出来る。それほど、彼我(ひが)の剣技には開きがあった。


 イワオもギリギリのところで相手の剣を受け止める。「いやもう、そのお嬢さまが頭チラついて逆に気ぃ散るねん!」


「帰ったわ! 普通に! 適当に歌褒めてそれっきりや! 実際上手いのは上手かったしな!」答えるソウタの鼻先で、打ち合う刃が瞬く間、火花を散らす。


「2曲目は! 2曲目は何歌ったんや!」


「何でもええやろ! 試合中やぞ!」そう言う間にも、鉄条網の向こうから弓返(ゆがえ)りの音が鳴り、白羽の尖り矢が城内の暗く湿った空気を裂いて、切り結ぶ敵の肩越しに射掛けられる。


「お前、育ちのええお嬢さんが、1曲目にレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン歌ったて聞いたら、『ほんだら2曲目何歌ったんやろ』って気にならんのかい!」


「なる! 逆の立場やったら気になるて! けど今じゃなくてもええやろて! 頼むから後にしてくれ! ギリギリやねん!」


「俺かてギリッギリで聞いとんねん! ここスッキリしとかんと、逆に集中出来へんねん!」


「ああ! もう!『銭形平次』や!」


「は? 何て?」


「『銭形平次』! 時代劇の! あれの主題歌や!」


「何でやねん!」


「知らんがな!」


「『レイジ』と『ヘイジ』で掛けとんの?」


「そうやったとしたら、オモんないわ!」


「お前、ええ加減にせえよ! そない幅見せられたら、3曲目も聞かなアカンくなるやんけ!」イワオは力任せに戦斧を振るう。


 これに力負けした上級生が堪らず後ろによろめくと、丁度背にした有刺鉄線に袖を引っ掛けた。その機を逃さずイワオは相手の肩口を斬りつける。


 敵は苦鳴を漏らして、それきり動かなくなった。致死相当の攻撃が加えられたと判定されると、拘束の魔法が発動する。刃は相手の皮膚に届くことはない。『不殺の(まじな)い』の効果である。


 不意に鳴った弓弦(ゆづる)の音に反応したイワオは、動かなくなった敵の身体を片手で持ち上げ盾にとると、有刺鉄線に引っかかった袖を引きちぎり、そのまま敵の弓使いに投げつけた。


「お前、怪力やんけ! どないなっとんねん!」とソウタが歓声に近い声を上げる。


「あの教官のとこで訓練してんねんから、こうなるやろ! ええから、女子高の子が3曲目、何歌ったか教えろや!」


 ソウタを相手に厳しい打込みを繰り出す敵の背後を追って、イワオは戦斧を振り下ろす。それを察知した敵は、ほとんど反射的にイワオの戦斧を受けたが、この隙を突いたソウタの刃が頸動脈をとらえた。


 ソウタはすぐに剣を鞘に納め、弓をとって矢をつがえると、鉄条網の向こうから射かけて来る弓使いを牽制する。


「イワオお前、一緒にカラオケ行った女のセットリスト覚えとんか!」


「覚えてへんわ! あいみょんとか乃木坂やったら店出た瞬間忘れるやろ! けど1曲目がレイジで2曲目銭形やったら末代まで語り継ぐわ! ほんで3曲目何やねん!」


「3曲目はビヨンセの『クレイジー・イン・ラヴ』、4曲目が『北斗の拳』のヤツや!」


「『ユワッシャー!』いう奴か! オールラウンダーにも程あるやろ!」


「それやそれ! もうええやろ!」


「お前、そこまでハジケさした女の子、なに普通に帰しとんねん! 愛で空が落ちてきとるやろ!」


「連続で曲入れるタイプやってん! それに、なんかその子なりの手段で威嚇しとんちゃうかという疑念もある!」


「クソっ! そう来たら逆に、お前がアンサー・ソングとして何歌ったかも気になって来るやんけ! 疑問が次々湧いて来て全然収まれへん!」


「カラオケで入れる歌に『アンサー・ソング』としての意味合い持たしてへんわ!」


 そうこうしている内に、敵の弓使いが後続の増援を呼ぶ。すると、屈曲した廊下の陰から、3人、鉄条網に引っ掛けて裾や袖の破けたローブを羽織った魔道士が姿を見せる。


「あかん! フィガロ、魔道士3人出て来よった! 鉄条網挟んで撃ち合いになる!」イワオはフィオルディリージの通信魔法を介し、慌てて報告する。


「了解、そうなると分が悪い。階段室まで退がってくれ! 前衛は倒したのか?」


「戦士系2人やったわ! 他におるか分からん!」


「上出来だ! 鉄条網越えてお前らと戦うのは不利と見て、近接系を後ろに退げてんだろ。階段で粘れるか?」


「おう、やったるわ!」


 2人は素早く階段室まで退き、扉を閉めると閂をかけた。防御戦闘の要訣は、とにかく敵の攻撃を遅滞させることである。


 扉を叩くのは魔法の岩石か氷塊か、間断なく扉に浴びせられる攻撃に、1階廊下の鉄条網や罠線といった障害に時間を取られた上級生の焦りが見えた。


「ほんで、結局お前は何歌ったんや」扉を押さえながら、イワオはまた尋ねる。


「もう、相手の趣味が分からんくて全然的絞られへんから、とりあえず笑かしたろ、くらいのつもりで『はじめてのチュウ』をごっつ男声で歌ってん」


「まあ、そんだけ散らしてこられたらな」


「死ぬほどスベったわ」


「……まあ、しゃあないわ」


 その後2人は階段室でとぐろを巻き、大いに奮戦した。結果階段を昇りきったあたりで敵魔道士の集中砲火を浴び脱落したが、その後も執念深く張り巡らされた障害で上級生は足止めされ、最後には空き部屋に充満させた『薬師』ジェミマの麻痺薬が決め手となり、生存点勝負でこの2回戦も突破した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] テンポ良く読めて良いですね 会話も緩くてあれ?シリアスさんどこだ?ってなりますがクスッて笑えて好きです [一言] カラオケの女子高生が凄い気になります… 選曲に意味はあるのでしょうか…
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