18.ケツの穴に念仏
「クソったれ! シャバの連中、こないええモン食うてたんかい!」イワオは叫んだ。
帝都ヘルメスに住む庶民の間でこのところ人気だという居酒屋である。冒険者ギルドを出て彼らの住む貧民街へ帰る途中、いつも物欲しげに横目で見ることしか許されなかった居酒屋に、彼らは入っていた。
カウンターには額に傷のある屈強な男が、陶器のジョッキを傾けながら豪快に笑っている。見渡せば、どうやらここは冒険者御用達という風情である。
彼らがダンジョンの第二層で大量に採って来たキラーアント(巨大な蟻の魔物)の魔石は、予想より高値で引き取られた。2人が人知れず押さえ込んだ今次のスタンピードは、このところキラーアントがほとんど出ていなかった揺り返しであり、その魔石の時価が上昇していたためである。
今月分の家賃と返済が済み、さらに金が余るという想定外の事態だが、家に釜戸をつけられるほどの額ではない。こういう時に、人間の取る行動はおおよそ決まっている。
まず美味いものを食うということだ。
貧民街の屋台で、クズ肉の寄せ集めのようなものばかりを食べていた彼らにとって、そこに並ぶ料理は、どれも至上の甘露だった。
「もう、パンがちゃうわ。パンだけでもめっちゃ美味い!」イワオはテーブルにあるパンというパンを、手当たり次第に口に突っ込み、牛乳で流し込む。
「お前なんぼパン食うねん。小麦が街から消えてまうわ。イナゴか」
「炭水化物に飢えてんねん。肉もええし、魚も美味いけど、今はパンや」
テーブルに並ぶ料理を一心不乱に貪る彼らの隣に、いずれも二十歳を少し過ぎたかと見える男2人と、1人の女が腰を下ろした。
「今日はちょっと、客層が悪いね」気取った調子で男の1人が言った。
「あ?」ソウタは横目でその男を睨む。
安物の革鎧を着たソウタとは打って変わって、大輪の牡丹の花を掘り込んだ、派手な鋼の胴鎧が目立つ、剣士風の若い男である。
「お前、こんなとこで喧嘩すなや」とイワオはなだめた。
男は鼻で笑い、店員に酒と料理を注文すると、話し始めた。
「ジャストアイデアなんだけどさぁ、そろそろ僕らも中層にアタックするべきだと思うんだ」
「いいね。他のチームとアライアンス組めばそんなに難しいマターじゃない」
「3人のチームだと、パーヘッド高い分タスクが多すぎ。これからの冒険者はさぁ……」などと、得意げにやりあっている横で、女はやや退屈そうに運ばれたグラスに口をつけている。これもまた気取った調子のいけすかない女だった。
「ホンマにおんねんな、こういう人」イワオはパンを口いっぱいに頬張りながら言う。
ソウタもスペアリブを齧りながら、「よりによって、こっちで出会すとはな」と頷いた。「横文字のところは何語喋っとんねん」
しばらく経つと、酒も大分進んだものらしく、元より調子の良い声色だった男たちの会話は、またよく分からない横文字を頻繁に挟みながら、店の喧騒にもこれと聞き取れるほど一層高く響き始めた。
どうやら剣士風の男は女の気を惹こうとしているようである。しかし、彼が業界の未来に明るい男だというアピールは、女にはとんと刺さらなかったと見えて、酒場の喧騒の中をカラ回る横文字の数に比例して、男の態度にも焦りが見えた。
ちょうどその頃、不意に「アカン、腹いっぱいなったら眠なってきたわ」とイワオが言うので、ソウタは「お前酔うてんかい」と返した。
これにイワオが「いや、牛乳やし」と答えると、横にいた女が釣られてふふっと笑った。
このことに目を付けた剣士風の男は、ここぞとばかりにイワオたちを巻き込む方向へ舵をきった。
「君らも冒険者?」などと馴れ馴れしく声をかけて来る。
「ああ、まあ」と曖昧な返事をするソウタに、男は畳みかけた。2人が若いことと、身なりが粗末なのを見て、駆け出しの冒険者だと当たりをつけたものだろう。
「僕らはこれから中層にアタックしようと思ってるんだ。ま、君らからしたらちょっとだけ先輩かな。一杯奢るよ。ああ、気にしないで。これは後輩に対する投資だから。
やっぱ、これからの冒険者に必要なのは人脈だからさ。僕は高位冒険者とも何人か繋がりあるしね。君らも僕らみたいな新しいタイプの冒険者と積極的にコネクトしていかないと。情報でイニシアチブ取ってかなきゃ、これからの時代は生き残れないよ。
ダンジョンの浅〜い層でいつまでも日銭稼いでるオッさん冒険者とかいるじゃん。ああいうのどう思う? 僕は絶対なりたくないね」
ソウタの片眉がピクリと跳ね上がった。彼がこの世界で冒険者として生きているのは、ダンジョンの浅い層で日銭を稼ぐ、名もない冒険者の優しさに触れたからである。何も出来ない初心者をパーティーに迎え入れ、叱責するでも説教をするでもなく、ただ先達としての背中を見せた人たちだ。この侮辱は高くつく。
しかし男はソウタの静かな怒りにも気付かず朗々と歌い続ける。
「ああいうオールドファッションなやり方って、もう通用しないから。バーバ・ヤーガとか、そういう原始時代のやり方。伝説とか神話級とかいうけど、あんなのもうただの置物でしょ? 御神木とかそういうレベル……」
「おい」とソウタは椅子を立った。男もきょとんとした顔で、恐る恐るその場に立つ。何が相手を怒らせているのか、まるで想像も出来ないという表情である。「長いねん。しょうもない話。人間の言葉で喋りたないねやったらワオキツネザルにでも聞いてもらえ。何がコネクトでイニシアチブやねん。お前のケツの穴にコネクトしたるわ」ソウタはそう言うと、男が突然悲鳴を上げて、尻を押さえてうずくまるのを見下ろし、付け加えた。「俺の相棒がな」
イワオはうずくまった男の背後にしゃがんで、手には印を結んでいる。
「南無阿弥陀仏」
「これは、我が祖国の僧侶に連綿と受け継がれる対人格闘術の中でも秘中の秘とされる奥義『カンチョー』や。一方的にクソをひり出す器官としてのお前の肛門は、今日死んだ。今この時から、お前の肛門は出入口として生まれ変わるんや。そやな、イワオ」
「第二関節までいったったわ」
「ダンジョンの浅いとこで日銭稼いどるオッさんの何人かは俺の先輩じゃ。みんな中層には進まれへんのか知らんけどな、少なくともお前みたいに他人のフンドシで相撲とろうとはしてはらへんねん。俺の前で2度とナメた口きくなやカス。次はその肛門深層まで抉ったんぞ」
「おい!」ともう1人の男がソウタの肩を掴む。『斥候』と見える、軽装の男である。「調子に乗るなよガキ」
「何やコラ。お前もオシャレなオープンテラスで『フィックス』とか『エビデンス』とか言うとけや。スッカスカなセリフ吐くのにわざわざ雰囲気出しとんちゃうぞボケ。サブいんじゃ」
「お前ら……素人が」尻の穴を片手で塞ぎながら剣士風の男が息も絶え絶え呪詛めいたうめき声を絞り出す。「安物の装備で、浅層ウロウロしてるようなヤツらが、偉そうな口をきくな」
「あ? ケツの穴押さえてカッコええのう。ほだら勝負したろやないけ。お前らより潜られへんかったら、滑りのええアナルプラグ買うたるわ。生まれ変わったケツの穴にフィックスせえ。代わりに俺らが勝ったら、お前その鎧にケツの穴の紋章入れろや。俺がドラスティックなデザインをクリエイトしたるわ」
「お前、用語詳しいやんけ」とイワオが呟いた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回のお話は、ある日突然、『ケツの穴に念仏』というこのキャッチーなフレーズを思いついてしまったことから、いつかこのフレーズでお話を作りたいと考えていたものです。
日常生活していてまず使う機会のない言葉ですが、本家『馬の耳に念仏』を超えるキャッチーさだと個人的には自負しております。
このフレーズありきでお話を作っているので、カンチョーをしないことには成立しないお話ですが、いまいちカンチョーのシーンに重心を置ききれなかったことが反省点です。
さて、今回はカンチョーされる相手として、ライバル的な人たちがいたらいいのではないかと思い、『意識高い系』というコンセプトでライバルキャラを作っています。
『意識高い系』の人たちとはいうのは、現実では本来、サブいのはサブいものの、根は悪い人たちではないので、主人公たちと対立する展開を考えるのに少し苦心しました。
結果、彼の肛門をこれでもかとイジることが出来たので、この点は満足しています。
肛門のイジり方について、ご意見などあれば、是非お聞かせ願えればと思います。
今後とも宜しくお願い致します。




