第四十八話 これからもよろしくね
「ここの通りを曲がったらすぐだよ」
この日はアキラちゃん絡みでちょっと確認したいことがあった。
市内の役所に到着し、受付に向かう。
「おはようございます、今日はどうされましたか?」
「おはようございます、あのこの子、なんて言ったらいいんだろう、身元確認や照合などをすることってできないでしょうか」
「……はい、迷子などでしょうか」
「ああ、はい、そんな感じです」
少しだけ考えているようだがこちらの事情に最も関連がありそうな課を教えてくれた。
「でしたら市民課の方で詳しく手続等させていただきますので4番窓口の方にお願いします」
「わかりました、ありがとうございます」
整理券を受け取り、座る。頭の中で状況を説明するための言葉を反復するがなかなかまとまらない。この事情を知らない人に説明する難しさをこの時になって初めて理解した。準備期間である待ち時間などあっという間に過ぎて自分の番号が呼ばれた。
「すみません、10日ほど前にこの子が迷子になっていまして保護したんですが……、身元の照会などってできないでしょうか」
「魚崎市で保護されたんですか?」
「いえ、……」
出会った場所、その時の状況などを質問に答える形で一通り説明した。
「えっと、春夏秋冬全さんでしたっけ? あなたは記憶喪失なのよね? 自分の生まれた場所とか少しも思い出せない?」
「はい、3年前の事は一切思い出せないです。それにそれ以降の事もぼんやりしていて……」
書類にチェックやメモをしながら時折、他の職員の人と何やら話し合って手続きが進められる。
「わかりました、では一応戸籍を確認しますね。 チップはありますか?」
「はい、右腕のここです」
「では失礼します。それとここに人差し指を入れてください、はい、結構です。後はこのレンズを覗いてみて……、はいもう大丈夫です」
一連の生体認証を済ませた。すると、
「ん? 何も表示されない……?ですね」
「えっ? そんな……」
「あっ、実は最近になってこういったエラーが起こるようになってしまったので。よくあるというわけではありませんがありえないことではないです」
どうやら個人情報のデータベースにアクセスすることができにくくなったらしい。
「んー、どうしましょう。申し訳ございません、もう一度だけ待っていただいてよろしいでしょうか?」
「わかりました」
再び待合用の椅子に腰掛ける。
「エラーメッセージが出ちゃったって」
「なんだかごめんなさい。まさかこんなことになるなんて」
「いやいや、謝ることないよ。今の世の中しょうがないって。ねえ、もう一度さっきの腕見せてもらっていい?」
「あ、はい。どうぞ」
右の二の腕を見せてくれた。確かにチップを入れた跡がかすかに見える。俺みたいにまだ入れていない人もいるにはいるが少なくともアキラちゃんは入れたのだろう。その場合はマイクロチップで個人情報の管理が自動的に行われる国出身ってのは分かる。まあそんな推理せずとも明らかにしゃべっている言葉や容姿から日本人(日系)ってことは分かるがこれ以上の情報の入手は難しいかもしれない。
「あの、個人情報がはっきりしないとどうなるんですか?」
「どうだろうなぁ、ちょっと前なら徹底的に調べられるか適正な場所に送られてから誰かに保護されるって流れになると思うけど今はまた事情が違うと思うから」
「そうですか…… あの……」
「ん?」
「もしも、保護って制度があるのならリョーマさんにお願いするってことはできるでしょうか。もちろん、生活するために最大限努力は怠りませんので」
「あぁ、いいよ難しいことは気にしなくて。それに保護っていうよりはアキラちゃんが納得するまで一緒に生活しても大丈夫だから、ただ……」
「本当ですか!? でも「ただ……」って」
「まあ問題は俺が独身の異性ってことかな」
「あ、そういうのってルール的に厳しいんですか?」
「……多分」
「61番の方、4番窓口にお願いします」
再びさっきの職員の方が対応してくれた。
「お待たせしました。現在の春夏秋冬全さんの事情は特殊なケースですので本来なら市内の警察署に行っていただき保護施設への手続きをしていただきます。ただ、現在は身元が確認できる市民の方々が優先的となってしまうので、まずは春夏秋冬全さんには簡易手続きを取っていただきます。」
「簡易手続き……ですか?」
「ええ、正式な手続きについては数か月、下手したら1年はかかってしまうほどあらゆる機関が混乱しているというのが現状です。なので春夏秋冬全さんに写真といくつかの生体情報、名前などを可能な限り再登録します。その際に住所や後見人が必要になるのですが住所については今住んでいるところは……?」
「一応、リョ、あっ、八雲龍馬さんの家で」
「その前は?」
「宿泊施設を利用していました。それ以前は実は住み込みの働き先があったので……」
(そうだったのか……!?)
「あの、その働き先の場所を教えていただけないでしょうか」
「すみません、あまり記憶が無いのと最後に見たのはそこが壊される光景で…… それに実はその場所って……」
どうやら自治体に十分に許可を得ていない働き口だったらしい。と、言っても別にいかがわしかったりするわけではなくて労働力を安く買い叩く工場だった。彼女の周りは社会からあぶれた人達がたくさんいたようだ。訳ありでベーシックインカムも受け取れないような。AIもロボットも導入できず、廃業間近のはずの企業、と言っていいのかわからないがそういった所がなんとか存続するための苦肉の策だ。一応労働環境及び従業員(とは呼べないが)の安全は徹底的に管理されていたようなのでそこは安心だった。まあアキラちゃんの性格を見る限り金銭面以外はちゃんと過ごすことはできていたのだろう。それでも本来ならすぐに異変を察知して取り締まられるべきはずだが、上手いこと抜け道を作っていたのが何となくわかった。
「わかりました。一応情報は周辺の市と共有させていただきます。すると現在の住所は八雲さんの家で仮登録させていただきます。それで後見人は……」
「あの、それって僕がなることはできますか?」
「はい、一応わずかでも保護の実績がありますので。ただ、現在春夏秋冬さんは配分金を受け取ることができないので言いづらいことですが八雲さんの経済状況によります」
「えーっと、すみません」
そう言って鞄から昨年分の税金関連の申告書を出す。
「これで条件の確認などをお願いします」
「はい、失礼します」
かすかにうなずきながら、
「少々お待ちください」
次は座らずにその場で少しだけ待った。何やら奥から一人の男性が近づいて来て、
「生活課の富沢と申します。えーと、八雲さん、ってあの6番地の八雲さんの家だよね」
「あ、はい」
先ほどの人と富沢さんが短い会話をする。
「まあなら問題ないよ、それに第五でしょ」
「そうですか、では申請の方は……」
「うん、一応暫定にはなるけど許可で」
「分かりました」
「えっと、ではお待たせしました。こちらの書類に記入をお願いします」
どうやら許可が下りたようだ。いくつかの書類に指示通り記入、さらに説明を受け記入を繰り返しながら手続きを済ましていくと……
「おや、君は八雲君の所の……」
若干聞き覚えがある声に思わず振り返る。その姿は先日少しだけ見た。水鳥川花耶の父、水鳥川朝景の姿。
「ああ、これは水鳥川議員!」
奥から誰かがやってきた。
「ああ、こんにちは。今日は市長に話がありましてね。まだ時間じゃないから少し待とうと思ったら懐かしい顔が見えたんで話しかけたんです。私の事は大丈夫ですので、すぐに去りますから」
駆け寄ってきた人はまたすぐに席に戻る。
「先日は大活躍だったね」
「あ、はい、ありがとうございます」
「ところでずいぶんと花耶と仲良しだったようだが……」
「お父さん!! 何してんの!?」
「花耶!? どうしたんだ? なんでここに!?」
「別に、ちょっと用事があったから来てたのよ。そうしたらりょ、八雲君に絡んで」
「いやいや、久々に会ったもんだから挨拶をしようと思って」
「もう挨拶は済んだでしょ」
「まあ、そうなんだが……」
「やあやあ、水鳥川議員、よくぞお越しくださいました。連絡してくだされば迎いに来ましたのに。ではこちらへ」
「あ、いやまだ早くないですか?」
「ええ、でも奥の方でゆっくりしていってください」
あの人は確か市長だな。
「まあ、そうだが。少し待ってくれ。ところで八雲君、君は今日何の用事で?」
「この子、春夏秋冬全って女の子の保護申請手続きです」
「? この子?」
「だ、か、ら! アキラちゃん! 私達としばらく一緒にいたの」
「ん? ああ、そっちか! 初めまして、お嬢ちゃんも先日は頑張っていたよね、ありがとう」
「あ、えっと、どういたしまして、ありがとうございます」
「ははは、君達の活躍も見ていたよ。私からもお礼を言わせてくれ。では、そろそろ時間なので……」
「ああ、わかった」
何か引っかかっているような顔をしつつ、市長に連れられて行った。そして、残りの手続きを済ませて帰ろうとする。
「終わった? じゃあ帰ろっか、これから運搬保護でしょ? 私もよ」
「あ、じゃあ一緒だわ」
「ところでカーヤさんの用事って何だったんですか?」
「え、私!? 私は、まあ、いろいろとね、もう済んだから大丈夫よ」
(あれ? でも最初来たときはいなくて、そのあと何かしている様子は無かったはずだが…… まあいいか)
アキラちゃんの身元を確認することはできなかったがひとまず保護って形はとることができた。その際に心身とも安全かどうかの経過報告はしなくてはならないがそれについては各地の役所に提出で問題ない。だから当面、彼女は俺と一緒にいることになるが今までもそうだったように、いや、それ以上にしっかりと守る必要もある。一抹の不安もありながら考え事をしていると、アキラちゃんが俺達の前にさっと出ていって振り返る。
「リョーマさん、ではこれからもよろしくお願いしますね」
「うん、もちろん」




