第八話 ボタニカルパニック 中編 焔の覚悟
決して真っ直ぐではない。
人が歩くくらいのスピードでうろうろしながら、でも確実にこっちに向かってくる。
160cmくらいの女性っぽいその姿。
下を向いたと思ったら周りを見渡して、そしてついにはこちらに顔を向けた。
無機質だが神秘的だ。
美しささえ覚える。
だが…
全身に寒気が走る。
顔の皮膚がピリピリした感じになる。
動悸が早くなるのが分かるし、顔を少しでも背けてはならないという圧力、緊張感がこれでもかというくらい体を支配する。
ISが示したその名は【緑の叡智神 アンテーア】。
聞いたことが無い。
でもモンスターとして実在する。
目の前に現れてしまっている。
それにカテゴリー5。
バグか?
だがこの威圧感は…
俺の最高討伐カテゴリーは6だ。
だが、それは自分と同レベル、またはそれ以上のランカー含めた7人の精鋭プレイヤーでなんとか討伐した宇宙竜だった。
あくまで昔だからもちろん今よりもレベルもPSも低い。
それでももう戦いたくないほどボロボロになった。
状況を考えるとこのモンスターは当時より危険なんじゃないか。
どうすればいいかわからないがとにかく思考が高速で流れる。
アンテーアがこちらに手を伸ばした瞬間、思考のすべてが現実に引き戻される。
すると横から赤の軌跡がアンテーアめがけて走る。
花耶のライフル攻撃だ。
彼女もおそらく初めて相対する敵だろう。
でも胸中央やや右を正確に狙った。
人型のモンスターなら大抵はここが急所だ。
この状況でこの冷静さに感心する余裕はない。
続けて
(全弾放出)
俺もスピカで狙う。
とにかく今は攻撃しないとまずい。
敵が見えなくならない程度に弾幕を張り腕、足、腰、胸部、首元、顔面など様々な場所を狙い撃った。
と、次の瞬間、アンテーアが走るようにこちらに近づき腕が鞭のように伸びて襲い掛かる。
シールド展開。
直線的な攻撃だ。
攻撃位置は予測しやす…
腕はシールドを躱すように曲がりこちらを狙う。
「くっ!!」
さらにシールドを展開するがそれも躱されて俺達の側面に先端が押し寄せる。
狙われているのは俺か!?
オートシールドが発動するが瞬時にひびが入った。
が、オートシールドで速度が緩まったおかげで俺に当たる直前にシールドを展開することができた。
そして伸びた腕の肩部分を狙って花耶がライフルを放つ。
迫りくる鞭に対して不安の表情を見せたがすぐに切り替えたようだ。
この表情の変化を他の2人は確認している余裕がない。
まだ、戦闘は始まったばかりだがこの状況の意味は理解できてしまう。
そういえばアキラちゃんは⁉
彼女を見ると震えている。
無理もない。
こんなの想定していない。
でも今は…
脅威の根源をすぐに確認しなおす。
アンテーアは何やら口を動かした。
(なんだ詠唱?魔法攻撃か?)
詠唱を止めるため、いやできるかどうかわからないがスピカの魔法弾を再び放つ。
さらに花耶も援護射撃を行う。
が、詠唱は止まらない。
ダメージは確実に与えられているはずだ。
そして、カテゴリーアラートが再び鳴る。
(よりにもよってこの状況でかっ⁉)
おかしい。
長い、いや、連続で…!?
カテゴリーアラートがいつもより長く鳴る。
違う、鳴り終わる前に新しく鳴り始めたのだ。
周りにモンスターが次々と出現する。
でもただのモンスターじゃない。
キングマンドラゴラ、グリーンザウルス、それも複数。
そして、レア種のはずのボタニカルガーディアンまで。
その他の雑魚敵、いや、雑魚ではない。雑魚と認識するには数が多い。
取り囲まれるように出現してしまった。
あの詠唱は召喚…!?でも多すぎる!!
規格外の召喚だった。
そしてキングマンドラゴラが毒を吐く。
「はぁぁーーー!!!」
予防結界が三人に張られた。
アキラちゃんが張ってくれたんだ。
少しだけ目をやると恐怖でまだふるえている。
でも唇を自ら噛んで俺達を守ってくれた。
そして、すかさず浮遊感に包まれる。
花耶もだ。
(アキラちゃんの浮遊能力⁉)
そのまま、囲まれた位置から3人を運び出してくれた。
おかげである程度距離ができた。
「はあはあ…」
アキラちゃんの息が激しい。
無理もない、立て続けにスキル、それも上級で珍しい浮遊を使ったんだ。
加えてこの緊張感と恐怖だ。
彼女の精神状態はかなり厳しいことになっているはずだった。
それでも守ってくれたんだ。
魔法+3、精度+3
ならば応えるしかない。
バフをかけ彼女が作ってくれたチャンスを利用する。
火カードリッジセット。
広範囲モードを選択。
そして再びスピカで敵を狙う。
8つまでの敵を自動ロックし、放つ。
低耐久から順に倒れていき、新たにターゲットを捕える。
そして倒す。
さらに花耶が高カテゴリーの急所を一定タイミングごと正確に射ぬく。
アンテーアの召喚は強力だ。
だが、インターバルが長いみたい。
この隙に次々と敵を倒す。
するとアンテーアが倒れたモンスターのそばによる。
回復か、強化か⁉
いや、でもそのSPなら大したことはできないないはず。
そんな事を思っていたらアンテーアはそっと倒れ、消えつつあるモンスターに手をやる。
それだけだった。
魔法を使わない。攻撃をするわけでもない。
あれは…悲しみ?慈しみ?
いや、そんなわけ… だがそうとしか思えない。
(感情や意志があるのか!!??)
そういえばアンテーアがこちらに向かってくる時にフラフラしていた行動。
あれはモンスターを倒した位置だった…
よく見れば召喚で登場したガーディアン以外の敵はこのクエストで倒したモンスターの数と合致する。
カテゴリー2以下は分からないが少なくともカテゴリー3はそうだ。
あれは召喚の為の準備だったのか。
だが、それならあの行動をする意味はない。
だってどこまで行ってもプログラムデータだろ。
疑問が湧いてしまうが蓋をする。
今考えるのはただただ殲滅。
それだけだ!!!
だが、こちらの消耗も激しい。
グリーンザウルスが3人めがけて突っ込んできた。
あれの強さは単純にその体格。
状態異常を使う訳でも魔法を使うわけでもない。
ただただ、その大きさとパワーで圧倒する。
混戦状態だとそれが厄介だ。
突進をよけたが尻尾の攻撃が襲い掛かる。
スピカでガードをした。
両手がふさがる代わりに近接でもこういった戦い方ができるランス、その側面を持つスピカならではの戦い方だ。
だが、そのまま吹っ飛ばされる。
後ろの大樹にぶつかりそうになったところで再び浮遊感。
こっちを見ながらアキラちゃんが、険しい表情で、それでもまた助けたくれた。
広範囲モードから単独モードに切り替え。
標的、グリーンザウルス。
この距離なら!!
次々と放たれる火魔法ボーガンが急所を突くわけでもなくただひたすらにグリーンザウルスめがけて放たれる。
野蛮な戦い方だ。
初心者的とも言っていい。
それでもこの距離、この状況。
一番、そして確実にダメージを与えることができる。
そのまま倒れこむ緑のカミナリ竜。〈カテゴリー3グリーンザウルスを討伐しました。3ポイントを獲得しました。〉
さらに〈カテゴリー3キングマンドラゴラを討伐しました。3ポイントを獲得しました。〉
花耶もマンドラゴラを倒したようだ。
これであの化け華はいない。状態異常に対してはある程度自由が利く。
だがじりじりと追い詰められているのは分かる。
新たにカテゴリー2も増えている。
さらに召喚を使われたようだ。
カテゴリーが高いほど召喚はしにくようで3以上は新たに登場していない。
それでもこの量はきつい。
消耗戦を仕掛けているようだ。
こっちの嫌なことを適切に実行されている、そんな錯覚さえ覚える。
アンテーアを狙わなければこの戦いは続いてしまう。
そう思ったのと同時に花耶が再びアンテーアを狙い撃つ。
どうやら彼女も同じことを思ったようだ。
パシン!
その攻撃は無慈悲にもはじかれた。
ボタニカルガーディアン。
植物系モンスター屈指の耐久を誇るモンスターだ。
それがアンテーアを守ったのだ。
木でできたずんぐりした巨人。
それがボタニカルガーディアンの様子。
動きは決して早くはないが耐久、そしてその硬度と巨大さとパワーからの攻撃も恐ろしい、このイベントの実質のボスだ。
でもどうやら真のボスは別にいた。
その主を守ったのだ。
そして、花耶めがけてガーディアンが迫り、腕を一振り。
まずい、あの距離は…
スナイパー武器は距離を取って戦うべきだ。
もちろんさっきまでそうしていた。
マンドラゴラと戦う時は。
しかし、標的をアンテーアに切り替えたばかりではまだ距離を取れていない。
彼女はシールドを張る、さらに2枚。
だがその力の緩衝材になるのが精いっぱいなようでそのまま彼女に攻撃が当たる。
勝手に足が動き出し、位置を見定め、スピカを置き、飛ばされる彼女が地面に付く前に受け止めた。
するとアンテーアがさらに追撃とばかりに腕を伸ばす。
標的は俺…ではなくアキラちゃん!!
彼女は腕にからめとられ脱出しようともがくがそれも意味がなかった。
援護したいがガーディアンが再びこちらに狙いを定めるために耐性を整え始めた。
「ねぇ リョーマ…」
?
「私の事、嫌にならない…、いや何でもない」
「今、私はただただ二人を…守りたい!!!」
そう叫んだ彼女は武器を切り替えて剣を出す。
朱色と金色の剣。
憧れの剣。
所有者はただ一人。
ゲーム内ではもはや都市伝説だった。
【レーヴァテイン】を取り出した彼女は迫りくるグリーンガーディアンの攻撃、今度は蹴りだ。
それを剣で受け止めた、いや、受け止めるんじゃない。これは攻撃だ。
と次の瞬間、攻撃を与えた部分が爆炎に包まれる。
あっけにとらわれる俺に振り返って「お互いに思うことはあるかもしれない。でも今はこの状況を切り抜けましょう。」
いろんなことが瞬時につながっていく。
でも今は…
「あぁ、そうだな。」
再びスピカを持って、アキラちゃんを捕えていた腕めがけて攻撃を放つ。
腕は耐えきれなくなりちぎれた。
まあこれもすぐ再生すると思う。
(でも、)
解放されたアキラちゃんがこちらに戻ってくる。
(これでやっと勝機が見えた)
「花耶…」
彼女がこっちにすこし顔を向けた。
「窮屈な思いさせちゃったね。でも俺は嬉しい。」
「…そう。」
呻くガーディアン、そして、召喚されるモンスター。
必ずここから出る、3人の想いは同じだった。




