携帯電話。
私は、香織と莉那に勧められた本を貪るように読み2週間を過ごしました。私は今まで自分好みの本ばかり読んできたけれど、ふたりに勧められた本はそれぞれ系統が違い私の知識の幅を広げてくれる気がします。私はそれを早くふたりに伝えたくて会うのを心待ちにしていました。2週間後の土曜日、玲が自転車で家にやって来ました。たまたま居合わせたパパが玲に質問を始めました。
「おはよう。玲くん。」
「あっ、つぶパパおはようございます。」
玲は屈託のない笑顔をパパに向けています。
「最近まどかとよく出掛けるようだけど、どこに行っているんだい?」
「隣町の図書館です。」
「隣町?あんな所まで行くのかい?危ないだろう?」
心底驚いた顔でパパが言いました。
「今のところは平気ですよ。」
玲があまりにのほほんと答えるので聞いているこっちが脱力してしまいそうです。
「あんなに車通りが多いところを自転車で行くなんてパパは賛成できないな。」
もはや玲ではなく、私に向き直ってパパが言いました。そこへ自転車を出してきてくれたママが現れ、口添えしてくれます。
「あのね、パパ。隣町の図書館位いいじゃない。今までまどかは家に籠りっぱなしで遊ぶ子って言えば玲くんしか居なかったのよ。それが図書館に行くようになって女の子のお友達がふたりも出来たんだからいいじゃない。まどかにはちゃんと5時には帰るように言ってるし、玲くんも一緒なんだから大丈夫よ。」
「心配じゃないか!何かあったら遅い。連絡もつかないだろうし。玲くんが頼りになると言うけれど、玲くんだってまだ子供だ。」
「もう、まどかももうすぐ中学生よ。そんなこと言ってたら何もさせてあげられなくなるわ。」
「だって心配じゃないか。そうだ、携帯を持たせよう。そうすれば少しは安心だ。」
「あのう。」
玲が少し言いづらそうにパパに声をかける。
「なんだい玲くん?」
「僕の携帯じゃ駄目でしょうか?一応持っているので。」
「えっ、玲ってば携帯持ってるの?」
私は心底驚いて玲を見つめました。ウチでは高校生になってからと固く決められているのです玲はバツが悪そうな顔をしてポケットから四角いスマートフォンを出しました。
「つぶちゃんは、高校生までダメだって言われてるって言ってたから欲しくなっちゃうといけないと思って黙ってたんだ。つぶちゃん、ごめん。」
「玲くんはこういう子なのよ。だから信用できるの。」
ママはパパに言いました。パパは大人げなくいじけて
「いや、玲くんの番号は教えてくれなくて大丈夫だよ。まどかはまどかで玲くん無しでも出掛けることがあるだろうからちょっと早い気もするけど、持たせよう。今日、買ってくるから。」
「本当に?」
「本当だよ。これから行ってくる。」
「うわぁ。ありがとうパパ。」
私は携帯を持てる事がよく分からないけれど嬉しくてパパに飛び付きました。パパはコラコラなんて言いつつニコニコでご機嫌です。颯爽と車に乗り込み出掛けてしまいました。そんな姿を見たママは呆れて
「車出すなら乗せていってくれたらいいじゃない。あんなに心配していたのにね。まぁ、パパと一緒だと何かとうるさいだろうから自転車が良いわね。」
「うん!!」
玲も私も声を揃えて返事をしました。
「行ってらっしゃい。気を付けてね。」
ママに見送られ家を出て自転車を運転中、私は携帯電話の事が気になって仕方がありませんでした。今まで本当に興味がなくて、正直今日、今さっき買ってあげると言われてもいまいちピンと来ないのです。分かるのはいつでもどこでも捕まると言うことだけ。これはもしかすると私には何のメリットも無いんじゃないかとすら思いました。それに家族以外に繋がれる人で思い浮かぶのはさっきスマートフォンをポッケから覗かせた玲だけなのです。
玲も家族同様頻繁に会う人物なので面白味の欠片もないなと思い、自転車のペダルを漕ぎながら何となく気持ちが重くなりました。