5月1日、僕らの秘密。
いつもより早く目が覚めてカーテンを開けると、外は快晴で何だか良いことがありそうだなと思ってしまう。なんと言ったって今日は苦労して書き上げた私の小説が店頭に並ぶ日なのだ。期待と不安が入り交じった気持ちを落ち着けるために天候も味方につけてみる。ベッドから這い出し、いそいそと着替えてリビングに降りた。
「おはよう。」
「おはよう。まどか、今日はいい天気で最高の1日になりそうだね。」
同じように天候の良さに幸先の良さを重ねたらしいパパが言う。
「まどかの小説が店頭に並ぶ日だもんな。」
「お友達とチェックしに行くんでしょう?帰りは遅いの?」
淹れたての珈琲を渡してくれながらママに訊ねられる。
「ちょっと遅くなるかも。」
「なら、夕ごはんは軽めがいいわね。それからこれ。」
ママはエプロンのポケットからサッと何かを差し出した。見てみると小さなポチ袋だった。開けて中を覗いてみると5000円が入っていた。
「とりあえずお祝いって事で。パパとママから。帰りに軽い物でも食べて来たらいいんじゃない?」
「ありがとう」
受け取ったポチ袋を大切に鞄にしまう。
今日1日の事を考えて胸がドキドキ高鳴る。
変わらない朝、変わらない学校。
でも私にはとてもとても大切な1日が始まる。
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
玄関を出ると、玲が手持ち無沙汰に立っていて私に気付くと高く手を上げた。
「おはよう、つぶちゃん。」
「おはよう。」
隣に立つとちょっとだけ玲の高さが変わった気がする。
「ねぇ、ちょっと背が伸びた?」
「あっ、分かる?伸びたんだよ。それにね、体重もほんの少し減ったんだ。」
嬉しそうに話す玲がもっと嬉しそうに言う。
「今日はつぶちゃんの本の発売日だね。月曜で部活も無いし、終わったらみんなで本屋に直行だね。楽しみだなぁ。」
「なんか、私よりずっと嬉しそう。」
「そりゃそうさ。印税が入ったら美味しいものたくさん奢ってもらおうと思ってるから。」
「わぁ、それ図々しい。」
ほんの少し視線を上げないと見れなくなった玲の横顔をぎゅっと抓る。
「痛いなぁ。なにするんだよ。」
笑いながら追いかけてくる玲をかわして電車に飛び乗った。
一本早めた電車は空いていて余裕で座れた。
「ラッキーだったね、つぶちゃん。」
「うん。」
いくつかの駅を過ぎて岩田駅にたどり着く。
バタバタという足音と一緒に莉那と香織がやって来た。
「おはよう!」
何か言いたそうな2人の顔。
先に口を開いたのは莉那だ。
「今日だね、今日。すごく楽しみ!」
「私も!!寄り道しなきゃね。」
まるで自分の事のように喜んでくれるふたり。
その顔を見ていたら何だかくすぐったいけど、嬉しい気持ちで心が満たされていくのを感じた。駅に着き学校へ続くなだらかな坂道を上がっていく。生徒の姿はまだまばらでいつもの慌ただしさはまだ無い。校門をくぐり抜けた所で香織が唐突に切り出した。
「あのさ、まだ時間があるしちょっと図書室に行かない?」
香織の突然の提案に一瞬みんなキョトンとする。
「えっ、別に良いけど。」
「じゃ、急いで行こう。」
香織に急かされる形で図書館へ急ぐ。ガラリと扉を開けて中に入ると香織が小さな声で言いながら手招きする。
「こっちだよ。」
いくつもの書棚を抜けて辿り着いたのは、あいうえお順に並んだ書棚の『は』のゾーン。香織は何かを探しながら鞄をゴソゴソとやっている。
「あった。ここだ。」
香織が止まったのは『ほ』のゾーンで、手に持っていたのは中川さんから配られた放課後の美容室だった。香織は悪戯っぽく笑う。
「まどかの小説、いろんな人に読んで欲しいからここに紛れ込ませようと思って。」
「それ、いいね。」
玲と莉那が即答で賛成する。
「大丈夫かな?」
作家として本を出版したことは、家族と玲と香織と莉那しか知らない。学校では伏せている秘密なのだ。
「きっと大丈夫。」
香織が言いながら伸びをして本を棚に押し込もうとするが、ほんの少し届かない。玲が後を引き継いで本を書棚に押し込んだ。
「絶対大丈夫。」
根拠の無い自信たっぷりに玲が言う。
「僕らの秘密だね。」
玲の言葉に4人で視線を合わせ、小さく拍手する。
同時にチャイムが鳴り響き私達は図書室を後にした。




