スランプと入学式とクラス替え。
春休みは次の小説を考えてみようかな?なんて軽々しく口にした私。後悔はすぐに訪れた。理由は簡単、新しいストーリーが思い浮かばないのだ。もしくは浮かんでもすぐに行き詰まってしまう。中川さんにメールで相談したらたったひと言『スランプね』と返信が来た。
数時間後にまたメール。
『急ぐ事は無いわ。放課後の美容室の製本はもうほぼ終わったからあと3年くらい何も書かなくても平気よ。高校生活楽しみなさい。追伸、高校合格おめでとう。お友達と連絡を再開しても構いません。何事も経験が大事。楽しみなさい。』
メールの内容を見てホッとした。書かなくてもいいと言う事じゃなくお友達と連絡を再開してもいいということに。合格発表のあの日みんなで楽しんだ事に本の少し後ろめたさを感じていたから。そうこうしているうちに入学式が翌日に迫った。
「まどか、制服出したの?入学式は明日よ。それからもう遅いから今日は寝なさいよ。」
階下からママの声が響いた。
「はーい。」
返事をしてパソコンを閉じ、クローゼットを開ける。中には明日着ていく制服。私はにんまりしてしまう。明日から緑が丘高校に行けることがすごく嬉しいのだ。もう寝よう。そう思ってクローゼットを閉じベッドに潜り込んだ。
ピピピピピッという目覚ましの電子音で目が覚める。着ていたパジャマを脱ぎ捨て制服に袖を通した。しっかり採寸した制服は体にぴったりで我ながら似合っていると思う。リビングに降りていったらスーツ姿のパパとママが誉めてくれた。
「よく似合ってるわ。」
「本当だ。中学の制服とは大違いだな。」
「顔を洗って来なさい。朝ごはんを済ませて出掛けましょう。」
「はい。」
洗面所で顔を洗い鏡を見つめる。心なしか少し大人になったように感じるのは制服のせいだろうか?朝ごはんを済ませて3人で家を出る。運転席にはパパが乗り、助手席にはママ。後部座席に私が乗り込んだ。学校に着くと合格発表の時のような掲示板が貼り出してある。近付いて見てみるとクラス表だった。私は注意深く自分の名前を探す。1年B組。
ママ達と別れ1年B組に向かう。黒板には座席表が貼られていた。窓側の前から3番目が私の座席だった。ドキドキしながら座席に向かい椅子に座る。どんどんやってくるクラスメイトを見て一瞬時が止まる。莉那がやってきたから。じっと見ていたら莉那も私に気が付いて小さく手を振ってくれた。全員が席に着くのを見計らったように担任の先生がやってくる。
「みなさん、おはようございます。今日から皆さんのクラスの担任になる桜井翔子です。よろしくね。」
桜井先生は黒板に大きく自分の名前を書き出した。
「じゃぁ、慌ただしくてなんだけど、これから入学式に向かいます。並び順は廊下側の男子から先ず廊下に出てもらって、次は真ん中、最後に窓側ね。女子もその順番で男子の横に並んでください。」
桜井先生に誘導され2列に並ぶ。
「じゃ、行きましょう。」
桜井先生は明るく元気な笑顔で先頭を歩いてゆく。体育館に入り用意された椅子に座り滞りなく式を済ませた。クラスに戻って席に着くと桜井先生が自己紹介を始めましょうと言い出した。
「先ずは先生から自己紹介を始めます。桜井翔子、32歳。趣味は食べ歩き。ちょっと丸くて明るいのがチャームポイントです。担当教科は科学。宜しくお願いします!」
妙に初々しい自己紹介に笑いが起こる。
「そんなに笑わないでよ。じゃぁ、先ずは男子から。廊下側の先頭から順番にね。」
どんどん自己紹介が回っていき莉那の順番になった。私は聞き耳を立てる。
「岸本莉那です。趣味はバレーボール。高校でもバレー部に入ろうと思っています。宜しくお願いします。」
趣味はバレーボール。だからボーイッシュなショートカットだったのか。私は莉那の知らない一面を知る。順番で私の番が巡ってきた。
「円谷まどかです。えっと、趣味は読書です。宜しくお願いします。」
莉那の時よりも明らかにまだらな拍手が教室に響く。やっぱり文系は人気が無いなと私は肩を落とした。全員の自己紹介が終わると、物品の必要書類等が配られ明日からの簡単な説明があり、ホームルームはお開きとなった。鞄を持ち席を立とうとすると莉那がやって来た。
「まどか、同じクラスだったね。ラッキー!これから宜しくね。」
「うん、こちらこそ宜しくね。」
「ねぇ、香織と吉井、探しに行こうよ。」
「うん。」
莉那と廊下に出ると、他のクラスを覗き込んだ。1年A組。
それらしい顔は居ない。1年C組を覗いたら香織と玲の二人が立っていた。
「おーい、香織~。」
莉那が声をかけると香織が嬉しそうに笑顔になって駆け出して来た。
「莉那、まどか。もしかしてふたり一緒のクラスなの?」
「うん。」
「いいなぁ。羨ましい!」
「僕じゃ不満なわけ?」
後から玲が不満顔でやってくる。
「やっぱり、女の子同士が一番いいよ。吉井じゃあんまり嬉しくない。」
「うへぇ。冷たいよなぁ。」
「とりあえず外で話さない?」
「そうだね。」
莉那のひと声で教室を後にする。廊下に出たところで「香織」と呼び止められた。振り返ると香織と良く似た優しげな女性。隣には背の高い男性が居た。どうやら香織の両親らしい。
「どこに行くの?莉那ちゃんもお父さん、お母さんはこちらよ。」
香織の両親の横には和服の女性とスーツ姿の男性が立っている。どうやら香織と莉那の両親は親しいらしい。戻って挨拶を交わす。莉那が両親に紹介してくれた。
「この子が円谷まどかちゃん。と見慣れた吉井。」
「はじめまして。円谷まどかです。」
「はじめまして、まどかちゃん。よく話に聞いてるわ。可愛らしい子ね。玲くんも久し振りね。」
「お久し振りです。」
玲がかしこまって頭を下げる。
「莉那チャン、香織チャン、円ちゃん、オ久シ振リデスネ。」
聞き覚えのある片言の日本語のする方に目をやると、一際存在感を放つ玲のイギリス人のパパが立っていた。その後ろには玲のママとウチの両親。
「本当に吉井のお父さんって素敵。」
見惚れるように香織が言う。
「それに比べて吉井は。」
莉那がからかうように冷ややかな顔で玲を見詰める。見詰められた玲は
「えへへへっ。」
と笑って頭を掻いた。こう見えても玲は昔、天使のように可愛かったのだ。今ではちょっと丸々し過ぎて片鱗もないけれど。
「まどか、お友達紹介してくれる?」
ママが嬉しそうに声をかけてきたので、慌てて莉那と香織を紹介した。
「こちら、お友達の飯村香織ちゃんと岸本莉那ちゃん。」
「はじめまして。飯村香織です。」
「はじめまして。岸本莉那です。」
ふたりは挨拶をして丁寧に頭を下げる。
「ふたりともまどかと仲良くしてくれてありがとう。これからも宜しくね。まどかの母です。いつもお世話になっております。」
「いえいえ、こちらこそ。」
互いの両親の会話が始まり私達は少し離れたところに移動した。
「そう言えば、中川さんからお友達と連絡取り合っていいって許可が降りたの。」
「嘘。やったじゃん!またライン繋ごうよ。番号入力して」
「うん。」
鞄からスマートフォンを取り出し、切っていた電源を入れると同時にスマートフォンが微かに振動した。ラインメールの着信。見ると中川さんからだった。
『もうすぐ終わる頃かしら?終わったらすぐに校門のところに来てちょうだい。手短な用件があるの』
「中川さんが来てるみたい。ちょっと行ってくる。」
慌てて走り出すと他の3人もついてきた。
校門のところに目立つ赤髪の和服姿。中川さんだ。
足音に気が付くとゆったりとこちらに振り返る。
「ごきげんよう。入学おめでとう。それからこれは仕上がった本。ひとり1冊づつね。はい、まどかさん、玲さん、莉那さん、香織さん。発売日は五月1日よ。じゃぁ、不審者と間違われるといけないからお暇するわ。」
そう言うと颯爽と去っていった。
「ねぇ、何で私たちのこと知ってるの?」
香織が困惑顔で言う。
「さぁ、わからない。でも、あの人なら色々知ってそうで怖い」
配られた小説を意味もなく確認する。異常は無いようだ。
「まどか~。」
ママの呼ぶ声がする。返事をして走り戻ると
「中川さんには会えた?」
としれっと言った。どうやらパパとママは中川さんが来ることを知っていたらしい。




