問題は日本国内
あの夜、九郎は知りたいことを全部に吐き出させた後、敵のエイレーンを逃がしてやった。
よろしいのですか、とユウキは尋ねたが、九郎はこれに対しては「俺は元々、女に甘いからな」と答え、(狼形態のままだった)ユウキの頭を撫でてやった。
ただし、もちろん九郎なりの理由はある。
そもそも、九郎から見ればエイレーンの戦闘力などは塵芥レベルに過ぎず、警戒するほどではない。それに、知りたいことを全部聞き出した以上は、殺す理由もないわけだ。
ついでに、エイレーンを本人も気付かないほどの深層意識のレベルで支配下に置いた以上、彼女にいつでもコンタクトできるようになったので、敵が得意とするポゼッションも九郎が好きな時に行うことができる。
ただし当然ながら、これまで住んでいたマンションは移動することになった。
九郎はこれについては、麗を呼んでただこう述べただけである。
「麗、判断は任せるから、おまえが確保中の隠れ家のうち、もっとも移動にふさわしい場所を選んでくれ。そこを一時的な拠点としよう」
忠誠心厚い麗が、九郎にこう命じられ、感激したことは言うまでもない。
もっとも、ユウキは膨れっ面だったが。
そして、都内某所の新たなマンション……そこも高層マンションの最上階だったが、とにかくそこに着いた途端、九郎は次の手を打った。
それは、「魔王の復活を、簡単でいいからフォートランド世界の敵味方双方に伝えてほしい。おまえ達の連絡なら、皆信じるだろうから」というもので、ユウキが喜びつつも「なぜこのタイミングなのでしょう」と好奇心で尋ねると、九郎はこう述べた。
「敵にまともな判断力があれば、必ず魔族領へ割いていた戦力を引き上げ、俺達の反撃に備えようとするだろう」
これに対し、今度は麗が尋ねた。
「敵が、九郎さまが思うより愚かで、特に戦のやり方を変えようとしない場合、どうなりましょう?」
これに対し、九郎は笑ってこう答えた。
「その時は、警戒するほどの敵でもないようだから、即座に俺の方から出向いて、ヤツらを滅ぼすだけさ」
……かくして、フォートランド世界の魔族領には麗が、そして同じく敵方にはユウキが魔王の日本での健在を告げ、特にユウキの方は、敵の小部隊を既に壊滅させたこともアピールした。
結果は、数日も経たずに明らかとなった。
九郎の予想した通り、ハイランド帝国本国は、魔族領への侵攻を一時停止させ、本国の防備を固める方針へ舵を切ったのである。
帝国建国以前とはいえ、十七年前までフォートランド全域を実効支配していた魔王を、多少は警戒する気になったらしい。
これで、フォートランドの魔族軍の方は、壊滅寸前の状態から一息つけることになったが、問題は九郎が今滞在しているこの国……つまり、日本に侵入しつつある帝国軍である。
あいにく、こちらの侵略は止まらず、それどころか、侵略軍の活動がより激しくなってきた。
転生した魔王が日本にいると知り、より軍備を厚くしている節がある。
これはある程度予想できたことだが、今度は人型……というか女子高生の姿であちこち調べて回ったユウキが、「ポゼッションされた者が、一段と増えつつあります」と九郎に報告してきた。
そのことも、既に九郎は計算済みだったが、ここへ来て、思わぬ問題が起きた。
皮肉にも、九郎達ではなく、都内の一般住人達に。