魔王陛下は我と共にあり(ドヤっ)
フォートランド世界において、かつて一度は全大陸の覇権を握っていた魔族は、まだ新興国と言っていいハイランド帝国に侵略され続け、一昔前の栄光は地に落ちている。
当然、敗戦続きのお陰で領土も縮小の一途を辿り、もはや全大陸の二割ほどの領土を死守しているに過ぎない。
「本当にもう……情けないわねっ!」
四将軍の証である漆黒のマントを纏ったジャニスは、最前線の砦にあって歯軋りしていた。
城壁から見えるのは、彼方まで敵の軍勢ただ一色……ハイランドの本隊が主な戦力だが、他にも、かつては魔界に臣下の礼をとっていた国々の軍勢も多々、見られる。
昔と変わらず魔界に臣従の意を示す国は、もはやかつての王女レイフィールが治めていた、ファルナス王国ただ一国である。
そのファルナスでさえ、王女レイフィールが自害した今では、いつまで魔界に忠義を誓ってくれるか、わかったものではないだろう。
「陛下が世を去ってから十数年、小癪な新興国に甘い顔を見せたお陰で、今やこのザマよっ。冥界で魔王陛下の足元に這いつくばり、謝罪する日もそう遠くないかもしれないわ」
「おいっ。ここならいいが、そういうことを、兵士達の前で言うなよ?」
肩を並べて城壁に立っていた朋輩――同じく四将軍の一人であるサイラスが、顔をしかめて警告する。
「特におまえは、激情するとすぐに泣き出す癖がある……いい年して、幼女かっつーの。士気がダダ下がりになるだろうが」
「私は泣いてなど、いないっ」
素早く手の甲で目元を乱暴に拭い、ジャニスが大声で言い返す。
風が吹いて真紅の髪がなびき、涙の粒が散った。
「だいたい、私の肉体年齢は十六歳よっ。いい加減に覚えなさい!」
上位魔族が、己の肉体を好きな年齢に固定できるのは周知の事実なので、サイラスは一々言い返さない。しかし、女はどうして、そこまで若さに拘るのかという、尽きない疑問はある。堂々と歴戦の戦士をアピールした方がいいと思うのだが。
「まあ……確かに今回の大戦も終局に近付いてるかもな」
内心をおくびにも出さず、サイラスは呟く。
「パワーバランスはとうの昔に崩れた。今の俺達は、ただ滅び行くことが確定している魔界を、一部の戦士の力で、無理矢理延命させているようなものだ」
「亡き魔王陛下に恥ずかしくないのっ!? 既に、負け犬根性じゃないっ」
柳眉を逆立て、ジャニスがサイラスを睨む。
薄赤い瞳は、八つ当たりの相手でも見つけたかのように、ぎらついていた。
「いや、元々はおまえが言い出したこ……と」
言い返す途中で、サイラスは口を噤んだ。
「なによっ。最後まで言いなさいよっ」
「それより、前を見ろ、ジャニスっ。ヤツらが動き始めた!」
「えっ」
たちまちジャニスも、前方の布陣に向き直った。
……確かに、兵士達の動きが慌ただしくなっているが……これは、攻めかかる前兆ではないように見える。
「なんだぁ? 撤退準備に見えるが……俺の目がイカれたかね?」
サイラスが独白した途端、それに答えるように伝令が走ってきた。
「将軍っ。両将軍っ」
「なんだよ? 俺達二人宛てか?」
「ははっ」
息を弾ませた伝令は、派手に喉を鳴らした後、こう述べた。
「つ、つい先程、レイフィール様……向こうではレイ(麗)と名乗っておられるらしいですが、とにかくあのお方からマジックボイスが届きました」
「……ファルナスの王女は、魔王陛下の後を慕って自害したでしょっ」
嫌なことを思い出したわっという顔付きで、ジャニスがバトルスーツの腰に片手を当てる。
「それが……どうも、異世界において健在らしく」
「それで、なんと言ってきた?」
また口を開けたジャニスを手で制し、サイラスは促してやった。
「は、はい。……レイフィール元王女によれば、『魔王陛下は我と共にあり!』と、誇らしげに三度続けて通信してきた後、コンタクトが途切れました」
一瞬にして、その場に沈黙の帳が降りた。




