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マカちゃんは多くを望まない2

 

 事の起こりは、数日前に受けた10級での最後の依頼の時だった。

 

 依頼の内容は、荷運び。

 それもこのローウリィンの街の中だけで行う、小規模で楽なもの――な筈だった。

 

 私は依頼を受けると、まずは指定の場所である商人の家へと向かう。そこで依頼の旨を伝えると、商人からは掌サイズの小さな箱を受け取った。

 

「これを私の友人の家まで届けて欲しい」

「……これだけ、ですか?」

「あぁ、なにぶん貴重な品だからな。私が持っていると盗賊に奪われる可能性もある。だがキミならその見た目だし、貴重な物を持っているとは悟られないだろう」

「はぁ……」

「では頼んだぞ」

 

 正直、訝しむ気持ちはあった。

 だってこの程度の依頼であれば、それこそ冒険者でなくとも出来る子供のお使いレベルだし、それをわざわざ依頼として出している方がおかしいと私でも分かる。

 

 でも、それが分かっても私は引き受けることにした。

 なぜならあと1つ依頼を達成すれば9級へと上がれるのだから、楽なものに越した事はなかったのだ。むしろ幸運だなとすら思った。

 

 そうして大して荷物にもならない小箱をもって目的地へ向かうと、特に何の障害も無くたどり着いた。

 そこはとある貴族様の邸宅で、大きな建物に広い庭……いつか私もこんなところに住んでみたいなぁと思いながら、依頼を達成するために足を進める。

 

 邸宅の前には警備兵がいたので、依頼の旨を伝えると中の人に取り次いでもらう事が出来た。何から何まで順調だ。

 そうして出てきた人は、多分この邸宅で働いているのだろうと思われる、使用人だった。

 

「冒険者の方ですね、お疲れ様です」

「いえ、そんなに離れてませんでしたから……っと、そうだ、こちらが荷物になります」

 

 私は愛想笑いを浮かべつつ、掌サイズの箱を使用人の方へ手渡すと、使用人の方は「失礼」と言って箱の中を確認する。

 そして次の瞬間、燃えるような憤怒の表情を浮かべて、私を射抜いてきた。 

 

「……これは何の真似でしょうか?」

「え?」

 

 そんな事を言われても、私は何も知らない。

 荷の中身なんて、こういった依頼では見ないようにするのが鉄則なんだ。

 

 だから当然、このような対応をされれば私も焦る。

 

「その、すみません。私は依頼で受け取っただけですので、中身までは……」

「そうですか、では返却します」

「え、でも……」

「さっさと受け取ってください!」

 

 ど、どうしようどうしよう。

 依頼の達成が気になる私は、返されても困る。

 

 そうしておろおろしていると、使用人の人はそんな私の行動を見て頭に来たのか、受け取った荷物を私に向かって投げてきた。

 そして不幸な事に、その箱はしっかりと閉じていなかったようで、中身がむき出しになって私を襲う。

 

 中に入っていたのは、小瓶のようなもの。大きさでいえば親指大くらいなもので、それが私に当たると同時に瓶部分が砕け、中身を思いっきりかぶってしまった。

 

「――っ! コホっ、ゲホっ!?」

「っ!? 依頼者に言っておいて下さい。今後2度とこのような真似はしないようにと! ではさっさとお帰り願います!」

 

 中身は粉の様なもので、小瓶が割れたと同時に顔で煙のように立ち込めてしまい、私はだいぶ吸い込んでしまう。

 

「ゴホッ! ……すみませんでした、ケホッ」

 

 もう! 何なの! と思いながらも、貴族様に歯向かう訳にも行かず、それに何だか渡した荷物に原因があったようにも思えたので、ぐっと堪えて頭を下げる。

 そうして私は肩を落としながら、依頼主の元へと戻っていった。

 

「戻ったか。それで、荷物は渡せたか?」

「……それが」

 

 私が事の顛末を伝えると、残った残骸を見せる。

 すると依頼主は納得の表情を見せると同時に、さげすむような目を向けてきた。

 

「やはりダメだったか。まあ良い、使えぬくらいは予測しておったし、物を一度は手渡したのだ……ほら、達成のサインを書いたから持って行くと良い」

「っ! 良いのですか?」

「あぁ、それにもうお前は……いや、なんでもない」

「?」

 

 依頼主の商人は意味ありげな言葉を投げてきたが、そんな事はどうでも良い。今の胸中は喜びで一杯だった。

 何はともあれ依頼は達成と認められたのだ。これでギルドへ報告すれば、私は9級に上がれる。そして事実、その後に9級へと昇級が出来たのだった。

 

 違和感を感じたのは、その3日後の夜。

 泊まっている宿で仰向けに寝転んだとき、背中の感触がいつもと違う事に気がついた。

 

 恐る恐る触って見ると、そこには柔らかい肌の感触と、所々に固い何かがあった。

 最初はかさぶたかな? と思って剥ごうとしたのだが、それにしては固すぎる。そして気になった私は、服を脱いで実際に目視で確認を行う。

 

「……へ? なに、これ」

 

 その何かが目に入った瞬間、私は呆然とした。

 今まで見たことの無いような、赤い何か。爪で削ろうとしたり引っ張って取ろうとしても、全く取れる気配がない。

 

「え、え、え? なにこれ!」

 

 半ば半狂乱になって擦り取ろうとするが、付近の皮膚が破けて血が滲むだけで無駄に終わる。加えてそれだけでこの赤い何かについて分かるはずもなく、不安に押しつぶされそうになる。

 私は自分に起こっている不可解な症状に恐くなり、朝になるまで一睡も出来なかった。

 

 翌日朝一に医務へ行こうと宿を飛び出したが、すぐに立ち止まる。

 

 ……もし悪い病気だったりすれば、病の流行を恐れて始末されるかもしれない。

 昔孤児院にいた時、一度だけそういった場面に立ち会った事があったので、それを思い出した私は素直に治療しにはいけなかった。

 

「どうしよう、どうしたらいいの……誰か、助けてよ……」

 

 私は考えも思いつかないまま、街の中をうろついていると、図書館が目に入る。

 

「……調べないと」

 

 私はいつのまにか目元に溜めていた涙に気づき、手の甲でこすって拭うと、情報を求めて図書館の中へと小走りで入った。

 

  

 

 

 そこで分かった事は、さらに私を追い込んでいく。

 私が運んだものは、血魂と言う血の様なドス黒い赤の玉を粉末にしたものだ。

 そしてそれを摂取すると、今自身に降りかかっている症状――血晶化が始まる。

 

 この症状はゆっくりと進行していき、徐々に身体を蝕んでいく。主に見られる特徴が、あの赤くて固いものだ。あれが全身の何割かを多い尽くした段階で、発症者は死に至るものであった。

 助かるためには――

 

「う、そ……こんなの噓! いや、嫌いやいやいや!!」

 

 図書館の中にはそれなりに人も多く来ていたが、私は周りを気にせずに叫ぶ。

 

「おかしいよ! 絶対おかしい! 何でそんなものがこの街にあるの!?」

「あの、お客様?」

「っ! すみませんっ!」

 

 あれだけ叫んだんだ。仕事なのか心配してかは知らないけど、受付をしていた人が歩み寄り、声をかけてきた。

 私はそこでようやく自分の失態に気がついて、謝ると同時に図書館を駆け出して出て行く。

 

 向かう先は、泊まっている宿。

 私は宿に戻るとすぐにベットへ飛び込み、頭から布団を被る。

 

 いやだ、いやだいやだいやだ!

 何でこんな目に、私はただ荷物を運ぶ仕事をしただけなのに!

 

 事実が分かると同時に、あの依頼を出した商人も、アレを投げつけてきた使用人も、そしてあの邸宅に住んでいるだろう貴族に対しても憎悪が湧いてくる。

 

 あんな人たちの事なんて知らない! 私は全く関係ない! こんな事に巻き込まないでよ!

 

 思い浮かぶのはこの赤い血晶に覆われていく自分の姿。

 嫌だ嫌だ! こんな理不尽なことなんかで死にたくない!

 

 だったらもう、助かる方法を行うしか、無い。

 

「う……うっ、うぅ……」

 

 私は声を押し殺して泣きながら、何をしてでも生き延びようと決めるのだった。

 

 

 

 

 

「――それで私は、パーティを組んで昇級を早めようと思ったんだ」

「……そんな事が」

 

 こうして経緯を聞いてみると、同情してしまいそうだ。

 話に出てきた商人と貴族の間に何があったのかは知らないが、そこに全く関係の無いマカちゃんが巻き込まれた形のようだ。

 

「その商人は?」

「あれから1度家まで行ってみたんだけど、既に空き家になってたんだよね」

「邸宅の方は?」

「そっちは……多分あの使用人は荷物の事を知ってたんだと思う。それを吸い込んだ私を見て目を見開いてたしね。だから、多分行けばこの血晶化についてバレてしまうと思う」

「……? バレたらまずいの?」

「うん、そうだね……特に何もしなければ伝染したりはしないんだけど、私の血とか体液、あとはこの血晶化したものを摂取してしまうと、同じ症状が発症するみたい。だからもし見つかれば、きっと処分されちゃうと思う」

「え……」

「あはは、やっぱり私、危ないし気持ち悪いよね?」

「あぁいやそうじゃなくて……まぁいっか、何でもないよ」

「?」

 

 不思議そうな表情で見つめてくるマカちゃんは気づいていないようなので、言葉を濁す。

 

 この話を聞く前、マカちゃんは自ら身体を差し出すような事をしてたけど、それで万が一俺が襲っていれば、今頃仲良く血晶化が始まっていたという事だろ?

 今の様子を見る限り本人には自覚なさそうだが、ある意味一番有効な手伝わせる手段を取ろうとしていたんだなと感心する。

 

 と、話が逸れたな。

 とにかく現状では助けを求める事や、原因となった先々を糾弾する事は出来ないようだ。

 もしそれをしてしまえば、マカちゃんの方が立場を危うくしてしまう。だからこそマカちゃんも、誰彼かまわず助けを求められなかったのだろう。

 

 そうなると俺達だけで解決する他無いのだが、まだ重要な事が2つわかっていない。

 

「状況は分かったよ。それで、どうしたらマカちゃんのそれは治せるの?」

「治すのは、たぶん無理」

「えっ? でもさっきは治せるって……」

「違うよ、助かる手段があるって言ったんだよ」

 

 マカちゃんの言葉からは、中々要領を得ない。

 その病気らしきものを治すから助かるという事ではないのか? 何となくマカちゃん自身が言葉を濁している気がする。

 

「その違いについて良く分からないけど、それはハッキリと言い辛い事?」

「……ごめん、誤魔化す気は無いんだけど……うぅん、もうここまで言ってるんだもんね。でもその前に、お願いが……」

「良いよ、言ってみて」

「手を、握っててほしいなって」

「ほら」

 

 頷いて手を差し出すと、マカちゃんは恥ずかしそうに手を乗せて来たので、やさしく握ってやる。これだけで少しでも安心出来るなら安いものだ。

 

「ありがと。……ふぅ、最初に言ったと思うけど、血魂というものを手に入れれば、この血晶化現象は止まるの」

「うん、それで?」

 

 彼女の様子から、そのアイテムを手に入れるだけという事は無いだろう。そう思って俺は先を促す。

 

「血魂っていうのはね、吸血鬼……4から5級に指定されてる魔物なんだけど、この魔物の体内にあるものなんだ」

「なるほど、実力がないと難しいんだね」

「うん、それもある。それで、その血魂を使えば確かに私は助かるんだけど…………っ、はっ、ふぅ……」

 

 そこでまた言葉が途切れる。まるで言葉にする事が憚られるように、呼吸が乱れて、握ってる手を通してじんわりと汗ばんできている事を感じた。

 

「その、ね」

「大丈夫。ゆっくりで良いから、頑張って」

「……うん、そうだよね。えへへ、おにーさんがこんなに優しくしてくれてるのに、馬鹿だなぁ私」

 

 マカちゃんはそう言うと、今度こそ覚悟の決まったような表情になり、口を開いた。

 

「その血魂本来の効果でね、私、魔物になっちゃうの」

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