マカちゃんは多くを望まない
ぺちゃ、ぺちゃ
耳元で何か音がする。
それに何だか身体がやけに重たく、身動ぎ一つ取れない。
ぺちゃぺちゃ
く、くるしい……一体なんだ?
俺は閉じていた目をゆっくりと開く。
「……雪華?」
「ん、リューヤ、おはよう」
「あぁおはよう――って、何してるの?」
俺は昨日、どうやら床で眠ってしまっていたみたいだ。
あぁそうか、確かベットはマカちゃんに譲って、雪華と床に座って一緒に寝たんだっけ?
ぼんやりとした頭が次第にハッキリしてくると、まずは状況把握に努める。
俺は仰向けになっており、その上に雪華が乗っかっている。
そして妙に近い顔と、頬に濡れた感触…………どゆこと?
「……ん」
ぺちゃ
「あの、雪華さん?」
「ん?」
「なにしてらっしゃるのですか?」
「顔、舐めてる」
ぺちゃ、ぺちゃ
うん、それは知ってる。
今も雪華の舌や柔らかい口の感触を頬に感じるから、それは分かってるんだよ雪華さん。
「えっと、なんで?」
「? 起こす、あとは、綺麗にしてる?」
えぇと、そこでなぜ不思議そうな顔を俺に向けるのかな。
……まぁいいか、可愛いし。
さて、雪華の可愛らしい奇行のお陰で目も覚めたし、俺もそろそろちゃんとおきる事にしよう。
俺は雪華の背に手を添えつつ起き上がると、座った態勢で上からどいてもらい立ち上がる。そうして部屋を見渡すと、マカちゃんはまだ寝ていた。
ふむ、どうしよう。起こすべきか寝かせておくか……。
けど起こすといっても、小さいとはいえ寝ている無防備な女の子に触るのもちょっと問題かな。
そう思って雪華を見ると、目があってコクンと頷かれた。意図を察してくれたようだ。
「ん、セツカ、起こす」
「……大丈夫?」
「まかせて」
そう言った雪華はマカちゃんの寝ているベットへ近寄ると、一所懸命にマカちゃんの肩を揺すり始める。
力加減とか少し心配だったのだが、見ている限り問題なさそうだ。
「おきて、朝」
「ん……わ、おっきなお人形さん~……」
マカちゃんはすぐに起きたようだが、そのまま雪華に抱きついてきた。というか雪華を見てお人形さんって……マカちゃんも可愛らしい寝ぼけ方をするんだな。
だが俺のそんな感想とは逆に、雪華はすごく嫌そうな表情でマカちゃんを押し返す。
「違う、セツカはセツカ。離れて」
「ん~、柔らかい……」
「離す! マカ、おきる!」
「んぅ?」
雪華の奮闘の成果か、マカちゃんもようやく完全に目が覚めたようだ。
だが少し様子がおかしい。そのままの態勢でピクリとも動かなくなってしまった。
「マカちゃん、おはよう?」
「セツカ、人形違う!」
「~~!」
俺と雪華がそれぞれ挨拶? をすると、マカちゃんは顔を真っ赤にして掛け布団へともぐってしまい、しばらく出てきてくれなかった。
「3人分の朝食いただけますか?」
「分かった、席についていろ」
「お願いします」
あれから何度か声をかけてやり、ようやくマカちゃんが出てきてくれたので、俺達は朝食を取る事にした。
そういえばまともな飯って、ここに来て初めてかも。雪華には抗議されそうだが、肉チップは断じて食事ではないだろう。あれはなんというか、非常食に近い気がする。
「あ、あの……昨日に引き続き、すみませんでした……」
「いいよいいよ、誰だって寝ぼけるくらいはあるんだし、気にしないで」
「うぅ……」
やっと出てきてくれたのに、まだ恥ずかしそうだ。
この後マカちゃんから話があると思うし、せめてここでは和やかになれるよう何かフォローをしてあげるか。
「でも可愛かったよ? 人形さん~って言ってて、凄く幸せそうな顔してたし」
「っ! ……出来れば忘れて」
俺がそう言うと、余計に顔を伏してしまった。あ、あれ? 何か間違えたか?
そんなマカちゃんの反応に首を傾げていると、楽しみに待っていた料理が運ばれてきた。
「おぉ……!」
朝の献立は、何が入っているのかよくわからないスープに、パンが2つ。
これが異世界飯か。なんだか少しテンション上がってきたぞ!
まずはパンを一口……うん、固くてもしゃもしゃする……。
スープは……おぉう、味うっすい……。
……なんだか急にテンション下がってきたぞ。
「えっと、雪華、美味しい?」
「……ん」
俺は自分の食事をする手を止め、隣にいる雪華に聞いて見ると、微妙な表情でスープを見つめていた。どうやら俺と同じで、お気に召さなかったらしい。
そのまま逆隣にいるマカちゃんを見てみると――おぉ、スープにちぎったパンを浸してから食べている。それが本来の食べ方なのか!
「うん? どうかしたの?」
「あぁいや、なんでもないよ」
俺がそのまま見ていると、マカちゃんも視線に気づいて顔を上げたのでそう誤魔化しておく。まさか食べ方を知らないなんて言えないしね。
早速俺もマカちゃんの真似をしてパンをちぎると、スープに浸してから口へと運ぶ……うん、別に味はそんなに変わらんな。固いパンが少々ふやけて食べやすくなったくらいだ。期待してたほどじゃなかったなぁ。
俺は少しがっかりしつつ、残った食事をゆっくりと食べていった。
食事も終わり、再度俺達は部屋に戻る。
昨日少し話のあったマカちゃんの手伝いをするのに、まずは具体的な話を聞く必要があるからだ。
「じゃあマカちゃん、昨日の手伝ってもらいたい事について詳しく話してもらえないかな」
「うん、わかった……じゃあまずは見せるね」
「え?」
マカちゃんは頷くと、その内容を話し始める……わけでは無く、着ている服を緩め始めた。
俺は何を始める気なのかわからずそのまま様子を見ていると、マカちゃんは急に俺に背中を向けて、上に着ている服を脱ぎ捨てた。
「ちょっ、マカちゃん!?」
「この赤いの見えるかな? ……私の身体は、少し前からこうしてちょっとずつ変化してってるの」
「へ?」
マカちゃんに言われてようやく平静に戻った俺は、彼女の背中をまじまじと見つめる。
確かに背の一部に妙な物が見える。親指くらいの大きさはある赤黒い変なものが、点々と生えてきているようだった。
「これは……?」
「血晶化現象って言ってね、生き物に流れる血が徐々に硬質化していくんだ。今はまだ初期段階だからこれで済んでいるんだけど、最終的に全身がこれになれば……多分死んじゃう」
「なっ!?」
まさか思ってもいなかったそんな言葉に、俺は焦りを覚える。
これは病か、それともファンタジーならではの呪いみたいなものなのか? どうすれば良い? 直す手立てなんて、俺は知らないぞ。
「これは治せるの?」
「助かる方法は、一応あるみたい」
「……一応?」
その言葉に引っかかりを覚えた俺は、マカちゃんに聞き返す。
するとマカちゃんは背を向けていた状態からこちらへと振り向き、少し泣きそうな表情で続ける。
「うん……血魂を吸収すれば、助かるの」
俺はマカちゃんの言葉からは何の事か想像が出来なかったが、その表情から決して良い方法ではない事を半ば理解する。
だが、現状の説明だけでは全く検討もつかないので、事の起こりから聞くべきだろう。
「もう少し詳しく聞きたいな。けど、その前に……」
「?」
マカちゃんは気づいていないのか、今はほぼ半裸みたいな格好でこちらを向いているので、その……ちらちらと見えてしまっているんだよね。
とりあえずこのままだと盗み見ているようで何だか悪いし、なまじ可愛い子なだけに話にも集中できない。真面目に話し合うためにもまずは服を着てもらおう。
「……こんな身体でも気にしてもらえるんだね、ふふっ、嬉しいなぁ」
「誰だって気にするよ」
「ならもし良かったら、触っても……うぅん、触る他だって、何しても、い、良いんだよ?」
「えっ?」
そういったマカちゃんは胸元で握っていた両手を下ろし、顔を真っ赤にしながら俯かせる。
どうみてもこういった事に慣れているという様子は無く、無理をしているのがありありと分かる。
「いやマカちゃん、ちょっと待ってよ」
「私、人を雇えるほどのお金もないし、身体も血晶化でこんなのになっちゃってるけど、出来る事ならなんでもするから……」
「……」
マカちゃんはそう言いながら立ち上がり、下に履いていたものも全て脱いで一糸纏わぬ姿になると、泣きじゃくりながら懇願してきた。
「生きたい、私もこれから先が欲しい…………だから、お願い……私を助けて下さい」
今のマカちゃんの姿を見て、俺は考えを改める。
正直、当初はここまで重い話だとは思っていなかったが、それでも彼女のお願いに対し、無責任に答えたわけでもない。
それにこの様子を見ると、もう本人自らでの問題解決が出来ないと悟っているようだ。
それは実力の問題なのか、それとも時間的猶予なのかは分からないが、もう人に頼らざるを得ない状況であり、且つ、出会ったばかりの俺にここまで頼みこむという事は、他に信頼できる身寄りもないのかもしれない。
「はぁ……」
俺はため息を吐くと、そのままマカちゃんの傍まで歩み寄り、その震えている小さな身体を抱きしめてあげる。
安心させるように、そして頼っても良いということを分かってもらうために。
「こんな事しなくて良い。分かってるさ、俺はマカちゃんを必ず助ける。きのう約束したのを忘れたの?」
「……ちゃんと覚えてる」
多分昨日の今日であまり変わっていなかった俺達を見て、本当に手伝ってもらえるのか心配になってしまったのだろうか。
それで何らかの形にして約束を取り付けようと……これも反省だな。助けると決めたんだから、もっとしっかりと相手を見てやらないと。
俺はすぐ近くにあった掛け布団を取ると、そのままマカちゃんにかぶせてあげる。
「だったら安心して任せてよ。この件は俺と雪華が手伝うんだ、絶対に大丈夫だよ」
「ん!」
「そうだね。ありがとうリューヤさん、セツカちゃん」
俺がそう言い切ってみせると、マカちゃんもようやく安心した表情を見せる。
くりっとした大きな目で笑った顔は、初めて出会った時よりも少し幼く、そして可愛く見えた。
「うん、良い顔だ」
「え?」
「今だから分かるんだけど、これまでの表情は必死に繕ってたのかなって」
「それは……うん、本当はずっと泣きたかった、叫びたかった。皆当たり前の顔でこれからの話をするから、こんな身体になってからそんな顔を見るたびに、ずっと羨ましかった」
つまり、やはり時間的猶予はあまり無いという事か。
それであんなに必死に……。
「そっか。でも、マカちゃんももう羨ましがる必要なんて無いんだよ、これから手に入れるんだから」
「そう、だね……ふふっ、不思議だね。これまで一緒にいた人の誰よりも短い時間なのに、何だかおにーさんの言葉は信じられる気がするんだ」
「あれ? さっきは名前だったのに、またおにーさんに戻ってしまった?」
「……名前で呼ぶのはちょっと、恥ずかしくなっちゃった」
俺がそうおどけて言うと、マカちゃんははにかみながら目線を逸らした。
よし、もう大丈夫そうだな。
その表情を見てとりあえず落ち着いた事を確認出来た俺は、マカちゃんから少し離れる。
「それじゃ、話を聞かせて欲しいな」
「うん、少し長くなるかもしれないけど、聞いてくれる?」
「もちろん」
「ありがと……ふぅ、私がこんな身体になったのは、数日前に受けた10級最後の依頼が原因なの」
そうしてマカちゃんは、これまであった事を語り始めた。




