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ヴェスペルの娘達  作者: さくしゃ
第五色 『暁の少女と、黎明の少年と』~rotten apple, sun flower, follest forest~
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弟子と後輩

 あの時、想鎖譜が風に飛んで行ってしまったのを知っていたのは、すぐ傍に居たカエとジュジェ。

それから、少し離れた図書館の二階の窓からこちらを睨んでいたダーヴィン。


 カエとジュジェには探さなくてよいと言った。

自分ではその後探したけれど結局見つからず、まして学校に届いていないのなら、見つけた誰かが持ち去った可能性が高い。

そして、その光景を見ていたのは、ただ一人。


 そして、同時に今朝の出来事とも総てが繋がる。

ソラヤおばさんの申し訳なさそうな顔。

あれは、不出来な息子の失態を、知っていたからに他ならない。

だから、その罪をリーゼに押し付けるのに、あんなに申し訳なさそうな顔をしていたのだ。


 「あんた、……一体何のためにこんなことしたの?」

決して彼を咎めるつもりはなかった。

ただ、村の大切な出荷物である苹果を駄目にした、理由が知りたかった。

ソラヤおばさんの家は豪農で、ダーヴィンだっていずれ後を継ぐ。

その総領息子が今回の問題を軽く見ていいはずがない。


 反応がないので、もう一歩近寄る。丸まったまま無視を決め込んだ肩へと、そっと手を伸ばして

「それなのに、どうして今ここに戻しに来たの?ねえ、何で?」


 「―――離せ!」

初めて反応が返ってきた。突き飛ばされてリーゼは後ろ向きに尻もちをつく。

「馬鹿!いったいわね!あんた一体何するつもりよ!大声出すわよ!」

「出してみろよ!」

「いいさ、出してやる。呼び出されて襲われたって大声で言いふらしてやる!」

すわあぁぁー、とすかさず、リーゼが息を吸い込んだので、さすがのダーヴィンも慌てたのだろう。

「違えよ、俺は……俺は、ただ!」


 「…………苹果の樹か?」


 リーゼの声は冷たかった。そして、冷たいのではなく、恐ろしいほどに真剣だった。

「何があったの!ちゃんと話して!」

リーゼがダーヴィンの袖を強く引く。

離せよ、とダーヴィンがそれを荒い動作で外そうとした、その刹那―――決してよい音ではなかった。

重たくしけった音だった。剥き出しの後頭部へ容赦なく拳骨を落とし、襟首を掴んで無理やり引き上げる。


 「何があったの!早く連れて行きなさい!」

片手にエルモを、もう片方の手にダーヴィンを、それぞれ掴むとリーゼが飛び出した。

              

 何度も何度も、聞いた。

生命の苹果の樹は、この村の象徴であり、想鎖術の力の源。

想鎖術で想われ、繋がったものは全て、この樹を介して新しい姿や価値を得るのだと。

だから、この樹が損なわれることは絶対にあってはならない。


 それは、この樹の恩恵を受けるもの。

総ての想鎖術師と、このカルヴァドスの村に住む全ての人々が、世界に負う責なのだと。

 

 近寄ると、まるで樹というより、崖のような緑色の幹。

本来ならば、その枝葉は雲を遙かに越え、下から見上げる人々には殆ど見えない。

辛うじて枝葉の先が時折雲海から姿を覗かせているだけだ。

その様子を、リーゼが唇をかみしめて見上げている。


 「何で、枝……?」

今、生命の苹果の樹には、エルモの頭上数メートルの所に、一本枝が生えていた。

じっと目を凝らして見ても、それは枝にしか見えなかった。

エルモがリーゼの家から果樹園、そして街へ降りていくお決まりのルートとは外れた位置。

ぐるりと丘を回り込んだ場所にあったから、エルモだけが気付かなかったのかもしれない。


 「あんなところに、枝が生えていたんですね?」

呟いたエルモの脇を、爽やかな緑色の光がぱっと駆け抜けていった。

リーゼの向こう側からは、柔らかな紫色の光。

そうして、ぽわり、ぽわり、と集まってくる価値が生命の苹果の樹へと吸収されていく。

そして、幹がゆさゆさと揺れたかと思うと、新たな価値が生命の苹果の樹から放出される。


 何度見ても心洗われる、美しい風景。

思わず見とれ掛けたエルモの頭に何かがパラパラっと、降り注いだ。

びっくりして払い落し、それから落としたものを拾い上げてみる。


 軽く乾いた、小さなかけら。

それは、まるで生命の苹果の樹のような紫色をしていて。


 「いつから、どうして、あんたは一体何をした?」

リーゼの声音は険しい。

「何をした、って聞いている」

なおも無言のダーヴィンへ冷たい声を投げ掛ける。

それでも、少年が無言でいると、やがて諦めたのか肩を落とした。


 そして、微笑んだ。


 ……ぁ。


 此処で、どうしてそんな風に微笑めるのだろう。

さっき、あんなに辛い思いをしたばかりなのに。それはこの少年のせいなのに。

 リーゼは笑うのだ。優しく、心底相手を愛しているように。


 「いいよ。あんたは家に戻っていなさい」

ひゅうっとふり上げられた手に、ダーヴィンが目を眇めて顔を傾ける。

けれど、その手は柔らかく頭の上に載せられただけだった。

「ソラヤおばさん、心配しているよ。あんたがなかなか家に帰りつかないから、何か悪いことしてるんじゃないかって。だから、こんな時くらい家に帰って、安心させてあげな」

ゆっくり手を下ろして、ぽん、と肩を叩く。

「あたしらは、大丈夫だからさ」

ずっと無言を貫くダーヴィンから、そっと手を離してくるり、と振り返った。


 「弟子!」


 きつく、強い声で名前を呼ばれてエルモははっと我に返る。

「荷物置いて、家から脚立持ってきて!」

エルモの背中のバックパックを引きずり降ろし、中身を次から次へと出していく。

「生命の苹果の樹だって、普通の苹果の木と一緒。木の病気だったら何とか対処してみる!」

二つ目の手提げ鞄に手をかけ、あった!と声をあげる。

「両引き鋸と、シーツ!使ってないのが納屋にあるはずだから、あるだけたくさん持ってきて!」

矢継ぎ早に出されるはっきりとした指示。

堪えきれなくなったように、ダーヴィンが背中を向けて駆け出して行った。

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