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ヴェスペルの娘達  作者: さくしゃ
第五色 『暁の少女と、黎明の少年と』~rotten apple, sun flower, follest forest~
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図書館塔

 「え、これ違う!これじゃないの、ありませんか!」

国立カルヴァドス想鎖術研究所付属高等学校、図書館塔。

リーゼの母校、町立中学校とも敷地の一部を同じくする上級学校では、幾つかの設備や図書館塔を共有していた。

吹き抜けの広大な塔のその一角にあるカウンターで、リーゼが狼狽の声を漏らす。


 「と言われても、提出された想譜面はこれで全部だねえ」

年配の司書はまるい眼鏡を出したり引っ込めたりしつつ、年度を確認する。

「今から二年前、町立の中等部から提出されているのは、この一冊だけだよ」

「そんなっ!」

叫び出して、慌ててリーゼが口元を押さえている。

ここが図書館であることを思い出したようだ。

閲覧室には何人かの学生が、夏休みだというのに真面目にノートを広げたり、資料を探したりしている。

もしかしたら、村の騒動で家に居づらくなったのかもしれない。


 玉蜀黍頭のダーヴィン・クク・ミョンヘンも大きな身体を不満げに揺らしつつ、席についている。

最も、全く勉強に集中している様子はなく、珍しく訪れてきた少女へと遠慮なく視線を送っている。

建前は市民にも公開されているが、ほとんど利用者はない。

それだけにクリーム色や焦げ茶をベースにした制服の群れの中に、モノクロの装いのリーゼは目立っていた。


 ほうら、と差しだされたのは深い臙脂色の見事な装丁の本。

エルモもリーゼの隣からそっと譜面集を覗き込む。

第三学年の数ページ目にリーゼ、と記された想譜面。


 そこに書かれているのは、苹果の身を真珠にたとえた可愛らしい恋の歌だった。

確かに、部分部分に先程リーゼが歌っていた言葉は残っているものの、全くの別物だ。

ただ、旋律を引き継いでいるとしたら、後半にかなり長くまた、複雑な想鎖術が組み込まれている。


 司書に食ってかからんばかりに詰め寄っていたリーゼが突如思い出したように「あ」と声をあげ、へたりこんだ。びたんっとお尻を図書館塔の床に叩き付けた。

「そうだ、やり直しをしなくちゃいけない、失敗の譜面だもん、学校に残ってるはずないよね」

いたた、と苦笑しながら立ち上がるリーゼはあまりに不審で、司書の老人はいよいよ渋面を作る。代わりにエルモは頭を下げ


 「あの、師匠じゃなくて……彼女、学生時代のなくしものを探しに来たんです」

と事情を説明した。


 「それは学校指定のレポート用紙かい?」

と、司書の老人が顔色を変える。とても大切そうに尋ねられて、リーゼがはい、と答える。

「管材課にはもう行ったかい?」

「菅材課って、本館の地下にあるところですよね?」

「これを出す為のレポートは成績評定のうちだね。特に前学期の最終評定を決めるのはこの想鎖術になるから、先生も生徒も必死だろう。特になくしたら血眼になって捜す」

「あ、はい………だから、あたしも書きなおしで」

「だから、この時期に想譜面に見えるものは、とりあえず落し物として受理される。担任の先生が預かっていないとして、一昨年のレポートだったらまだ管理しているかもしれないね」

「担任は去年学校を出てしまったので……とにかく、行ってみますね」

揃って頭を下げて、図書館塔を駆け出す。


 「ありがとう、司書のおじさん!」

リーゼが大声でお礼を言うので、「図書館では静かに!」と苦情が出る。

迷惑をかけたかな、と思ってちらりと振り返ると、昼時とあって生徒の姿はずいぶん減っていた。あのダーヴィンも居ない。家に帰ったのだろうか。



 図書館塔から、同じ敷地内にある本館―――職員室の他に、高学年の生徒が利用する研究室や実験室、会議室を兼ねた建物まで、走ること数分。

植え込みを抜けると、そこが本館地下への入り口になる。

外階段から直に地下へ通り、暇そうな受付窓口の職員に事情を話して通してもらう。

ままあることなのか、特に理由を問われることなく、通行を許可された。

そのまま更に、地下へと進む螺旋階段を降りて菅材課へ到着する。

こちらではもう少し深く事情を聴かれたが、リーゼが事情を話して難なくクリアする。


雑多なものがカテゴリーに分けてあり、調合済みの対価や貴重品は鍵をかけたラックにしまわれている。

問題のレポート類、と書かれた巨大なラックはリーゼの身長よりなお高く、横幅も二人が並んで立ったよりもまだ広い。

ここから探すのは一苦労だろうな、と思いながらエルモは一番上のラックに手を伸ばし


―――「あ、あった」

こちらは一番手近なラックから探し始めたのだろう、リーゼが頓狂な声をあげた。

「これだよ、だってほら間違いない」

提出用に町立学校の校章が透かされたレポート用紙。

一番上の行にリーゼ、と書かれ、何度か消したり書き込みをしたりした後の想譜面。


 「こんなに簡単に見つかるなんて、ラッキィ」

ぺらぺら、と三枚ほどの想譜面を捲っているリーゼだったがふと、エルモは疑問を隠し得ない。

「どうしてそれ、そんな所にあったんでしょう?」

「そんなところって、それは、落し物で誰か拾ってくれたんでしょ?」

だからそうじゃなくて、とエルモは何度か瞬きを繰り返し、呼吸を落ち着け

「だってさっき司書のおじさんが、大切なものだからどんなものでもなくさないようにするって。だったら名前が書いてあれば持ち主の所へ返す筈でしょう?なのにどうして、返さなかったのかなって」


 それに、おかしなことはもう一つある。

三年前、司書の言ったことが正確ならば、この想譜面は三年前のもの。

確かに誰かが拾ったものらしく、隅がくしゃくしゃになり、全体的に波打っている。

月日に応じて末端はぼろけ、黄ばみも進行しているが、


 「こんな見つけやすい所に、どうしてあったのかな」

リーゼも不思議そうに、首を傾げた。

リーゼの隣から、その下を攫ってみる。

受理年月日は、いずれも今年に入ってから。

つまり、リーゼの想譜面だけが本来あるべき位置から、ここへ移動していることになる。


 「とりあえず、引き取りましょう」

そう言ってリーゼが菅材課の職員の所へと歩みを進める。

その、時、だっ、た。

ぞくり、と何か言いようのないプレッシャーがエルモの背を射抜いた。

何かに、見られている。―――此処には、何かいる?

「リーゼさん、ここ。何か絶対に居ます」

何かが、暗闇から、僕らを、じっと、見ている。


 「ふうん、………………なるほど?」

何か、リーゼが不審な動きを始めている。

目を閉じて、小指を弾き、それから強く目を見開く。

唇から洩れているのは、想譜面にあるのと同じ想鎖。

わかってるわよ、と小さく唇で合図。

そっと立ち上がると、部屋のさらに奥の方へ、もう忘れものがあるのかどうかも知れない、その奥に


「ダーヴィン!クク!ミョンヘン!」


まるで太陽を写し取ったかのような、黄金色の頭髪。

ぱっと、埃を被ったシーツを取り除けると、そこには蒼白な表情で丸まっている、あの玉蜀黍頭の少年が居た。

                 

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