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ヴェスペルの娘達  作者: さくしゃ
第四色 『アウローラ・ルル・エスカトーレ』 ~over the rainbow~
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白い朝、幻の命

 「それが、三年前……ううん、もうちょっと前かなあ」

この苹果はもう駄目かな。ジャムにでもしよう。

同じ発音、同じ淡々としたリズムで言葉を放つ。


 「気がついたら、アローのなんだろ?形?みたいなものがちょっとずつわからなくなって、形がない代わりに意識に常にアローが居るようになって」


 叔母は何も言わなかった。

ただ、三日月のように笑ってリーゼを見ていた。


 そして、ある日とうとうアウローラは、一つの白い箱になっていた。

気がついたら、という感じだった。

何気なく入ったアウローラの部屋。

いつの間にか部屋にあった調度は全て始末されていて、何もない部屋の中に真っ白な箱が、一つだけ置いてあった。

アウローラが、居なくなったと気付いたのは、その時が初めてだった。


 「もともと何日も部屋から出てこないとか、何日も帰ってこないとかザラだったし、そんなに心配はしていなかったんだけど、まさか死んじゃっていたなんてねえ」

だから、茫然とした。

白く強い、オーロラのような朝焼けの光が差し込む部屋で。

小さな白い箱におさまった、叔母の姿を見た時に。


 ………一体、彼女はいつから居なくなったのだろう。

そして、どうしてあたしは、それを知らなかったの?

答えは、胸の中にあった。


 ―――「簡単よ。ずっと一緒にいたから、気がつかなかったの」


 嘲笑うような、それでいて真摯な声は、自分の内側から。

「それから、アローは時々出てくる。月に、三日とか四日とか、いつの間にか『あたし』が『アロー』になっている。誰も、気がつかない。同じ外見で、同じ声……当たり前だよね。外見は変わらないんだから」


 だから、怖くなる。

いつか、誰も気がつかなくなるんじゃないかと。

リーゼと言う人間が居たこと。アローと言う人間が居たこと。

二人が、別々の人間であったことに。

リーゼは、苦笑した。

「おかしい話だよね。ジュジェでさえ何か少しおかしかったのかな?って思うだけなんだもの。あんなにずっと、一緒にいるのに」

笑ったはずの声が、絞られる。


 そう、……………気がついてくれたのは、昨日のキミが初めてだった。


 キミが初めて、リーゼのことを覚えていてくれた。

「誰も、リーゼのことなんか、忘れちゃうんじゃないかと思って!」

そして、何よりも、一番怖いのは。

「だんだん、あたしがあたし自身を忘れてしまう気がする。アローと変わっていることに、気がつかないあたしが居る」

目が覚めて、また。ああ、変わっていたんだな、と思うだけで。それを、当たり前と捉えていることに。

「……………それが、とても、怖い」

アローに自分自身をあげることを選んだのは、リーゼ自身だ。

いいよ、あげる。と、小さな自分は何も考えずに答えた。それが、こんな結末を生む。

今更、とても怖い。


 「リーゼさん、それは」

そっと、エルモが樹の下から呼び掛けてくる。

答えない。答えたら、見えてしまうから。

「アローの得たことも、アローのしてきたことも、今のあたしには自分と同じことなの」

胸の上に乗せた手を、そっと握りしめる。


 「アローが居なくなってから、急に学校の授業の中身がわかるようになった。

同級生の想鎖術が、すごく幼稚で簡単なものに思えるようになってきた……!」

それこそが、リーゼとアウローラの境目があいまいになってきた証拠。

「それから、すごく怖くなった。これ以上勉強を続けたら、自分の正体がわかってしまう」


 リーゼさん、と少し怒ったような少年の声。

ああ、こんな風に怒ることもあるのだ、と思いながら、それでも言葉を止めることはできない。


 「今のあたしが、一体どういう存在で、どういう状態なのか、わかってしまう」

恐らくは世界で唯一のイレギュラーな存在。想鎖術により、他者を自分に寄りつかせている……そんなことが、本当に可能なのか。


 ―――もし、そんなことはあり得ないとしたら?

あたしは、一体何なのだろう。

何のために、ここに居るのだろう。


 だから、リーゼは高等部へは進まなかった。

恐ろしかったのだ、真実を知ることが。

自分が、何者なのかを理解することが怖くて、逃げた。

自分の好きな勉強だけならば、幾らでも家で続けることができた。

師匠は家にいるのだから、いつだって尋ねることができる。

それで、満足するべきだった。


 「それが、あたしが高等部へ進まなかった、本当の理由」

先程から微動だにしない玉虫色の頭髪へと視線を下ろし、

「アウローラ・ルル・エスカトーレはこの世にはもう存在しない。存在しているのは、残骸みたいなあたしだけ」


 ごめんね、と呟きは洩れて出た。

口を押さえるより早く、もう一つ。

ごめんね、と。

こんな師匠で、ごめんね。と。


 「それは、違います。リーゼさんは、アローさんの抜け殻なんかじゃないと、思います」


 少年は、ゆっくりと顔をあげてリーゼを見上げた。

夜の海を写し取ったような、神秘的な瑠璃色の瞳が、ひたとリーゼを見上げる。

「だって、アローさんとリーゼさんの想鎖術は、全然違いましたもん」


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