rotten apple meets nightingale
完全に、寝落ちするかと思った。
うわ!と叫んで跳ね起きようとして、更にびっくりして声も出なくなる。
ごく間近に、女の子の顔があったのだ。
紅みの強い茶色の髪と、琥珀色の瞳が、こちらに向かって注がれている。
「お早う。目が覚めたんだ?お腹すいてる?ごめんね、朝ご飯ならもう少し待って欲しいんだ。あたし朝ご飯遅い方だからさ」
直角に倒していた上体を元に戻し、片方の手にお玉を持ったまま、女の子が矢継ぎ早に問いかけてくる。最後ににっこりと微笑まれると、先ほどとは別の意味で声が出なくなった。
「あ、それとも気持ちが悪いとかあるかな?ぶつけたとか、怪我をしたところは?何ならお医者さん呼んで来ようか?もっとも、あんまり活躍の機会が無いから、もしかしてぼけちゃってるかもーっ……て、もしもし聞いてますか?」
とことんマイペースなのは優しく落ち着いた女性の声音だった。
はい、と辛うじて答えることができた。それから慌てて「大丈夫です」とも。
ならいいや、ともう一度微笑んで、女の子は後ろを向いた。
微かにふらつく頭を押さえて身体を起こす。全体にゆとりのあるワンルームの部屋。窓の外に地面が見えると言うことは一軒家もしくは地階。そこまで考えて、力尽きる。ぽすっと、再度寝台に倒れ込んだ。
自分が横たわる寝台のすぐ傍に、ずた袋みたいな外套と鞄が置いてある。そして、その奥にはソファーと、やや乱雑に折り畳まれた毛布。
そこでやっと、自分がどうしてしまったのか気がついた。
「あ、あの!ごめんなさい!」
まだ聞き慣れない自分の声はそれでも奇妙に上ずっているとわかった。
「びっくりしたよー。だって、うちの前で倒れてるんだもん」
振り向いて、女の子が笑う。
それからこちらの横たわるベッドを指さして
「それ、仮眠用。寝心地はそんなに悪くなかったでしょ?」
くっきりとした印象の笑顔に、良く笑う人だな、と思った。
威勢と姿勢が良いせいもあるだろうが、多分、女の人にしては背丈も肩幅も随分ある方だ。
目も口も大きくて、それで笑うものだから本当に顔じゅうで笑う、と言う感じがする。
ばさり、と動くたびに紅みを帯びた茶色の髪が揺れる。それもまた随分と長く、肘の下まであった。
「まさか、行き倒れがこんな所まで来るなんて思わなかったし、新入生がやってくるにはまだずいぶん早い時期だし、本当にどうしたんだろうって」
「ええっと、何処から話したらいいんでしょう……?」
それは、自分自身でもよくわからないことだった。




