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ヴェスペルの娘達  作者: さくしゃ
零色 『始まりの物語。その前に。』
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もう少しだけ、この世界にいられたら、いいのに。

「やっと、着いた……」


目印としていた大樹を見上げ、少年はほっと安堵の息を零した。その拍子にずた袋のような外套と背嚢を取り落としそうになり、慌てて両手で抱き抱え直す。ちょっとみすぼらしいのは本当。でもこれは、貸して貰った大切なもの。だから、決して手放してはいけない。

けれども。

 やっと目的地に着いたという安堵感なのか、それとも歩き通した疲労のせいなのか、あるいはあまりの空腹のためなのか。

酷く目が回って、そこから一歩も動き出せない。それならばまだいい。地面が、どんどん近くなってくる。これは一体どうしたことなのだろう。


………とにかく、助けを求めないと。


パタン、と倒れ込んだその先は、黄土色の大地。小さな虫の一匹さえそこにはおらず、彼を助けてくれる相手はそこには誰もいなかった。

それもそのはずで、この世界に自分の存在を知る人間は、ほんの僅かしかいない。

特に訪れたこの地で自分が助けてもらえる相手は、たった一人しかいないそうだ。

頭の中にそれだけ全て、叩きこまれた言葉を総動員し、地面を指先で削っていく。


アウ………ロー、ラ


土を舐めた唇が切れ切れに呟き、意識はそこで途絶えた。


 ……何だか、気持ちがいいや。


落ちていくような幸福感が、全身を浸している。とろっと目をあけると、白い靄の中に包まれて、誰かが手足を動かしていた。


すごいや。言葉にすればそれだけだった。


舞とも言えず、踊りとも言えず、ただ手足が伸びやかに動く。

腰から下の動きは妖艶と言えるほどに女性らしく艶やかなのに、上半身の動きはむしろ中性的。若木が芽吹き葉擦れの音を響かせるように、生命力と躍動感に満ち溢れている。


そこまで考えて、踊っているのが女性だと言うことに気づく。

ともかく卓越したボディバランスの持ち主であることは、容易に見て取れた。

飾り気のない姿なのに、全身から放つ気配が夕焼けの光のように眩く、彼女を彩っていた。

その正体は……見極めようと目を凝らすのに、それに反して瞼は下がってしまう。


もう少し、もう少しだけだから。

夜に閉ざされるその前に、もう少しだけ。


とん、と彼女の両足が地面を叩き

そして


ぱん、ぱん、ぱぱぱん。


と、特徴的な手を叩く音が聞こえる。

何処かに民族的な色合いを持つその音に耳を傾けながら、目を閉じた。


もう少しだけ、この世界にいられたら、いいのに。


そう、最後まで願いながら。



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