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ヴェスペルの娘達  作者: さくしゃ
起色 『これより少し前、始まりの物語。』
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異教の街

黄褐色の煌めきが、海辺の町を包んでいた。


「良い朝ですね」

頬にそばかすの残る若い神学生が、頬を上気させて彼を見やった。

「これも、聖なる父のお導きなのでしょう」

彼らが主祭神として崇める聖なる父は大地と空を象徴とする。そのため高貴な色として用いられるのは、黄土色と白藍色。まさしく、今目の前にある色合いである。


けれど、彼がその強い輝きに想いを添わせるのは、別の光景だった。

聖なる父に仕えるようになって既に数十年。その間は一切の妥協を許さず己に修練を課してきた自分だから、思い出すのはそれよりももっと昔のこと。


隣に立つ神学生と同じ位の若者だった頃に、ただ一度だけ訪れた興業。


聖なる父に仕える身としてはあまりに背徳的な、異教の術。それに対して発言することはもうないけれど、その美しさは今も心にはっきりと、焼きついている。


 遙か大陸の向こうにのみ伝わる、その術。自然と、唇が笑みの形に歪む。


 「師父様!あれを!」

懐かしげな記憶はしかし、緊迫した若い神学生の声によって破られた。

「お………おお………!」

さしもの彼も、声を失った。震える両の手を顔に押し当てる。

清らかな朝の光がひときわ強くなり、ついには破裂した。

内側からあふれ出たさらなる光。極光と呼ぶのが似つかわしい、そこから姿を露わしたのは。

「どうしましょう!師父様!どうしましょう!」

恐慌状態に陥る神学生を、落ちつけと叱責しながら、彼もまた震えをとめることはできなかった。


 もはや事態は、自分の収められるものではなくなっていた。

「急いで、知らせを。火急に文を、送らなくては……!」

自分ではどうしようも出来ない。けれど、あてはあった。五十年前にただ一度だけ見たもの。ひとたびと言え、心奪うには十分な、あまりに美しい奇蹟。

それを運んできたのは、興行の集団の中でもいっとう美しく、強かったあの人。

真っすぐ見つめた、眼差しの力強さ。贈られる笑みの艶やかさ。しなやかに動く肢体にはどんな教義より強く心を動かされた。悪戯のように告げられた名前。


 秘密よ、いつか本当に必要になったら呼んで頂戴ね。


 まるで、こちらの心を試すように蠱惑的に紅い唇が教えてくれた。

あの人ならば。

そうっと小さな声で、その名前を呼ぶ。それから、その罪深さを自覚し、聖なる父の名を呼ぶ。神学生が、泣き出しそうな声で自分を呼ぶ。

逸る心を押さえ、聖なる父を讃える祈りの言葉を小さく呟きながら、彼はそれに向かって駆け出して行った。

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