後編
日が短くなり始めた秋の放課後、三階の渡り廊下を通りながらなんとなく階下に視線をやると、彼女と鈴木が二人で校舎の裏庭の方へと向かうのが見えた。
つきあってるんだから二人で居る事は当たり前なのに、そんな事にも心が掻き乱された。
それでもどうしようもない。
ゆっくりと渡り廊下を抜け、階段を降り、靴箱へと向かった。
そして靴に履き、校舎の玄関を抜ける頃、裏庭の方角から鈴木が走って来るのが見えて、方角からすると多分部室に向かっているのだろうと想像がついた。
でも彼女の姿はなくて、それがすごく気になった。
気になったから裏庭の方をチラチラと眺めながら、彼女が歩いて来るのを待ってみたけど、一向にそんな気配はなかった。
妙な胸騒ぎを感じたままで帰る気にもなれず、俺は裏庭の方へと向かった。
◇ ◇ ◇
裏庭に辿りつくと特に人影もなくひっそりとしていた。
彼女はここにはいないのだろうかと、そっと辺りを見回すと、人目にはつきにくい校舎のコンクリートに背中をつけたまま、体操座りのまま両膝を抱え込むように座り込んでる彼女の姿があった。
……まさか、泣いてるのか……?
そう考えただけでも、胸の奥がキリキリと痛む。
それでもあんな姿を見てほうっておけるはずもなく、ゆっくりと彼女の近づくとやがて俺の気配に気付いて、彼女ものろりと顔をあげた。
泣いてはなかった。
でもどこか魂が抜けたような表情で、俺の事を見てはいるけど、認識はしていないんじゃないかな、そんな風に見えた。
そしてそれは気のせいではなかったらしい。
「……あれ、綾瀬? どうしてここにいるの?」
まだ焦点が合わない瞳のままで、彼女は俺の事を見上げたままそう問いかけてきた。
「いや、なんとなく暇だったから……」
「やだ、なにそれ」
俺の嘘くさくて怪しいセリフに、彼女はただ小さく笑った。
でもそれはひどく弱々しい物で、少し躊躇したけど、彼女の隣に少し離れて座ってみた。
「……なんかあった?」
何をどう聞いていいのかわからずに、そんなストレートな言葉を投げかけてしまう。
するとやっぱり彼女は小さく笑った。
俺の無神経さに呆れたのかもしれない。
「うん、彼と別れたんだー、私ふられたの」
「そう、なんだ」
俺はそれ以上の言葉が出なかった。
上手い慰めの言葉ひとつも頭には浮かばない。
別れればいいのに。
正直そう思ってたんだと思う。
ただ、いざこんな風に傷ついている彼女を見て、嬉しいなんて思えなかった。
「なんか、付き合えるようになって嬉しくて、でも嫌われないようにってびくびくしながらつきあってて。そーゆーのがなんか彼には負担だったみたい」
ポツリポツリと彼女はそんな事を話した。
でも俺の知っている普段の彼女からは、アイツの前でびくびくしてる彼女なんて全然想像がつかなくて。
いつものまんまの彼女がかわいいのに、なんてぼんやりと考えてみたりしてた。
「そんなに気を使う事がだめなんだよ。俺と話す時くらい気楽にしてればよかったのに」
だからつい、そんな言葉がポロリと口をついて出てしまった。
よく考えると随分無神経な言葉だと、口にした後に気づいたが、言った言葉は取り消せるはずもなかった。
「それができたら苦労しないよっ」
少し抗議めいた瞳で、俺の事を見上げる彼女に、今度は俺が苦し笑いを漏らす事になった。
俺だって、隣の席で普通に接していて、気付いたら好きになったから、こんな風に話せてるだけど、好きになるのが先ならこんな風に話せなかったかもしれない。
彼女の言うように、相手に嫌われまいと萎縮した話しかできなかったかもしれない。
そう思うと溜息まじりで無意識のうちに自分の口から、本音まじりの呟きが漏れた。
「ごめん、そうだよなぁ、好きな奴には少しでもいいとこ見せたいもんな」
すると彼女は少し不思議そうに俺を見つめてきた。
「……綾瀬は好きな子、いるの……?」
彼女の質問に、俺の心臓は派手に暴れだした。
なぜだか彼女は自分の失恋より、俺の意中の人間の事が気になってしまったらしい。
落ち着け、落ち着け。
「んー、どうかな」
「なによ、それー」
俺の曖昧な返事に、彼女は笑った。
それが一瞬、いつもの表情で少しほっとした。
「……笑ってる方がいいよ、星野は」
「え?」
「落ち込んだ顔してると、何言えばいいのかわからなくなるからさ」
俺を見上げる彼女の瞳は、パチパチと大きく瞬いた。
「う、うん……」
「早く元気になれよ」
本当に気の利いた事はなにも言えなくて、それだけなんとか口にした。
「うん、ありがと」
少し寂しそうな表情で、それでも彼女は笑ってそう返事をしてくれた。
◇ ◇ ◇
彼女が鈴木と別れてから、一ヶ月くらい経つ頃には、ぱっと見にはすっかり元の元気を取り戻してきているように見えた。
秋も深まり、もう冬の足跡がすぐそこまできている放課後の教室には、半数近くの生徒がまだ残っていて、教室や、廊下から放課後特有の開放感を感じるざわつきが耳に心地いい。
「ねえ、綾瀬って好きな子いるの?」
自分の席でのんびりと帰る準備をしていると、ふいに彼女のそんな言葉が俺の耳に飛び込んできた。
そんな深い意味なんてないんだ、そう自分に言い聞かせてみても、質問の内容に無意味に心拍数があがってしまう。
「なんで?」
内心すごく焦ってたけど、極力平気なふりしてそう返してみた。
「んー、別に。前に聞いてもはっきりとした答えじゃなかったから聞いただけだよ」
すると、彼女は少し不機嫌な表情でそう答えた。
「ふうん?」
そんな彼女の言葉と表情の移り変わりの意味がつみかねてしまい、俺もなんだかあやふやな返事をしてしまった。
「友香ー、早くー」
「あ、今行くー」
教室のドアの外から、彼女の事を友人らが手招きしていた。
彼女はガタリと音を立てて席から立ち上がり、ちらりと俺を見た。
「綾瀬のケチ」
少し拗ねた表情でそれだけ言うと、彼女は教室を出ていった。
「ケチってなんだよ……」
訳がわからなくて、俺はポツリとそう呟いた。
◇ ◇ ◇
12月に入り、街並みがクリスマスカラーに彩られはじめた頃、珍しく朝早くに学校に来てみたりした。
その日は早くに目が覚めて、それでも寝なおすには中途半端な時間だったので、そのまま朝食を取って学校に来たんだ。
急に寒くなってきて、学校の人影もほとんどない廊下を歩いていると、吐く息も白かった。
そうして、自分のクラスの教室の扉を無造作に開ける。
すると、二人くらいしかまだ来てなかったけど、そのうちの一人は彼女だった。
俺と視線が合うと、手元を隠そうとしていたけど、それは毛糸と編み棒……って言うのか? 編み物をしているのを隠そうとしたらしい。
「おはよう。……それ何編んでるの?」
俺はゆっくりと自分の席に座り、そう声かけると彼女の方も隠すのは諦めたようで、少し困ったような表情で笑った。
「おはよう。うーんとね、マフラー。初心者だから無難なのにしてみた」
「へー…。誰かにあげるの?」
何気ないふりしてそう聞いてみた。お父さん。とか、そんな答えを期待しながら……。
それでも彼女の口から零れた答えは、予想した中で一番最悪の物だった。
「……内緒。綾瀬ケチだしね」
そっか。
やっぱり誰か野郎へのプレゼントなんだ。
しかも今回は相手の男教えてくれる気はないらしい。
クリスマス前なのにまじ落ち込んできた。
あー、そうか、クリスマスプレゼントなんだ、多分。
それにしても……。
「ケチってなんだよ。前の好きな子いるのかって質問の事かよ」
「そうだよー。綾瀬が教えてくれないから、私も教えてあげないもん」
「あー、そうですか」
彼女の軽やかで、多少の嫌味がまじったそんな言葉に、俺も何気ないふりして軽口で返してみた。
だって仕方ないじゃないか。
俺の好きな子の名前なんて教えられる訳もないし、かといって別の子の名前なんてあげていいはずない。
「あれ、もう編まないの? まだ時間余ってるじゃん」
彼女はそそくさと編み物の道具を片付けはじめてて、思わずそう声をかけた。
「あー、うん。なんとなく」
少し戸惑った調子で彼女はそう返してきた。
「俺、編み物するとこって見た事ないや。見たいなぁ、ちょっと編んでみせてよ」
そう、それは言葉のまま、純粋な興味だった。
あの毛糸と棒二本でどうしてあんな風に編みあがっていくのか、見てみたかった。
「えー? そんなすごい物でもないんだけどなぁ。んー、じゃあちょっとだけね」
そう言って、しまいかけた編棒を手にとって、手先を動かしはじめた。
へー…。
あんな風に棒に詰まってる小さい穴にまた糸を通していくのか。それで編目ってあんな風なのかと視覚的に見て納得してみたりした。
それにしても想像以上に細かい作業だなぁと、妙な感心もしてしまう。
「こういう手作りってさ。なんか嫌がられるとかも聞いた事あるんだけど、そうなのかなぁ……?」
彼女の細やかな手の動きをぼんやりと眺めていたら、不意に飛び込んできた彼女のそんな言葉で、現実に引き戻される。
そして、彼女を見てみると少し不安げな表情。
俺だったらすげー嬉しい。
でもどうせアレは他の誰かにあげるつもりなんだよな。
あの不安げな表情も、俺の知らない誰かがさせてるのかと思うと、少し意地の悪い自分が表に出てきた。
「好きな子以外から貰うとちょっと困るかもな。ひと編み、ひと編みに何か想いが詰まってそうで、捨てたら呪われそうだし?」
実際、もし好きでもない子だと、やっぱ重いかもなぁ、そう思う。ただ、いつもなら、そんな事わざわざこの状況では口にしなかったと思う。
「えー…。呪わないけど、捨てられると流石にショックだなぁ……。でもそうよね、やっぱ手編みなんて困るかなぁ……」
そんな事を呟くように口にしながら、途端に彼女の表情は曇る。
流石に落ち込んだ彼女の表情なんて見たくないのにと、少し前の心の狭い自分に、罵声を浴びせたくなる。
「でも、ほら。余程嫌いな子からじゃなければ、嬉しい事は嬉しいんじゃないかな?」
今更なんだけど、慌ててそんな事を言い直してみたりする。
俺だったら大喜びなんだけど。
なんて事を自分の中でひっそりとつけたしながら。
すると彼女は、声をあげて笑った。
「あはは。ありがとう。そうである事を祈るわ」
なんだかわからないけど、その時の彼女の笑顔は、俺の心の中に焼きついた。
◇ ◇ ◇
終業式の日は、昨夜から降り積もった雪のため、街はうっすらと白く薄化粧をほどかしたかのように綺麗だった。
それでいて空は透き通るように青くて、空気は刺すように冷たい。
そんなクリスマスの装飾が溢れている街の中を、彼女と二人で歩いている事が不思議な気分にさせる。
朝、会うなり帰りに暇ならばお昼をを食べようと彼女の方から声をかけてきたのだった。
俺はもちろん問題ないけど、友達とかと一緒じゃなくてもいいんだろうか、なんて事を思って実際そう聞き返してしまった。
すると少し寂しそうに、なんか皆彼氏いるみたいだから、一緒に帰るみたいよ、なんて笑った。
それに、綾瀬にはなんかお世話になっちゃったからね。
なんてニッコリと笑ってきて、俺は内心かなりドキドキとしたりしたもんだ。
でもきっと深い意味なんてない。
「モス食べたいー。それでいい?」
俺の横を歩いてた彼女が、そう話しかけてきた。
「うん、いいよ」
まあ、正直彼女と一緒に食べれるならなんでもいいんだけどさ。
正直ひっかかってるのは、今回の誘い文句。
『それに、綾瀬にはなんかお世話になっちゃったからね』
もしかして、片思いの相手の事をまた相談されたりするのかなぁなんて思ったりするんだよなぁ。
そんな事を思いつつも、目的のハンバーガーショップの中へと入った。
◇ ◇ ◇
俺も彼女も、期間限定とかいうライスバーガーとセットメニューにしてみた。
「綾瀬、残り食べていいよー」
メインディッシュもお互い食べ終わった頃、彼女の方からポテトの残りを差し出された。
「いらないの?」
「うん」
俺の問いに、彼女はにっこりと笑った。
俺はまだまだ食べれるから、ありがたく受取った。
なんとなく、彼女から貰ったってだけでポテトがおいしくなったような気がして、俺もホント現金だよな。
「綾瀬、これ」
俺が貰ったポテトも食べ終わった頃、無造作に彼女は手提げのついている、小さめの赤い無地の紙袋をテーブルの上に乗せてきた。
なんとなく中を覗くと、その中には更に緑色のビニールの袋が入ってるのが見えた。
外側が赤で、中身が緑、さながらクリスマスカラーってところか。
「……何、これ?」
それでも俺の目の前に置かれた意味が素でわからなくて、思わず視線を彼女に戻してそう聞き返してみる。
すると彼女は少し驚いた表情をして、それから戸惑ったように笑った。
「いいから見てみて?」
彼女の言葉を受けて、それでも恐るおそる紙袋を手にとり、緑色のビニール袋を取り出す。そしてビニール袋の中に手を入れると、暖かい毛糸の感触。
その瞬間、もしかしてと思ったら、やはり俺の目の前には前に彼女が学校で編んでいたマフラーが出てきた。
やけに心臓が騒ぎ出して、息をするのも苦しいくらいだ。
「これ、誰にあげるの?」
それでも自分の口からはそんなマヌケな言葉が零れ落ちる。
だって、もしかして出来を確認させてから、お目当ての奴にプレゼントする気じゃないだろうか、なんて事を思ってしまったからだ。
「誰って……。綾瀬にだよ」
少しムッとした表情で彼女はそう言った。
嬉しい。
すごく嬉しいんだけど、俺がこんな物貰える理由がマジでわからなかった。
「俺に……?」
きょとんとした気分のまま、そう尋ねると、彼女は少し頬を染めて小さく頷いた。
その表情はすごくかわいいのに、それでも俺はこれを貰える理由が確信できずにいた。
「なんで?」
だから、真面目な顔のままでそう聞いてしまった。
すると彼女はそう、時が止まったみたいに表情が固まったんだけど、それは一瞬の事で次の瞬間には何も言わずに席をたった。
「星野……?」
条件反射的にそう声をかけると、彼女はキッと俺の方を睨んだ。
「綾瀬の馬鹿っ」
それだけ言い捨てるようにして、彼女はそのまま店を一人で飛び出た。
一瞬呆然としてしまった俺だが、やばいと思って慌てて荷物を手にして彼女の後を追った。
◇ ◇ ◇
店の外に出て、一瞬キョロキョロと辺りを見回すと、駅に向かって歩いてる彼女の後ろ姿があった。
早足で近づくとすぐに彼女の真後ろまで来る事ができた。
「星野」
俺が声をかけると、後を向いたままで、彼女は小さく反応した物の、こちらを向かずにそのまま無視して歩いていく。
「あの、ありがとう、すごい嬉しかった」
俺がなんとかそう言葉にすると、彼女は歩みをピタリと止めた。
それでも俯いて後ろを向いたままだった。
「無理しなくてもいいよ……。別に捨てたって呪ったりしないからさ」
彼女の言葉にまた心臓が大きく跳ねる。
呪いって単語は手編みは嫌がられるか、そんな事を聞かれた時に俺に貰える訳がないからと、少し意地悪な気分のまま彼女に告げてしまった答えだ。
俺、自惚れていいんだろうか。
今までそんな風に見て貰えないと思い込んでて、本当にそんな意味に受取っていいなんてすぐに思えなかったんだ。
「別に星野になら呪われていいけど。呪われたら首とか絞まるのかな、これ」
俺がボソリと言うと、彼女はやっとこちらに向き直ってくれた。
「あ……。もう使ってるの?」
そう、店を出る時、咄嗟にマフラーを巻いて街に飛び出した。
「うん、あったかいよ」
実質的にも首を暖めてくれている事はもちろんなんだけど、彼女の手作りだと思うと胸の奥まで暖かくなる。
するとやっと彼女が小さく笑った。
「もー、なんで綾瀬ってそんな鈍感なの?」
「はあ? それはこっちのセリフ。一体俺がいつからお前の事好きだったと思ってるの?」
勢いで告げた俺の言葉に彼女は、心底驚いたような表情をしたかと思うと、すぐに赤くなって俯いた。
「……知らないよ、そんな事。でも今は、私も、綾瀬の事、好き、だよ」
うわ、どうしよう、すげー嬉しいんだけど。
空は青いままなのに、急にチラチラと雪が舞い降りてきだしたりしても、その冷たささえ心地いいくらいに感じる。
彼女の言葉は俺の心の奥まで鷲づかみにしてくる。
なんだろう、たった一言なのに、なんでこんなに威力があるんだろうか。
もしかして、これも俺の心を縛り付ける呪いの言葉だったりするのかな?
「俺は、今も好きだよ」
それでも、やっとの思いで俺も自分の想いを告げる事ができた。
そしたら目の前には見た事もないくらいかわいい笑顔があった。
「あの、今日はもう少し一緒にいたいんだけど」
俺がそうポツリと言うと、彼女も俺の事見上げながらうなづいてくれた。
「うん」
風花の舞い散る街の中、横を歩く彼女の温もりがすごく嬉しくて、彼女の笑顔はそんな中でも俺の心を暖かく、軽く、春の陽だまりにいるような気分にさせてくれた。
- end -
書きたかったのは、好きな女の子に友達としか思ってもらえない男の子。
短編ですし、ラストまでもスルスルと決りました。
微妙に空気の流れとか、そういう物が変わっていく感じとか書いてみたかったというのもあります。
そういった物がきちんと描写できたかはナゾなのですが、ほんわかムードなクリスマスに感じて頂ければ幸いです(^^)




