前編
同じクラスで隣の席の星野友香とは話しやすくて、趣味も合う。
俺がくだらない冗談を口にしても、コロコロとよく笑う。
その笑顔はまるで、春風が優しく頬を撫でてくれるかのような心地よさだ。
◇ ◇ ◇
月曜日の朝って少し憂鬱だ。
連休明けで、これから一週間また学校に来て勉強をしないといけない。
まあ、社会人になっても同じなんだろうなぁ、この感覚は。なんてまた朝から楽しくない事を考えてしまった。
「綾瀬、おはよう」
そんな憂鬱な気分を、一気に吹き飛ばしてくれる声の主の方に振りかえると、やはり目の前には、星野が居た。
だけど、目の前の彼女はいつもと違って何か沈んだ表情。
「おはよう……。何朝からそんな変な顔してんだ?」
あ、しまった。変な顔って言い方まずいよなぁ……なんて後の祭りだ。
「やっぱり変? 昨日美容院に行ったんだけど、前髪思ってたより切られちゃったから、もうブルー…」
それでも彼女は、俺の言い回しなんてどうでもいいくらいに落ち込んでいるらしかった。
言われてみれば前髪は確かに金曜日までよりは短くなっている。
「うーん? 確かに短いけど、気にするような事ないじゃん。むしろかわいいって」
「えー? 嘘だぁ、絶対変だってっ」
彼女は俺の言葉なんて信用していないようで、ムキになってそう反論してきた。
だから俺もつい反論なんてしてしまう訳で。
「むしろ変なのはお前の顔だよ。そんなつまんなさそうな表情じゃ、変なままだな」
すると彼女はきょとんとした表情になったが、しばらくすると少し困ったように笑った。
「そっかー、前髪で変なのが、落ち込んでると更に変って事なのね」
いや、だから別に前髪はそんなに気にするレベルじゃないんだけどな。
でもせっかく少しは機嫌がよくなったみたいなので、それは言わずにいた。
ゆっくりと上靴に履き替えた頃、やはり上靴に履き替えた彼女がポンと俺の肩を叩いた。
「ありがと、綾瀬」
そうしてそこにはいつもの笑顔。
やっぱり春風みたいに心地よくて、心の中が暖かくなる。
◇ ◇ ◇
ある日の放課後、なんとなく教室に残ったままで、くだらない話を彼女としてた。
気がつくと教室には二人しかいなくて、窓の外のグラウンドからは、運動部員達の掛け声が聞こえてきていた。
そして、どういう流れなのかは思い出せないけど、彼女がポツリと漏らした言葉に、俺は心臓が止まりそうになる。
「綾瀬って彼女とかできたら大切にしそう。綾瀬の彼女はきっと幸せだね」
彼女は本当にただ思いついたみたいな、何気ない表情で小さく笑った。
「えー? どうかな。自分じゃよくわからないな」
内心すごく動揺していて、でも正直どう返せばいいのかわからない。だから適当に差し障りがないと思われるような言葉でしか返事ができなかった。
「うーん? だって結構細かい事気づくし? この間の前髪切り過ぎた時の時とかも、結構嬉しかったよ」
でも正直、それは君限定なんですけど。
そう思ってみた所でそんな事言える訳もなく。
それでも。
「じゃあさ、なってみる? 俺の彼女」
気がついたら先に口が動いてた。自分の声がなんだか遠くに聞こえて、全ての言葉を言い終わった直後いきなり心臓が暴れだした。
そして恐るおそる彼女の表情を見ると、少し驚いた顔をしたかと思ったら、すぐにいつものくったくない表情で笑った。
「またまたー。そう言う事は好きな子に言わないとダメだよ」
冗談じゃないよ。
そう言いたかったけど言えなかった。
だって今の彼女の言葉と表情とで全てわかってしまった。
彼女にとって俺は全く恋愛対象じゃないって事。
そうして俺が彼女に恋愛感情を抱いてるなんて、カケラも気づいてないって事。
「そうだな」
だから情けない表情で笑ってそう答える以外、俺にはできなかった。
友人としての立場まで失いたくなかったから。
本当に情けない気分だったんだけど、幸か不幸か彼女は俺の心情なんてこれっぽちも気付いてないみたいで、いつもの表情ですぐに別の話題に移っていた。
◇ ◇ ◇
青天の霹靂ってこういう事を言うんだろうか。
「おはようー、ねえ綾瀬。ちょっといい?」
あまり人の居ない朝の教室で、彼女はいつもより何か思いつめたような、それでいて少し照れくさそうな、なんとも不思議な表情をしていた。
「おはよ。……どうしたの?」
「うん、あのね、三組の鈴木君て、綾瀬は知ってる?」
俺だけに聞こえるよう、耳元で囁く彼女の甘い声にくらくらするのに、それとは相反して、彼女の唇から綴られる別の男の名前に胸の奥がざわつく。
「いや、知らない」
それは本当だった。
ただ、何か野球部にそんな名前の奴が居たような気がするのだが、俺の知ってる事なんてこの程度だった。
すると彼女は明らかにがっかりとした表情になる。
「そっかー、そうだよね、そうは上手くいかないか」
なんでそんな事聞くの?
喉まででかかったけど聞けなかった。
なんとなく答えはわかってたから。
何がどうなって、そうなったかはわからないけど、きっと彼女はその鈴木って奴の事を好きになったんだと思う。
でも俺が聞かなくても、彼女の方からその想いは打ち明けられる事になった。
本当に俺は信用されてるらしい、友達としては。
本当に女の情報源てすごい。
舌を巻くってこういう事を言うのだろう。
彼女の友人らから、その"鈴木"のデータに関して報告が彼女にあり、誕生日やら好みの色やらあっという間に彼女の元に集まっていく。
そんな風にしている時の彼女は本当に楽しそうで。
今までに見た事ない表情で"鈴木"の事を語る。
それが俺には悔しくて仕方がない。
彼女にそんな笑顔をさせるのが俺じゃないって事が、悔しくて仕方なかった。
それでも彼女に何か問われれば、わかる範囲の事は答えていた。
彼女が嬉しそうに笑ってくれるのは、やっぱり嬉しかったから。
「私、告白する」
俺にしてみれば彼女の言葉は、すごく突然に聞こえたけど、彼女の表情を見ると全然突然の事でもなんでもないって事がわかった。
「そっか。がんばれよ」
ただ、他に何も言えるはずもなく、思ってもいない事が口をついて出るだけだった。
「うん。綾瀬にはいつも感謝してるんだー。つまんない話聞いてくれてありがとね」
そういって見せてくれた笑顔は、俺に見せてくれた笑顔の中では最高にかわいかった。
それが逆に俺の中の後ろめたさに拍車をかける。
「え? 別に、俺なんもたいした事してねーし……」
しかもがんばれなんて本当は思ってない。
それどころか、ふられればいいのにとさえ考えてるヒドイ奴なんだよ。
なのに笑顔を向けてもらう資格なんてないんだ。
それでも俺は曖昧に笑い返す事しかできなかった。
◇ ◇ ◇
やっぱ神様って見てるのかな。
コレは天罰なんだろうか。
彼女と野球部の鈴木はつきあう事になった。
たまに鈴木が彼女に会いに来たりして、そんな時の見た事ない表情ばかり見せる彼女を見るのが苦痛だった。
それでも彼女の中での俺の『友達』のポジションは変わってないらしく、ただいつもの話題の中には鈴木のノロケ話が入り混じるようになっていた。
そんな時の彼女の表情といえば、それはもう見た事もないかわいい表情で、俺はその度に胸の奥がズキンと痛んだ。
極力、鈴木と彼女が一緒の時は、二人を見ないようにしているのだが、アイツにはこんな、いや、これ以上のかわいい表情を見せているんだろうか。
そんな事を思う度に、俺はその度に胸の奥がズキンと痛んだ。
そして、俺ってやっぱり心が狭い。
幸せそうな彼女を見ても心から喜んでやれない。
いつまでも未練がましくみっともない、そう思うのに彼女への想いを断ち切る事もできない。
そんな自分の中のぐちゃぐちゃの想いに、彼女の様子が少しづつ変わってる事なんて、これっぽっちも気づいてなかったんだ。




