第4話 袋は先に飛んでいく
三つ数えるだけと言ったのに、私は一段を置く前から次の足場を探していた。
「古図は返します。荷物もここに置いて、先に風を確かめます」
ガルンさんに紙筒を渡し、背負い袋を階段の踊り場へ寄せる。トトは手すりの内側に立ったまま、紙風車を胸へ抱いていた。北端の旗はさっきと同じ角度で伸びている。
「姉ちゃん、ぼくも行く?」
「一段だけ置いて風を見る。三つ数える間に戻るよ」
「ひとつ、ふたつ、みっつ?」
「そのくらい」
トトは鐘の紐に二度触れ、結び目から指を離した。北階段の踊り場には、屋台から戻した星型紙飾りの小袋が五つ、手すりへまとめて結ばれている。中身は薄紙で、乾かすために広げてあるらしい。旗ばかり見て、袋の紐が靴先の高さを横切るのに気づかなかった。返事を待たず、石垣の外へ右足を出す。
一段。
空中に現れた四十センチ四方の面へ靴底を置く。風筋は壁沿いにある。頬を押すほどではないが、上着の裾だけが北へ張った。足元の床は三秒で消える。先の手すりまで、あと一歩ぶん。次の面を作れるか、体をひねって測る。
空の道は細い。壁から指二本ぶん離れただけで、風の向きが分からなくなる。もう少し北へ出れば、旗が向く先を見下ろせるはず。目はその先を追い、靴の置き場はあとから探す。
「リッカ、下を見ろ!」
ガルンさんの声が石段を上ってきた。
振り向こうとして、足首に柔らかいものが巻きついた。靴が結び紐を引っかけ、外側の結び目が抜けている。ほどけた端が石段の縁を打ち、手すりの袋が立て続けに揺れた。
赤い袋が一つ浮く。続いて隣の二つがほどけ、北向きの風に滑り出す。残りの袋も紐の端を引きずりながら、屋根の高さへ上がっていった。袋は一緒にほどけたのに、風へ乗ると行き先が分かれ、屋根の縁と屋台のひさしで落ちる高さが揃わない。
袋は星飾りを乾かすため開けてあった。口がひらくと薄紙が風を受け、ひとつずつ違う方へ膨らむ。紐が手すりに結ばれたままなら飛ばなかったのに、ほどけた輪が赤い尾を引き、上の流れへ誘っている。
一つ目なら、届く。
一段が消える前に石垣へ戻り、落ちかけた袋の口をつかんだ。手のひらに紙の角が刺さる。袋は軽い。私が足場を置いて人を支える風ではなく、薄紙を押し流す風だ。残る四つはもう広場の上。袋の口がふくらむたび、風に押されて弧を描いている。ひとつを追っている間に、残りが別々の方へ流れる。まとめて追えば、今度はどこに降りるか見失う。
鐘楼の下から、子どもの声が上がった。
「網を持ってきて!」
長柄の網を持った子が、屋台の陰から駆けてくる。すぐ隣の子は石柱を背にして、腕を伸ばしすぎないよう柄の下を抱えた。上へ向けた網は風を受ける。袋を追うつもりで振れば、持ち手ごと流されるかもしれない。星型飾りを屋根から取るための網だ。柄は子どもの背丈の二倍ほどあり、輪の先には粗い網目が張られている。別の子が網の柄を支え、飛んでいく袋の先へ向けた。袋は風にあおられ、網の縁を二度かすめる。受ける位置を変えないと、いちばん軽い袋だけが雲海へ抜けていく。
一つ目を拾った手で、結び紐を石段の内側へ押し込む。あの袋も網へ渡したいが、両手が空くまで押さえていなければ、また北へ持っていかれる。屋根飾り用の網は風を受ける。石柱を背にして、柄を斜めに立てるほうがいい。
「端を上げて。右の子は柄を押さえて!」
叫ぶと、網を持つ二人は目を合わせた。風が吹くたびに袋が傾き、赤い口がぱくぱく開く。子どもたちは網を振り回さず、袋の落ちる先へ一歩ずつ移動した。ひとつ。ふたつ。三つ目が網に落ちる。
網は袋を受け止めるたび、風に引かれて柄がしなる。子どもの足が石畳を滑らないか、目の端で確かめる。袋の行方ばかり追っていた私の視線が、いまは柄を支える手と靴先を順に見る。次に風が変われば、子どもたちの手を動かす。
階段の手すりをつかみ、風が変わる瞬間を見ていた。上の旗が北へ張ると、袋は鐘楼の屋根側へ寄る。旗が一度しぼめば、紙袋は少し遅れて落ちる。合図を間違えたら網の輪が袋を弾き、また高い風へ戻してしまう。赤布が石の支柱に当たる音から、袋の口がふくらむまで一拍ある。旗が戻る瞬間を見れば、袋の真下へ網を入れられるはず。
網を支える二人の手は、柄の重さを受けて赤くなっている。一人では長すぎる網も、両端を持てば石畳に留められる。結び紐を押さえていた手を離し、空いた指で落ちる場所を示す。
「まだ。旗が戻ってから」
子どもたちは網を伸ばしたまま待った。赤い布が張る。袋の一つが屋台のひさしを越えて落ちる。柄の端を押さえ、網の輪が袋の下へ入る角度に直す。紙袋が網の底へ沈み、二人が一緒に柄を下げる。四つ目を受け止めた。網の縁から落ちないよう、子どもが両手で輪をつまむ。その手へ袋を渡すと、ようやく指の力を抜けた。
残る一つは屋台の布の上へ落ち、そこから転がって机の脚にぶつかった。女の子が駆け寄り、袋を両手で拾う。破れたものはない。星型の紙飾りも、端が少し折れただけで済んでいた。網を持つ子は、回収した袋を地面へ並べて、口をひとつずつ閉じていく。
「全部ある。五つ」
網を持った子が、袋をひとつずつ数え直す。
「ありがとう。紐を引っかけたのは私。網も出してくれて助かった」
「網は屋根の飾りを取る係だもん。袋は戻ったよ」
子どもは笑い、柄の曲がりを確かめた。網の輪がわずかに歪んでいる。指をかけて戻そうとしたが、子どもが首を振る。端を持って押すと、元の丸みに戻った。手すりから足を下ろす。見たかった風筋はまだ北へ続いている。けれど、広場では袋を戻す場所を作り直し、祭りの片付けが三十五分延びた。
トトが紙風車を持ったまま、私の横へ来る。
「姉ちゃん、三つ数えた?」
「数えた。少し越えた」
「五つは越えたよ」
トトは風車を持ち直し、折れた羽根を指で伸ばす。私が手を貸そうとすると、風車を胸に抱いて一歩だけ下がった。
袋の結び紐を拾い、ほどけないように二重に結ぶ。濡れていない紙袋は棚の内側へ移し、網は屋台の柱へ戻す。祭りの片付けは三十五分延びた。次に風を追う時は、足元と荷物と、誰がそばにいるかを先に見る。今はまだ、鐘楼の階段でそれを練習するしかない。




