◆第6話 「下準備」
時刻は深夜。僕は北の区画内を歩いていた。依頼人の男が先導する明かりを頼りに暗闇を進む。こんな時間だからか、ただでさえ騒がしい北にも人影はほとんどない。時折遠くから酔っ払いらしき笑い声が響く程度で、僕らの周囲には僕たち以外の足音一つ聞こえなかった。
外での仕事、それも治安が良くない北は面倒が多いためあまり進んで受けたいものではないが今回ばかりは助かった。
なぜなら、昨日から僕の仕事部屋はトラップ部屋に変貌を遂げているからだ。運が悪い人はガラスの破片を体に刺すことになる。
昨日は変な人が来て部屋を荒らして行ったから後始末が大変だった。午後の予定には間に合ったが、清掃中に棚から落ちた瓶たちはまだ処理できていない。部屋が暗すぎて落ちた瓶のかけらを確認できないのだ。
魔術を使えばいい?それはそうだ。僕だって出来るならそうしている。しかし、出来ないのだ。というか出来ないからほぼ無理やり依頼人と外で待ち合わせをしているのだ。
それというのも、明かりに使うための魔術道具が底をついていたのをすっかり忘れていたのだ。先日の犬探しで最後だった。それに気付かず、僕はがんがん消費して、それで今に至る。
蝋燭でも確認は出来るが、やはり光量としては魔術の方が強い。ただでさえ僕の客は下手に怪我でもさせれば面倒な人が多いのだ。僕一人の首で済まなかったらもっと困る。というわけで、何かがあればいけないから魔術で確認が出来るまでは出来る限り室内での仕事をしたくない。
今回も本来なら仕事部屋で済ませるつもりだった。ただ、事情が変わったので急遽、外、というか本来作業する予定だった現場で作業をおこなわせてもらうことにした、という状態だ。
「こちら、階段が続くのでお気をつけてください」
「あ、はい」
依頼人が振り返る。道の先を見れば、確かに細い階段が曲がりくねりながら続いていることがわかる。間違ってもこんな視界の悪い状態で降りる場所ではない。ただでさえ数の少ない街灯はここまで光を届けてくれず、依頼人の持つランタンだけが頼りだった。
ゆっくりと階段を下る。暗闇に飲み込まれていくような感覚に、自分がまるでいけないことをしているような気分になってくる。ただ歩いているだけなのにまるで責められているように感じるのは、僕がまだこの仕事を自分の物に出来ていないからだろうか。
かつての師匠の顔がよぎる。僕を黒魔術師として育ててくれたあの人は、僕が黒魔術の知識を得ることを好んでいなかった。そもそも、あんな別れ方をしたのも僕がこの道を進むことを反対していたせいだ。あんたはこの道の半ばで苦しんで死ぬ、とわざわざ嫌味を最後に残した酷い人。髪も服も何もかもが真っ黒でやたらと乱暴。北の暗闇に良く似合うからどうしてもこんな場所では思い出してしまう。
ぼさっとしてないでさっさとしな!そんなことを言われた気がして自然、足は早まる。階段は終わったけれど、次は梯子らしい。住宅街の間、無理やり道を繋げるために作られた小さな石の橋の下。もはや星の明かりすら届かない一切の暗闇に扉があった。頑丈そうな鍵を開け、中へと歩み入る。
橋の下に通路があっても大丈夫なのだろうか。ここにはない建築法に違反していそうな不安定さを感じながらも通路を進む。通路の中に明かりはないようだ。やはりランタンの明かりだけを頼りに進む。
何度か道なりに曲がったところで再度扉が現れた。ここもやはり鍵がかかっているようで、依頼人がガチャガチャと3つの鍵を開ける。侵入者対策だろうがやけに厳重だ。北だからだろうか。
扉が開かれた瞬間、差し込んだ光に目を細める。目が光に慣れたころ、僕はやっとどこにたどり着いたのかを知る事が出来た。
「ようこそ、闘技場へ」
中は以前訪れた闘技場の廊下だった。日が差し込まないせいか、それとも人がいないせいか。闘技場の印象は以前とは全く違うものであった。闘技場の薄暗く、ひどく冷めきった様子は熱気に満ちた昼よりも恐ろしい。それは夜に訪れた学校に感じた恐ろしさと似ていた。
「ここからは闘士たちの寝室になりますから、お静かにお願いしますね」
依頼人が口に指をあてて言う。頷いて僕は、出来る限り慎重に、それこそ忍び込むかのように後をついて行った。
寝室と言われた通路にはいびきや寝言がちらほらと聞こえていた。声が大きすぎるのか防音がされていないのか、おそらくどちらもであろうが、人の気配に心が落ち着く。そういえば、ここにニナもいるのだろうか。寝室の扉たちを確認するが、扉にはホテルのように番号が振られているだけで判別は出来なさそうだ。
別に会えたからといって何の意味もないことを思い出す。馬鹿なことを考えた。
しばらく進めばまた僕の知っている場所へとたどり着く。待機所だ。
「こちらです」
そんなに昔のことでもないがなんだか懐かしくなって周囲を見渡す僕に何を思ったのか。依頼人は入り口からまっすぐ奥へ進みランタンを掲げた。そこにはいくつかのスイッチと鍵。こんなにあって、何に使うのだろうか。カラフルなそれらの中、押すなと強い言葉が赤いスイッチの上に書かれている。スイッチ達の上を依頼人の手が撫でていく。
壁の赤いスイッチが押された。
押すなって書かれてなかったか!?依頼人は平然とこちらを見ている。つまり、スイッチを一切見ていない!何かするならちゃんと確認してからやってくれ!慌てて赤いスイッチを押していると伝えようとして、声のボリュームに困った瞬間。
ごごごという何かが動く音。依頼人の横の壁が開いた。うっすらと明るい壁奥の通路へ依頼人はそのまま入っていく。もう僕の方は向いていなかった。なんだったんだ、あれ。僕の反応が見たかったのか。それとも自慢したかったのかな。後から思えば開いていく最中かなりドヤ顔だったもんな。
ちょっとかっこいい、いや、かなり、かっこいい開き方をした扉の奥へ僕も進んだ。
「どうです?恰好良いでしょう。うちで一番金がかかった設備なんですよ、あれ」
自慢をしたかったらしい。通路の途中でにこやかに話しかけてきた依頼人になんだか気が抜ける。
「そうなんですか……凄いですね。あれ、どうやって動いているんですか?」
「うーん、自分も詳しい事はわからないんですけど魔術を数十個使ってるとか言ってましたよ」
「へぇ!重ね掛け、ですかね。それともバラなんでしょうか、気になりますね」
「ばら......?まぁ、同じ術師の方ならこういうの興味あるかなって、どうしてもお見せしたくてちょっと回り道しちゃいました」
秘密ですよと笑われる。僕は依頼人の気遣いに感謝をし、扉について考えた。実際どの程度壁たちを動かしたのかはわからないが、1つ1つに術式を入れているわけでは無いだろう。となると、スライド式の扉を用意してそこに術式を入れたのだろうか。あとで扉近くを確認させてもらえないだろうか。それに、スイッチもだ。どうやって扉と繋げているのだろう。いくつか思い当たる方法はあるが、一般人も安全に使えるようにと考えると調整が難しい物ばかりだ。そうなるとメンテナンスの頻度も気になる。自分の死後はどのように保たせるのか。扉関係の術師の話は聞かないから無名なのかそれとも僕みたいに口コミオンリー派か。北の術師とはあまり関わっていないのが悔やまれた。
光が顔に当たる。ようやく僕は頭を下げていたことに気が付いた。上を向けば広がる星空。外だ。観客席にぐるりと囲まれた、闘士たちのための舞台。昼間なら歓声と熱気に包まれているはずの闘技場の中央に僕は立っていた。
ランタンの光に照らされて僕の影が前方へと延びていく。
「どうです?圧巻でしょう」
にこにこと自慢げに依頼人がやって来た。彼は本当にこの闘技場に誇りを持っているようだ。
「術師さんにお願いしたいのはあっちにあるやつです」
依頼人が指さした闘技場の隅。暗くて見づらいが、そこにはいくつかの物体が乱雑に置かれているのがわかる。
「ええと、あれを全部特定の人に反応するようにすればいいんですよね」
「はい!言われていたものは全部用意してますよ」
鞄をごそごそと漁りだした彼を制して、まずはあの依頼品たちの元へ向かおうと促す。またも元気よく返事をした彼とともに僕らは闘技場の隅へと向かった。
闘技場にあるものであれば、あれらは武器だろうか。事前に聞いていた依頼は闘技場で新しく始める競技に使う道具へ細工を施してほしいというものだった。なのでその細工の対象となる人物たちの血か髪か、とにかく紐づけられる媒体の用意を頼んでいたのだ。
闘技場には興味が無かったから新競技について特に聞いていなかったが、何をおこなうのだろうか。実際に関わるのだという実感が出ると、僕の術がどんな活躍をするのか気になってしまう。恰好良い使われ方をすると良いな。
ランタンの光が新競技の相棒たちを照らす。
初めに目に入ったのは装飾がされた箱、いわゆる宝箱たちだ。そしてその陰に隠れるように罠、のようなものが転がっている。依頼人が宝箱を開ければ武器や紐が姿を現した。
これは大仕事になりそうだと覚悟を決める。想像よりずっと量が多い。
「少し、荷物を取ってきますね」
好きに見ててくださいと言い残し、暗闇の中を走って行った。ランタンを置いて行ったが大丈夫なのか。大丈夫なんだろうな。心配になりながらも僕が道具たちを確認していれば依頼人が木箱を抱えて戻ってきた。
中を確認すればそこにはいくつもの小瓶が入っていた。1つ手に取り、光を当てる。真っ赤な液体は血だろう。よくこれだけ集めたものだと感心する。小瓶には番号札がくっつけられていた。この番号と照らし合わせていけば良いということか。なんとなく数を数えようとして、2段重ねに気付いて止めた。
「ええと、この番号が、えっと、あ、あった!」
依頼人が二つ目のランタンを持って走り回る。独り言がでかいな。それとも僕に語り掛けているのだろうか。こういうのってどう返事をしたらいいんだ。考えているうちに目当てのものを持って彼が駆け寄ってくる。なんか無視したみたいで気まずいからとりあえず笑顔を向けてみた。あれは独り言だったことにしよう。
「まずはこれ、お願いします!自分がもの持ってくるんで、こっから左へ順番に術かけてってください!」
了承の言葉を返す。準備がぐちゃぐちゃしているなぁ。こんなものなのだろうか。彼があっちへこっちへとあれでもないこれでもないと探し回るのを、やっぱり返事に迷いながら僕は作業に移った。
どのくらい、時間がたっただろうか。やっと小瓶が2段目になったことに気付いて息をつく。左を向けばそこにはロングソード、縄に石が3つついた変なの、宝箱っぽいもの、とぐちゃぐちゃに物が並んでいる。あ、あれは足に食い込むタイプの罠だ。さっきかかりかけたからわかるぞ。気を付けないとな。というか同じ道具ならまとめて置いておいて欲しい。この変な順番には何か規則があるのだろうか。
先ほどまで闘技場の隅にいたはずなのに、僕は中央にいた。移動の軌跡が右を向けば確認できる。箱を移動した跡が砂にくっきりと残っていて、これはどうやってもとに戻せば良いのだろうか。夢中になっていて気づいていなかったが、こんなに荒らして大丈夫なのだろうか。うーん、わからないな。走るのに疲れたのか、半分寝ながら歩いている彼に何も言われていないという事は大丈夫なのだろうと勝手に結論付ける。
さて、あと半分も頑張りますかと腕まくりをして、次の小瓶を手に取る。27。げ、50個近くあったのか。……いや、おかしい。27は前もやらなかったか?さっきやったのは何番だったっけ。先ほど使った小瓶を見る。50。順番を間違えただろうか。他の小瓶を確認する。箱の四隅は55、100、95。あれ?どう考えてもこれが2段目の一番初めだ。27の小瓶をしっかりと確認する。
なんだ!どうやら上に貼られていた札が少しずれて、その下から27という数字が覗いていたらしい。剥がれかけた札を重ね直す。もう一度27番だったものを確認する。27は隠れ、今度は51だけが見えた。あっていたみたいだ。
僕もかなり疲れていたみたいだ。既に2時は回っているだろうか。くれぐれも術式を間違えないようにしなくてはと気を引き締めなおす。
「お疲れ様ですー」
へろへろな声になんとか顔を上げる。正直、顔を上げずにこのままもう眠ってしまいたかった。僕らはなんとか夜が明ける前に作業を終えることが出来たのだ。右を確認すれば、そこには砂がいびつな跡を残しているのみで、道具たちはすっかり片付けられていた。
「それじゃ、これも倉庫にしまっちゃいますねー」
彼はぐねぐねと動きながら僕の手元の箱を取る。今までのものよりひときわ豪華なその箱は、見ただけでは魔術がかけられているとは到底思わないだろう。自分の仕事ぶりに惚れ惚れする。夜だから、というわけでは無く、多分昼も思わないはずだ。きっと。
途中から意識をほぼ失っていたから今気づいたが、ランタンは集中しているうちに置いてきていたらしい。依頼人を追いかけて、途中でランタンを手に取る。
そのまま、倉庫を経由して僕は闘技場の外へと出た。依頼人の彼は闘技場の中から手を振ってくれていた。ただ寝かけているようにも見えるが、多分、手を振ってくれているのだろう。
今すぐベッドに入って眠りたい。今日は適当な宿にでも泊まろうかと一瞬考える。しかし、その考えはすぐに霧散する。もし午前中に帰れなければ雇用主がすぐさま僕の捜索依頼を出すだろう。そうなれば、あの主人のことだ。額はとんでもないことになる。以前掛けられかけた賞金額の0の数を思い出して目が覚める。
僕は朝日が照らし始めた街中を顔面蒼白のまま走って帰った。朝のランニングは爽やかな気分になれるとか気持ちいいとか聞くが、全然そんなことはなかった。




